キルア視点
「ここがお前の言ってた病院か」
「けっこう大きいんだねー」
「そうかぁ?普通の一戸建てじゃね」
「キルアの感覚だとそうなるのかもしれないが、開業医であるなら十分な建物だと私も思うぞ」
「…いいから、とりあえず中入るぞ」

なんでか俺たちはいま病院にいる。
が通ってる病院だっていうから、興味はあるけどさー。
レオリオのためにここまで来ることになった、ってのが気に食わないよな。

なんでもここは金のないヤツはタダで診察する病院らしい。
が贔屓にしてるとこなんだから、腕も確かなんだろ。ちっせーけど。

「シャンキー、いるか」
「あ、さん?お久しぶりです」
「アン。元気そうだな」

中に入ると、シーツを抱えた女がいた。
とは知り合いみたいで、お互いになんか嬉しそうに挨拶してる。
って、なんかの顔が随分と柔らかい。それだけ親しい相手ってことか。
シーツを山のように抱えるアン(って呼んでたよな?)には当たり前のように近づいて。
そのままひょいとシーツの半分以上を抱えた。

「手伝う。どこ運べばいい、リネン室?」
「そんな、さん診察にいらしたんじゃ…」
「いや、シャンキーに紹介したい奴らがいて」

なんだよあれ、あんな風に自然に手伝うのなんて見たことない。
そりゃ俺たち相手なら、よく面倒見てくれるし世話焼いてくれるけど。
女に対してあんなに優しいは初めてだ。むしろあいつ、女には冷たいっていうか。
…どっかで壁作ってんだよな。好意とか下心に気づいてても無視するし。

なのにアンって女にはこんなに優しい。
つまりあいつの中で特別な存在、なんだろうか。
…クラピカも同じこと考えてるのか、を凝視したまま。

俺たちを振り返ったは目を瞬いた。
どうしたんだ?と驚いているようでもある。驚いてんのはこっちだってーの!

「お嬢さん、その細い腕に荷物は重いでしょう。このレオリオがぜひ、お運びを」
「え、えっと…?」

と思ったら、なんかレオリオが飛び出してった。あいつ女好きだもんなー。
急に接近してきたレオリオに戸惑うアンへ、が紹介する。

「これはレオリオ。医者を目指してるんだ」
「…あ、それで先生に?」
「そう。貧しいひとでも助けられる医者が目標らしいから」
「わ、それは素敵ですね」
「そしてあなたのような白衣の天使が手伝ってくれるなら俺は…げふうっ!!」
「…いいかげんにしないか、恥ずかしい」

確かに、いまのは恥ずかしい。
そんなんだから、おっさんにしか見えないんだよな。
レオリオのアホさはいつものこと、って呆れてるとゴンがいきなり自己紹介を始めた。
どういう流れでそうなったんだ、って感じだけど。アンもそれに応じて挨拶。
結局は俺たちも挨拶をそのまましていった。

そうこうしてると、奥の扉が開いて無精髭を生やした男が顔を出す。
うわ、なんだあのメガネ。あんなビン底、漫画の中だけでしか見たことねえ。

「あんれー?なんか珍しい客がいるじゃないの」
「あ、先生」
「また団体さんだねぇ。どうしたの色男、今度はどんな重傷負ったわけ」
「……いつも怪我ばっかりみたいに言うのはやめてくれ」

が通う病院なんだから、あいつのいろんな怪我とか知ってんだろーな。
それがちょっと、悔しい。俺よりものことを知ってるヤツがいるってだけで。

…だってあいつは、いつも俺たちを危険から遠ざけるから。
俺やゴンたちだって危ない橋はいくつも渡ってきたし、見てきた。
だからが関わるものだって受け止めることができると思うのに。
あいつはいつだって、自分ひとりで全部解決しちゃうんだ。

「飲み物がほしかったらそこから適当にどーぞ」
「じゃあ私これを片付けてきますね」
「俺も手伝う。レオリオ、好きなだけシャンキーと話せ」

そう言って、はシーツを抱えてアンと奥へ消えてしまう。
二人とも会話する横顔は妙に嬉しそうで、特別な時間が流れているようにも思えた。

………なあ、アンってお前の中でどんな存在なわけ?





