旅団アジトにて―クロロ視点

「で、なんでここにヒソカがいるんだ?」
「そんなのこっちが聞きたいぐらいさ」
「つれないねぇ、ボクはキミに会いに来たっていうのに」
「………クロロ、こいつ殺していい?」
「構わない。団員じゃないしな」

除念に協力してくれたことには感謝するが、報酬は払ってあるし後は知らん。
執着されるマチは気の毒だと思うが俺には関係のないプライベートな部分だ。
ぱらり、と新しく入手した本のページをめくる俺の後ろでもぞりと動いたのは少年。
俺の背中に隠れるようにして、その実背もたれ代わりにして本を読んでいるのは子供のだ。

突然姿を見せたヒソカにマチが念糸を繰り出そうとしていた昼の時間。
突然現れた黒髪の青年は「や」と片手を挙げて挨拶したかと思うと、少年をどさりと落とした。
…ちなみに俺が暗殺依頼をしたことのあるイルミ=ゾルディックだったんだがそれはいいとして。

きょとんと瞬かれた瞳は焦げ茶で。黒い髪や顔立ちには覚えがあり。
俺やマチは珍しく一瞬思考が停止したし、ヒソカにいたっては笑ったまま硬直していた。
そしてぶるぶると震えはじめた変態は口元を押さえたかと思うと「イルミ…これは…?」と。
尋ねる声もいつも以上に裏返ってるし震えてるしで、ほとんど何を言っているのかわからず。
しかし運んできたイルミは淡々と「が子供になったんだって。すぐ戻るらしいけど、面白いよね」と。

こんなことってあるんだねぇ、とねっとりと笑うヒソカにが俊敏な動きで飛び退った。
俺でも鳥肌が立ったぐらいだ、あの反応は生きるものの本能として正しい。
マチがこっちにおいでと腕を広げて、躊躇いなくその中に飛び込んでいったのも正しい。
………しかしマチはいつの間にそんな保護癖がついたんだ。

というわけで、イルミが去った後は俺がヒソカからの壁になり。
はマチが適当に選んできた本を開いて静かに過ごしているところだ。

「変態はいいから帰りな」
「こんな貴重なものを前にして帰れって?それは意地悪じゃないかい」
に何する気だよ」
「ただ愛でようってだけじゃないか。まだ未完成な彼が見られるなんて、ゾクゾクするね」
「やっぱりさっさと消えな。子供の精神衛生によくない」

流星街育ちの人間がそんなことを気にするか。
ちらりと背後を確認すれば、はヒソカとマチの応酬など興味がない様子で。
黙々と本を読み続けている。………小さくても図太いところはさすがだ。

、面白いか」
「…よくわからない。ひとを殺すことに、快楽を覚えるってなんで?」
「………何を読んでるんだお前は」

が見せた背表紙は、ある殺人鬼の手記をまとめた本。
………マチ、こういう本を子供に与える方がどうかと思うんだが俺は間違っているだろうか。
恐らく何も確認せず近くにあったものを持ってきただけなのだろう。
それにしても、こいつもこいつだ。嫌がらずに黙って読んでいるのもおかしい。

「極限状態に陥ったときの驚くような底力を見れたりすることもあるから、ボクは好きだねぇ。単純に悲鳴とか血が好きってのもあるけど」
「……悪趣味」
「少なからず、ここにいる人間は理解できる感情だと思うけど。ね?

ヒソカの言葉に真面目に考え込む素振りを見せた少年は、本に視線を落とした。
それから首を傾げて緩慢な動きで頭を振る。

「人間、死ぬときは死ぬんだから、わざわざ試すようなことをする意味がわかんない。極限状態でないと出せないような力、意味がないよ」

そんなものは暴走した力で、本来の力とは言えないと。そう言っているように聞こえる。
まだ子供だというのに随分と大人びた意見だ。
そういえばは意味もなく暴れることを嫌う。無駄な戦いはしない主義だったか。
プロの仕事人としては当然の考え方だろう。己の力を制御できなければ仕事は果たせない。
必要であれば殺すこともあるが、わざわざ好んで命を奪うほど飢えているわけでもない。
根からの仕事人であり、戦う行為は娯楽ではなく必要な作業というだけ。

