パクとウボォーを失い、俺も念能力を封じられ旅団という居場所から追われた。
別に予期していなかったわけではない。俺たちが生きる世界は所詮弱肉強食が摂理だ。
欲しいものから盗る。どんな手を使っても奪うのだから、敵はいくらでも増える。
とはいえここまで大きな被害が出たのは初めてのことかもしれない。

俺たちに牙を剥いたのは鎖野郎――クルタ族の生き残りだ。

恐ろしく頭の回る男だったらしく、かなり入念な準備がされていた。
俺たちそれぞれの能力の弱点を突く戦い方は見事であり、こちらは後手に回ることが多かった。
仕留めてやるつもりだったのに今回は逃すことになってしまったのは悔しいが。
いまは反撃の機会を得るまでの休息と思って、のんびり過ごさせてもらうとするさ。

そうして俺が現在厄介になっているのは、ひとりの男の元だった。

、今日はプリンはないのか」
「自分で買ってこい」

リビングに顔を出すと分厚い資料を手にしているがいた。
こちらに視線を向けることもせず淡々とした声で断りを入れてくる。
いまの俺は念能力が封じられているが、微妙に刺々しいオーラぐらいは感じ取れた。

ここはシャルとが同居しているというマンションだ。
他にもそれぞれ個人宅は持っているらしいが、ここで二人で過ごすことも多いらしい。
あのシャルが機械以外をテリトリーに入れることは珍しく、最初の頃は団員皆で驚いたものだ。
そしてという男が他人をプライベートな場所に入れることを許す、という事実に衝撃を受けた。

初めて出会ったときのことはいまでも覚えている。
あからさまに堅気の空気ではなかったし、その後の旅団への勧誘も怯えることなく面と向かって断ってきた度胸のある男。
部外者であるはずなのにアジトによく顔を出しては団員たちに食事を提供したりと面倒見の良さを見せたりもする。
かと思えば躊躇いなく殺気を放ち容赦のない行動で意志を訴えてくるのだから不思議な人間だ。
そのアンバランスさが面白いし、同時に危険だとも感じる。

は俺たちの足をもいだ鎖野郎とも親しくしていた。
だからといって内通者だったわけではない。しかしそれを知ったときの俺たちの驚きはかなりのもの。

は俺たち旅団を少なくとも他人よりは近い場所に置いていたように思う。
そして同じように鎖野郎も懐に入れ、面倒を見ていた。
どちらにとっても味方であり、しかしどちらの勢力にも属さないまま。
俺たちの戦いをただただ静かに見守っていた。

結果、俺はこうして身動きの取りにくい状況になったわけだが。
シャルから俺の世話を押し付けられたとき、嫌そうな顔を隠すことはなかったが拒絶もしなかった。
どうでもいいからなのか、器が大きいからなのか、その理由は分からない。
分からないから、ついこうしてくだらない我儘で試すような真似をしてしまうわけだ。
え?プリンが本気で食べたいだけじゃないのか?当たり前だろうその通りだ。

「俺はいま念が使えない。そんな中、外を歩けというのか。相変わらずの鬼畜っぷりだな」
「旅団の団長に言われたくない」

打てば響くような声には嫌悪はなく、むしろ気安さすら感じる。
居候をはじめてちょっとした時間が経っているから、慣れてきたのもあるだろう。
あとは俺の能力が封じられているおかげで警戒心も薄れているのかもしれない。
実際、いまの俺がとやり合ったところで百パーセント負けるに違いない。

「休職中だ。いまは残念ながらかよわい一般人さ」
「一般人なら自分のことは自分でやれ。ここを出て三分もない距離にコンビニがあるだろうが」
「風呂に入ったから外に出るのが面倒だ」
「…………家から叩き出すぞ」

やっと声に不快感が滲んだものの、殺気というほどの緊張感は生まれない。
じっとの横顔を観察してみるが、それ以上の変化はなかった。相変わらずの無表情っぷりだ。

「うっかり外に出てシャルにでも遭遇したらどうするんだ。死ぬ」
「ならシャルも寄る可能性のある家に滞在するのをやめろ」

シャルナークと俺が接触することがあれば、胸に打ち込まれた鎖がすぐさま命を奪う。
まさかの気遣いを含んでいるようにも聞こえる警告に脱力しそうになった。
この男はどこまでお人好しなのか。……その割には自分の領域外には不干渉を貫くが。
俺たちのことを心配する甘い人間ならヨークシンでの出来事にもっと関わってきてもよさそうだが。
それは自分の領分ではない、とはっきりとした姿勢は見事だ。

がヨークシンで俺たちの戦いに介入しなかったのは正しい。

もしあの戦いに関わるようなことがあれば、必ず敵か味方のどちらかに振り分けられていた。
味方になれば団員として強制的にでも引きずり込んでいたかもしれない。
そうなった場合、鎖野郎の呪いを俺がまた回避できなかった場合、俺はここに居候など不可だ。
鎖野郎にかけられた制限は団員との接触を禁止するというものがある。
だからが蜘蛛の足になっていたら、俺はこうしていられない。

逆にが敵となった場合。あまり考えたくない可能性だ。
鎖野郎だけでもそれなりに引っ掻き回されたというのにこの男までもが敵に回る。
そうなれば被害はこんなものでは済まなかっただろうし、団員の中で動揺する者も出ただろう。

はどちらにも属さなかった。だから俺たちの関係はいまも続いている。
何事もなかったように。奇妙なバランスを保ったままで。

溜め息を吐いて不意にが立ち上がる。
そしてそのままキッチンに向かうものだから、なんだ隠しプリンがあるのかと後を追った。
しかしが冷蔵庫から取り出したのは卵や牛乳。
夜食でも作るのだろうか、と首を捻っていると焦げ茶の瞳が億劫そうに俺を射抜いた。

「……簡単なやつだから店のみたいな美味しさはないだろうけど、我慢しろ」
「…………お前、菓子も作れるのか?」
「クッキーとかケーキは作ってやったことあるだろ」
「……そういえばそうだったな。マチたちの作品の印象が強すぎてあまり覚えていないが」
「…………まあ、あれはな」

さすがのも若干遠い目になる。あれはまごうことなき悲劇だった。
店で買ってきたかのような見栄えの菓子類だったというのに、食べた連中全員がトイレに直行。
屍累々となった光景を思い出すだけでぞっとする。あれこそ蜘蛛存続の危機だった。

プリンを作るつもりらしいは料理道具も広げてそれらを指さす。

「すぐできる。だからお前も見ておけ」

毒を入れるつもりはない、という主張に俺は無言の肯定を返した。
フェイタンやフィンクスとは違って、俺はこの男を疑うつもりは毛頭ない。
だがが鎖野郎と浅からぬ関係があり、蜘蛛にとって脅威たりえる存在であることも確か。
だからこうして形式的にでもお互いに距離を取って警戒を忘れないという態度は必要なのだ。

ヨークシンで失ったものがあるのは事実。
それを取り戻すのは簡単なことではなく、完全な形で戻ってくるものはない。
けれど失わずに済んだ奇妙な関係を捨ててしまうのは勿体ない。

完成した手作りのプリンはどうにも慣れない味で。
「店のものの方が美味い」と思わず呟けば、割と遠慮なく殴られた。
食べたことのない甘くてざらついたプリンはいつまでも口の中に残る気がして。

無機質さとは無縁のぼそぼそとした味が、俺たちのいびつな関係を物語っているようだった。





いかにも家庭の味!って感じのプリンだったので、クロロには馴染みがなかったと思われ

[2015年 3月 9日]