結局なぜかここに泊まることになってしまった。
それもこれもレオリオが話をいつまでも終わらせないから。

「キルア、なんかイライラしてる?」
「………べっつにー」

夕飯ができるまでの間、病院の中庭をゴンと適当にぶらつく。
俺の返事にふーんと相槌を打っただけで、ゴンは何も聞いてこなかった。
クラピカは風呂入りに行ったし、レオリオは医学書を読むのに夢中。
は、台所に顔出しに行ってアンに追い出されたみたいだった。
自分が作るから、と笑うアンはあいつのために料理できることが嬉しそうで。

くそー、やっぱあの二人ってそうなのか?
けどって付き合ってるヤツはいないって言ってたような…。
その場限りの関係なら、あるっぽいけど。

「あ、そろそろご飯できそうだよ」
「は?」
「ほら、良い匂いしてきてる」
「台所って中庭とは反対方向の間取りだろ。…ったく、お前の鼻ってホント動物並みだよな」
「普通だと思うけどなぁ」
「お前の普通は普通じゃねえんだってーの」
「キルアに言われたくない…」
「ああん?」
「なんでもありません」
「俺、呼んでくる」
「うん。俺はレオリオに声かけてくるよ」

いまどこにいんのかなあいつ。
台所を追い出された後でどこに向かったのか知らないけど、そう広い建物でもないし。
ひとの気配のありそうな場所を選んで進んでいくと、診察室に辿り着いた。
あ、話し声が聞こえる。

「その後どうよ?」
「どうって…何が」
「ナニの方」
「………………」

ええっと、医者の名前なんだっけ…シャン、シャン…シャンなんとか。
そいつと話してるらしいが一瞬黙った。その後で聞こえてくるのは、不機嫌そうな声。

「どうもこうも、別に変わりない」
「やれやれ、相変わらずダメっぷりを発揮してるわけだ」
「………そう変われるか」

ナニってのはその…まさかあの話題?うわ、聞いてるだけでハズイ。
にその話を振れる医者はかなり勇者だ。俺なら無理。
しかもあいつの大人な関係のあれこれを知ってて、忠告までしてるらしい。
別に悪いことだとは思わないけど、俺もにはあんまりそういうことをしてほしくない。
なんていうか、すごく寂しそうなんだ。

「けど大人のたしなみ大事よー」
「……はあ」
「というわけで、特別にタダでこれを進呈しよう」
「シャンキーがタダでなんて珍し……」

手の中に押し込まれたものを見ただけど。
なんでかすぐさまそれをゴミ箱に放り込んだ。

「………………」
「ちょ、いきなりゴミ箱に捨てることないでしょーに」
「俺が使うことはない」
「そこまで断言って…それじゃいかんってば」

そう言って、また取り出したそれをのポケットにねじ込む。
思いっきりに睨まれても、医者はちっちと人差し指を振って。
たしなみだからたしなみ、とにやにや笑ってる。
溜め息を吐いたはそれ以上の抵抗は面倒に思ったらしい。
さっさと部屋を出ようとしてる…ってやべ、こっちに来るじゃん!

慌ててドアの前から離れて、いかにも今来たって顔をする。
部屋から出たは俺に気づいて目を瞬いた。

「そろそろメシだって」
「…わかった」

頷いてそのまま歩き出すのを、なんとなく見送ってると。
診察室からあの医者も顔を出した。

「おう、ちびっ子」
「………ガキ扱いしないでくれる」
「おっと、失礼。んじゃ大人のチミにもこれあげようか」
「?何それ」

ひらひらと小さな袋っぽいものを揺らす医者。
ガム…ってんでもないだろうし。つかそれ、さっきが捨ててたヤツだよな?
まさかヤバイもんじゃないだろうな…と眉を顰める。
そんな俺を見て、やっぱまだ早いよねぇーと医者はそれをポケットにしまった。

「………で、何なの」
「大人のたしなみってヤツよ。夜の時間に必要なアレ」
「は?」
「まったく、あの色男はもうちょっと女の子のこと考えてやれないのかねぇ」

ちょ、ちょっと待て。え?どういうことだ。
大人の時間って…まあ言いたいことはわかんだけどさ。
そのときに必要な、大人のたしなみ?女のことを考えてって………。

「なになに、顔赤くしちゃって。もしかしてわかった?うわ、耳年増」
「うっせー!子供にんなもん見せてんじゃねーよ!!」
「さっきガキ扱いはやめろって言ってたじゃないの。まったく、難しい年頃は困るね」
「このエロオヤジ!!」
「ひどっ、ちょっとひどっ!気にしてんだけどそれ!」
「知るかっ!!」







下世話な話でホントすみません…。

[2011年 10月 2日]