「おいガキども。それ以上暴れるようなら片っ端からぶっ飛ばすが構わんか」
回廊の壁画を確認し終えて祈りの間と思われる部屋に戻ってきた俺は、聞こえてきたしゃがれた声にびしりと動きを止めてしまった。
一瞬この世界に来て最初に俺を拾ってくれたじっちゃんの声かと思ったけど、もっとふざけた危険な香りを響かせるこの声はあのひととは違う。
俺が戻ってきたことにまだ気付いていないらしい面々は、貴重な遺跡内だというのに暴れようとしていたようだ。俺の遺跡探索についてきたゴンたちと、この遺跡の財宝に用があったらしい幻影旅団のまさかのバッティング。
睨み合うふたつのグループは見なかった振りをして調査に励んでいたわけだけど。まだやってたとは。よく飽きないもんだ。
って、いまそれはどうでもいい。
この遺跡を使っていた人達の神聖な場であったと思われる広間。
そこには祈りを捧げるための祭壇があり、二柱の石の柱が天井へとそびえる。
その柱の間に腕を組んで仁王立ちする老人。頭頂部の毛の数を確認し、俺は眩暈がした。
なんでここにいんのじーちゃん!!??!
現代世界で考古学者として世界を飛び回る化け物。俺はあの男のパシリになった結果、この世界へとやって来る羽目になったのだというのに。
いかにもな作業着姿でヘルメットをかぶり、背中のリュックには恐らく調査のための七つ道具がつめられているに違いない。そして手にはピッケル。…………じーちゃん発掘じゃなくて採掘してたんかな。いや調査内容によっては使うけどさ、あれ。貴重な遺跡傷つけるなよ頼むから。
「ああ?なんだこのジジイ」
「この男急に現れたね。殺すか」
「落ち着けよフィンクス、フェイタン。あんまり暴れるとに怒られるよ」
なんとかこの場が半壊せずに済んでいたのは旅団をシャルが宥めてくれていたかららしい。
ゴンたちは警戒して臨戦態勢を取ってるものの、自分たちが動き出すつもりはないみたいだ。
ほっと胸を撫で下ろしながら俺はわざと足音を響かせて部屋に入る。
全員の目がこっちを見るもんだからすごく居心地が悪い。
「あ、おかえりー。調査済んだの?」
「一応ざっとは」
「!こいつらどうすんだよ」
「……可能なら穏便にお帰りいただきたい」
「はいそうですか、って帰ると思ってんのか?」
でっすよねー!
旅団とゴンたち……というかクラピカの因縁を考えるとちょっとなんと言ったらいいのか。
クラピカは涼しい顔で立ってるけど、内心はめちゃくちゃ荒ぶってるかもしれない。
そんでもって同じように表情をあんまり変えないクロロとシャルが怖い。
だがしかし、俺には優先すべきことが。
「…………あんた、なんでここにいるんだ」
祭壇でいまだ仁王立ちしてるじーちゃんを見上げ声をかける。
いまだに憤慨した表情のまま、懐かしい皺を刻んだ目許が動いて俺を見据えた。
やや怪訝な表情を浮かべたじーちゃんは、怒りの空気を取り払ってきょとんと目を瞬く。やめろ、じーちゃんがそんな顔しても可愛くもなんともない。
俺も思わず眉を寄せると、じーちゃんはおもむろに右手をひらめかせた。
…………つまりその手にあったピッケルを、俺に向かって放り投げた。
おいバカ何してんだくそじじいいいいいぃぃ!!?
咄嗟に避けたけどこれ下手したら刺さってるよ!?実際地面にグッサーしてるからね!?
これ以上遠距離攻撃を受けてたまるか、と俺はじーちゃんの前に飛び込んでその顔を両手でつかむ。がっと割と良い音がしたけど構うもんか。手形が残るかもしれないがそんなの俺の知ったこっちゃない。
孫を殺そうとするとは何事だじーちゃん。この遺跡で暴れようとした連中に怒ってるならお門違いだからやめろ。俺は!ルールにのっとって!調べてたのに!!
「…………お前、か?」
「それ以外の何に見える」
「いや……だが、お前まだこんなんだっただろう」
親指と人差し指で挟むように作り出すサイズは、お腹の中にいた頃ぐらいでないと再現できない大きさなんだがそれは。
じっとりと睨みつけると、じーちゃんは頬を挟んでる俺の手をばしばしと叩いて笑った。
「確かにその目はお前だなぁ。随分とでかくなったもんだ」
「…………じーちゃんが知ってる俺っていまいくつ?」
「そうさの。先週初めて大物を捌いて返り血に泣きそうにな」
「おいやめろわざわざ黒歴史引っ張り出すなジジイ」
普通に小五くらいって言えよ!?恥ずかしいだろ!!
じーちゃんが土産にでかい魚を持って帰ってきたんだけど、血抜きもされてなくてさ。
丸ごとの魚なんて捌いたことなかった俺は頭から血をかぶるという悲惨な状況に。
しかも臭いじゃん?訳わかんなくて怖いじゃん?……そりゃ泣くよ。小五だったのに!!!
いやー……低学年の頃ならともかく、五年生にもなって泣くとは思わないよね。
冷静になってその後はちゃんと頑張って処理したけど、後片付けにまた泣きそうになったっていう。
……だってさながら台所が殺人現場だった。なかなか綺麗に落ちなくて焦った。
「……って、随分昔なんだな」
「わしもまさかこんなに大きくなった孫を見るとは思わんかった。ひょろひょろ伸びよって」
つまり俺がこの世界にやって来る八年前ぐらいのじーちゃんってことになる。
……八年前でも全く外見が変わっていないのはどうしたことか。頭の毛もよくしがみついてるもんだ。
「逞しくなったな」
急に眩しそうに笑うもんだから、俺はどんな顔をすればいいのかわからない。
だって俺にとっては何年ぶりになるんだろうっていう久しぶりの再会だ。
相変わらずの傍若無人さに叫びたくなるけど、会えたことは嬉しい……と思う。
「して、そこにいる不届き者はお前の知り合いか」
「……あ」
そういえばあいつらの存在忘れてた、と振り返れば。
なんともいえない複雑そうな目が向けられていて。やっべ、忘れてたと慌てる。
お、俺の黒歴史がバラされてるじゃないかなんてこったい。いやでもじーちゃん年齢は口にしてないから、十歳にもなって魚捌いて泣いたってことは知られていないはず、うん。ゴンとキルアに情けないとか思われたら俺絶望する。
「知り合いというか」
「この遺跡を傷つけようとするなら明日の朝日は拝めないと思え小僧ども」
ゴンたちはともかく旅団に喧嘩売るのはやめてくれませんかねえ!!!??
まさかのじーちゃん襲来。もちろん念なんて使えない一般人(?)です
[2015年 3月 21日]