ノストラード邸にて―クラピカ視点
「じゃあ、この計算は分かるかしら」
「えっとね」
ノストラード氏への報告書を作成しているのだが、隣から聞こえてくる声に集中ができない。
私が知るものよりもずっと高い声。逆にとても低くなった背丈。
いまよりも変化に富む表情。……この年齢の子供にしてはやはり落ち着いているけれど。
とても素直な男の子は、先ほどからセンリツが家庭教師のように出す問題を解いていた。
………小さくなったを見つけたときは驚いたなんてものではない。
突然飛び出していったボスを追いかけてみれば、そこはボスのご友人の邸で。
子供になったがおり、結果私たちが保護することになってしまった。
なんでもメイサさんに仕事の依頼が入ってしまったとかで。残念そうにしていた。
逆にボスはご機嫌で邸に帰ってきて、昨日は遅くまで一緒に遊んでいた。
子供のの方がきちんと早起きをしてきた、というのはどうだろう。
おはようございます、と現れたは少しだけ成長していて。こうして元に戻るのを待つらしい。
「あら正解よ。優秀ね」
「算数、とくいだよ。お買いものするから」
「お家のお手伝い?」
「うん。じーちゃんがね、勉強だからって」
「そう、色々と教えてくれるのね」
「すごいんだよ。じーちゃんね、いろんなところに行くんだ。それでね、強いの」
「強い?」
「うん。強くないと、死んじゃうんだって」
そういえばは祖父に育てられた、と言っていた。
こうして幼い頃から生き残るための術を教えられてきたのだろう。
ときに過酷なこともあっただろうに、まだ幼いにはあどけなさが残っていて。
このまま穏やかに日々を過ごせていたのならよかったのに、と願ってしまう。
……しかしそうなったら、私と彼が出会うこともなかった。
私の過去もの過去も。
あんなことは経験したくないことだが、なくてよかったとも完全に思えない。
勿論、同胞の無惨な死などなかった方がいいに決まっている。あれは忌まわしい記憶だ。
…しかし、あれがあって私が全てを失ったから、と出会えたことも事実なのだ。
「クラピカお兄ちゃん、どこかいたい?」
「え?」
「みけんのシワー」
いつの間にか私の机に手を置いていたが、人差し指で眉間をちょんと突っつく。
驚いて目を瞠ると、あ消えた、と嬉しそうに目を綻ばせた。
…大人のも、似たようなことをする。
私が考え込んでいると、人差し指で眉間をぐりぐりと押してきたりして。
難しい顔してるぞ、と。そう言って私の物思いを振り払い、肩の力を抜かせてくれる。
すると「お、消えた」と言って笑うのだ。
「…大人でも子供でも、はだな」
だけど私よりも低い位置にある頭を撫でる。
そういえば私がの頭を撫でるなんてことは初めてじゃないだろうか。
さらさらの黒い髪は癖がなく、指の間を流れていく。
大人しく撫でられているに気が緩んでしまいそうになるけれど。
センリツの視線に気づいて思考を引き戻した。
「そうだ、確認したいことがある」
「?」
「が小さくなったこと、キルアは知っているのか?」
「きるあ?」
記憶退行も起こしているらしいは、キルアのことを忘れているらしい。
子供の頃に記憶が戻っていても、実際に知人に会うと緊張することはないようで。
私を見たときも無条件で信頼されたものだから驚いた。
記憶はなくても、感覚で誰が味方なのかは覚えているのかもしれない。
しかしこうなると、の現状をキルアが知らないというのはマズイだろう。
悔しいことだが、と一番親しいのはキルアだ。付き合いも長い。
あれはすでに兄弟の域だ、とレオリオが言っていたこともあるが。私もそう思う。
「センリツ、私はキルアに連絡をしてくる」
「ええ。は私が見てるわ。大丈夫よ、とても良い子だもの」
「…そうだな」
部屋を出てキルアの携帯に連絡を入れる。
運よく繋がった電話からは『…クラピカ?』というキルアの不思議そうな声。
「いま大丈夫か」
『俺は平気だけど。どうしたんだよ?』
「キルアに伝えておいた方がいいだろうと思ったものでな」
『?』
「のことなんだが」
『あいつまた何かやったの?』
ヒソカのような問題を起こすわけではないのだが。
はなんというか、色々な面で厄介な状況を作り出す。酒や女性が絡むと特に。
そういう部分でキルアはを信用していないらしい。
どちらが保護者かわかったものではない、と苦笑してしまう。
「いや、今回はに非はない」
『ふーん?』
「妙な薬を飲まされて、子供の姿になってしまって」
『はあ!?』
「いま私とセンリツが預かっているんだが、引き取りに来れるだろうか。さすがに子供のを、マフィアの邸で預かるのは問題がある」
『行く、いまから行く。どこ行けばいいかメールして』
「わかった」
キルアの慌てぶりに、携帯を切って吹きだしてしまいそうになった。
部屋に戻るとが分厚い本を開いて、あれは?これは?とセンリツに尋ねている。
好奇心旺盛らしいは、この頃から探究心というものを持っていたらしい。
遺跡などに興味を持つ特性は、すでに子供のときからあったというわけだ。
クラピカの方が詳しいと思うわ、と体よくこちらに話を振られる。
何かを説明することは苦ではないため、を手招いた。
傍にやって来たは、様々な疑問をぶつけてくる。それをひとつひとつ説明して。
そうなんだ、すごい、と素直に聞く姿勢は学ぶものとして理想的だ。
こうして沢山の知識を彼は吸収し成長してきたのだろう。ゴンと少し似ている部分だ。
多くのものをから教えられた私が、今度は彼に教えている。
それがくすぐったくて、妙に誇らしくて。
嬉しそうね、と柔らかな声を投げるセンリツに、言葉に詰まってしまった。
マフィアの邸でさえなければ、理想的な託児所
[2013年 3月 31日]