ヒソカという存在が特殊なのだが、も子供でこれなら十分特殊だろう。
おかげで変態ピエロがひとりで喜びに悶えていて気色が悪い。

「………マチ、ヒソカをつまみ出せ」
「…もう構いたくないんだけど」
「マチさん、マチさん」
「え?あ、あぁ、なんだい」
「お腹空いた。台所のもの借りてもいいですか」
「え。あんた作れるの?」
「うん。俺が作らないと誰も作ってくれないし」

というか台所ありますか?とが問うのも当然だろう。
俺たちが根城にしているうちのひとつであるここは廃墟になった建物だ。
しかし実はガスも水も使える状態であるため、キッチンは存在している。
が顔を出すときには料理することもあるため、あいつが来るようになってからは食材もある。
こっち、と促すマチはいたいけな少年をさっさとヒソカから引き離したいようだった。

………俺を置いていかないでほしい。





子供ながらにうまい料理に俺もマチも驚いた。
手馴れた様子で他のメニューまで作っていくの後ろ姿を、ヒソカがにやにやと見守っている。

「あ、クロロいるじゃん。………って、なんでヒソカがいんの」
「あぁ、シャル。どうした」
「マチからSOSメールが来たから何かと思って。ヒソカならクロロに押し付ければいいのに」
「おい」
「あんた、こっちを見なよ」

マチが指差した方向にシャルが目を向ければ、フライパンを手にが振り返った。
目を丸くしたシャルは何度か瞬きして、は?と間の抜けた声を漏らす。
気持ちはわかる。訳がわからず混乱するのもわかる。しかしこれが現実だ。

「え……?」
「オムライス完成です」
「ボクがケチャップかけていいかい?」
「いいけど…何て書くんですか」
「ヒソカLOVEとか」
「却下」

子供であろうとヒソカには容赦のない物言いだな。
このやり取りを見て、シャルも目の前の少年が友人であると納得したらしい。

「何で小さくなってんの?」
「さあ?」
「運ばれてきたときには、すでに小さかったからな」
「運ばれて…って、まさかヒソカが?いくらショタ好きだからってを無理やり小さくするとか…」
「ン〜、ボクのことをどう見てるのか聞いてみたい発言だね」
「「「変態だろ」」」

満場一致で重なる声。その横ではマイペースにケチャップで太陽の絵を描いている。

「ヒソカが連れてきたわけじゃないんだ?」
「あぁ。だが、こちらで預かるべきだとマチが譲らなくてな」
「ヒソカなんかに預けたら何されるかわかったもんじゃないだろ」
「まーね。こんな子供相手でも守備範囲なんだろうし」
「ウン、美味しそうだよネ」
、こっちおいで」

マチがヒソカから遠ざけるように手招く。
オムライスの載った皿を手に、マチの隣に座ったはどうぞとそれを机に置いた。
あ、いま食事中なんだ?とシャルも当然のように座ってフォークを手にとる。

「なら俺が引き取っていこうか。の家に連れてくよ」
「そうだね、それがいいと思うよ」
「ボクが引き取ってもいいのに」
「あんたは黙ってな」
「そうと決まったらできるだけ早く連れて行け、シャル」
「?何で」
「もうそろそろフェイタンやフィンクスが顔を出す。あいつらに見つかったらうるさいだろう」
「あぁ…確かに。んじゃさっさと食べちゃおう。いただきまーす」

俺たちがどんどん料理をたいらげていくものだから、は驚いた顔で。
しかしその後で嬉しそうに表情が和らいだように思えた。
何?と不思議そうにマチとシャルが尋ねる。すると焦げ茶の瞳が微妙に泳いだ。

こんなに大勢に食べてもらえることがなかったから、とぽつりと落ちた声。
ひとりが当たり前というような言葉に、一瞬沈黙が落ちた。

この空気はなんだろうかと俺は黙ってココアを啜っていたんだが。
おもむろにフォークをおろしたシャルが、ぽんとの頭に手を置いて笑った。
…おいおい、そんな笑顔俺たちに見せたことないだろうお前。何お兄さんぶってるんだ。

「すごく、美味しいよ。ありがとう
「ただで食べられるなら文句言わないさ。いつでも呼びな」

マチまで声が柔らかくなって、いつもの刺々しさがない。
ヒソカが便乗して何かを言おうとするが、目にも止まらぬ速さで念糸とアンテナが飛んだ。






素敵なお兄さんお姉さんが守ってくれています

[2013年 3月 31日]