友人の思い出−高校時代

学校ではバレンタインの行事があった今日。
俺は持ち帰るのも面倒なほどのチョコの山に辟易しながら帰路についていた。
今朝妹に持たされた紙袋が本当に役に立つとは、と溜息ひとつ。
女の子の気持ち無碍にしちゃ駄目、といわれたから一応捨てはしなかったけど。
こんなにもらっても正直困る。

ぶらぶらと道を歩いていると、前を歩く見慣れた背中を発見。
なんだあいつも帰り道だったのか、と少し足を速めた。


「?」

声をかけるとゆっくり振り返ったが小さく目を瞬いた。
足を止めて待ってるあいつに追いついて、並んで歩く。
ちらりと鞄を確認すればいつもより膨らんでいるのがわかった。

「お前も随分ともらったらしいな」
「…お前ほどじゃない。それに、どうせどれも本気じゃない」

素っ気なく応えるはいつも通りドライ。
けど冷淡でもなんでもなく、多分こいつは本気でそう思ってるんだろう。
他人から向けられる好意にひどく無頓着で、意識してか無意識なのか壁をつくっている。
イベントで渡されるチョコのひとつひとつに浮き足立つ様子もない。
むしろどこか暗い空気をまとっており、チョコをもらえないヤツからしたら恨めしい姿だろう。

「なあ、
「何」
「お前、甘いもの好きだよな」
「…まあ」
「なら俺の消費に付き合ってくれないか?妹が三人いるとはいえ、食いきれない」
「………妹さんからももらうんだろ?」
「あぁ、そっちは絶対に食べたいし。あ、多分明日にはお前の分預かってくるから」
「え」
「いつも俺が世話になってるからだと」

数少ない友人だから、妹たちもこいつのことは大事にしているらしい。
思わぬことを言われた、という表情で目を瞬いたは少しだけ嬉しそうに目を細めた。





女の子からもらったものをお裾分けしたとかバレたらうるさく言われる。
だから俺は近くの公園でにチョコをやることにした。
がさごそと適当に箱を漁って渡すと、少し恐る恐るといった様子で開く。

「これ」
「ウイスキーボンボンだな。チョイスが渋いっつーかなんつーか」
「大人っぽい雰囲気があるから、お前」
「そうか?やってることは子供だと思うけどな」
「自覚あるならやめればいいだろ」
「そのうち気が向いたら」

暗にすぐにはやめられないと伝えると、渋い表情が返ってきた。
心配してくれてるのだとわかるけど、こればっかりは俺にどうこうできるものでもない。
だからそ知らぬ振りを決め込んでいると深く追求はしてこなかった。この距離感が気楽だ。
そしてまじまじとチョコを眺めながら、ひとつ手にとる
もの珍しそうにしているから、ウイスキーボンボンは初めて食べるのかもしれない。
俺としてはウイスキーとチョコは別々に食べたいところだ。

そんなことを思っていると、ベンチに腰掛けた俺たちを囲むように複数の男子高生が。
なんか見覚えあるような、ないような…?

「ようやく見つけたぜてめえ!!」

いかにも不良です、って髪型と制服の改造をした男が俺を指差した。
隣ではもくもくとチョコを食べ続けている。マイペースすぎんだろ、お前。
俺に客かよ、と肩を落として面倒に思いながらも一応口を開いた。

「…誰だっけ?」
「よくも俺の美和に手ぇ出しやがったなぁ…」
「美和…?美和…………。悪いけど、いつの話だそれ」
「…っ…ふざっけるなよ貴様!!」
「ようやく見つけたってことは、俺とその美和が関わったのって結構前なんだろ?悪いけどもう覚えてねえな」
「………お前サイテー」
「知ってる」

の呟きに肩をすくめると、目の前の男がわなわなと身体を震わせる。
相手の神経逆撫でしてるとはわかるんだが、覚えてないもんはしょうがない。
美和ねえ…。俺から興味わくような女っていまんとこいたことないからなぁ…。
記憶を探るのはすぐに諦めて、で?と男を見上げた。

「俺探してどうする気だったんだよ?」
「決まってんだろ。落とし前つけんだよ」
「振られた男の八つ当たりは見苦しいぜ」
「正当な怒りだろうが!」
「あ、そういやそうか」

俺が寝取ったみたいな感じなのか、この流れ。
けどなー、別に俺から誘ったわけでもないんだしさ。

どうしたもんか、ここで応じて相手してやってもいいんだけど…と周りに目を走らせる。
男の子分らしき柄の悪い高校生が十人ほど。まあ、これぐらいなら余裕だろ。
けどを巻き込むの悪いよな、と思って隣に視線を移動させたら。
なぜかゆらりと立ち上がるその姿に、俺は珍しく虚を突かれた。

「なんだあ?てめえが相手するってのか」
「おい…」
「…………だよ」
「ああ?なんだって、全然聞こえねーよ!」
「うるさいんだよ頭に響くだろうがでかい声出すんじゃねーよ!」

一息にそう言ったかと思うと、は凄まじい勢いで男を殴り倒す。
それなりに喧嘩慣れしているであろう不良が、なんの受身もとれず地面に転がった。
唖然とする男たちの視線を受けながらは眉間に皺を寄せて米神を押さえている。

「男が細かいことをがたがたと…。女の話を俺の前でするんじゃねえ…」

据わってる、目が据わってるぞこいつ。
じゃり、と一歩を踏み出すのオーラは殺気にも近い。
リーダーが倒されたことに男たちは動揺し、じりっと後退した。
勢い負けしてるもんな、これじゃあいつらもう戦えないだろ。戦意を奪われてる。
低い低い声では一言。

「……消えろ」

竦み上がった連中は、リーダーをなんとか抱えてその場を凄まじい勢いで去っていった。
脱兎、ってああいうのを言うんだろうなあと俺は感心してしまう。

すとんとベンチに戻ったは頭を押さえたまま無言。

じっとそれを眺めて俺は友人の肩にぽんと手を置いた。
視線がゆっくりとこちらを向く。

「水、欲しいか?」
「………欲しい」

やっぱりな。

こいつ、酔っ払ってる。







その後はを家まで送り届け、部屋に寝かしつけて俺は帰った。
翌日顔を合わせたとき、公園でウイスキーボンボンを食べた後の記憶がないと言われ。
俺はこいつの酒癖の悪さというか酒の弱さをしみじみと感じたわけだ。
だから真剣忠告した「お前は一生酒を飲むな」って。

多分、それが当人にとっても、周りにとっても平穏だろうから。




まずは高校時代の友人の経験談。…暴れ癖?

[2011年 6月 27日]