だから君は女性偏差値が狂っていると。
[2012年 5月 13日]
「んじゃ、兄ちゃん。俺はそろそろ店に戻る」
「…あ、今回はありがとうございました」
「常連が減るのは店にとっての損失だからな。気にすんな」
稼ぎなんて重きを置いてない店だろうに、ユリエフ店長はそう言ってくれる。
ぶっきら棒なひとだけど、実はすごく面倒見がよくて優しいひとだ。
俺のためにわざわざ駆けつけてくれたんだから、今度何かお礼しないとなぁ。
そう考えてると、どさどさっと枕元にあるテーブルに積み上がる音。
え、と視線を向ければ大量の本。
「入院中は退屈だろ。今度来たときに返してくれりゃいい」
「………重ね重ねお世話になります」
「それから」
「?」
これ以上はもう大丈夫ですよー、と不安になりながら顔を上げると。
ユリエフ店長の藍色の瞳と目が合った。少し、悩んでるっぽい間が空く。
「………あの?」
「…メイサのヤツ、頼む」
「え」
「もともと浮き沈みは激しいが、今回はいつも以上に落ち込んでるからな」
え、なんでメイサが。
………そういえばメイサは俺の手術に立ち会ったんだっけ?
手術室に入って、ナイフにかけられた呪詛を解呪してくれたらしいとかなんとか。
相当にヤバイことになってた俺の内臓とかも見ちゃってたらしい。…なんてこった。
そ、そうだよな、俺だって知り合いのそんな姿見たらショック受ける。
むしろ夢に見てうなされるかもしれん、うわああああメイサごめん!
「…忘れろ、ってのも無理な話でしょうけど。俺はこうして無事なので、気にしないでほしいです」
「だな。あいつは気にしすぎだ。普段はうるさいぐらいなのに、こういうときだけ静かになる」
「俺の言葉で元気になるかわかりませんが」
「兄ちゃんの言葉でないと、意味がないと思うぜ」
「…え」
「じゃあな」
そのまま颯爽と病室を出ていくユリエフ店長、さすが立ち去り方もかっこいいー…じゃなくて!
えええええ、なんかすごいこと任されちゃったんだけどどうしよう!!
メイサを元気づけるってどうしたらいいんだ。
だってさ、俺の手術を見ちゃってショック受けたわけだろ?
俺自身が声かけたら、よけいに手術のとき思い出したりしちゃいそうじゃね?
ぐるぐると脳内で解決策を探すものの、俺の思考がバターになりそうでやめた。
とりあえず冷静になろう、と積み上げられた本を一冊手にとる。
………あ、これ前に俺が探してたルルカ文明の歴史新解釈の本だ。
きっと全部俺の好きな本なんだろうなー。
ユリエフ店長って、常連になると客の好みそうな本とか取り置きしてくれるんだよ。
初めてその本を差し出されたときは感動したっけ。隠れた名店、ってのを肌で感じたもんだ。
これならベッドから出れない時間も退屈せずにすみそうだ、と満足の溜め息。
あとはメイサをどう励ますか、だよな。うーん…女の子ってどうやって励ますんだ。
メイサって甘いもの大丈夫だったよな、ケーキ食べに行くとか?…ラフィー店長ここにいるし。
そもそもいまは外に出れないんだった。あ、一緒に本読むとか!……励ましとは違うよな。
「………考えても答えは出ないぞ」
俺に女性との経験値はないんだから。
ここはもう、キルアやクラピカに接するときのような感じでー…。
「……さん……」
って、メイサが顔出したよー!!!?
恐る恐る開かれた扉から遠慮がちなメイサ。すごく暗い顔してて、店長の懸念も最もだ。
いままで悩んでたのが吹っ飛んで、俺はおいでおいでと手招きする。
すると本当に躊躇いながら近づいてきた。そ、そんなにショックだったの…!?
ぽんぽん、と付添人用の椅子を叩くとそこに浅めに腰かける。
でも顔は俯いたままで。うーあー、どうしたらいいんだああぁぁぁぁぁぁ。
なんかいまにも泣きそうだよ!?下手なこと言えなさそうだよ!
「…メイサ?」
「さん、あの…私…!」
「メイサ、先に一言だけ言わせてほしい」
「…っ…」
「ありがとう」
「えっ…」
「メイサがいなかったら、俺は助からなかった。だから、感謝してる」
シャンキーの腕をもってしても、呪術師として確かな腕を持つ者がいなければ助からなかった。
それを聞いたときはさすがにぞっとしたって。マジで死んでたかもしれないんだから。
メイサやイリカ、というか皆がいてくれなかったら俺は助からなかったわけで。
だから感謝を伝えたいんだけど、上手く言葉にならない。
というわけで、恐れ多いんだけど膝の上でぎゅっと握られたメイサの手に俺の手を重ねた。
「俺のことは気にしなくて大丈夫」
「でも、あんな…ひどかったのに」
「それを救ったのはメイサ。呪術は怖いものだけど、ひとを助けることもできるって。そう言ってたのを証明してくれたんだ。…充分だろ?」
本当に、すごく助かったんだよ。
心の底から感謝してるからこそ、俺のためにそんな暗い顔をしないでほしい。
「女の子は、笑顔がいい」
「………へ」
「メイサのくるくる変わる顔、好きだから」
「んなっ!?」
あ、そうそう、そういう顔がさ。
店長と話してるときとか、ひとりで考え事してるとき、あとは俺と話してるとき。
もう本当に目まぐるしくてさー、いいなぁって思うんだよね。
俺なんていっつも小心者で緊張しまくるから引き攣った表情しか出なくて。
こんなんだから友達とか作るの苦手だったんだよな、くそう。
「あんまり、落ち込まないでくれると嬉しい」
「………さんって、すごくお人好しなところありますよね」
「メイサに言われたくない」
「私はドライですよ。仕事に関しては特に」
「皆そんなもんじゃないか?」
俺だって、自分の命かかってる場合は他は見捨てるからな!
イルミとかイルミとかイルミとか、見捨てたところで何の問題もないし!…後が怖いけど。
「また、色々と教えてくれ」
「教える?」
「呪術のこと。もっと身を守れるように。メイサを落ち込ませることがないようにさ」
こんな命がけの経験、そう何度もしたくはないのだ。うん。
だから君は女性偏差値が狂っていると。
[2012年 5月 13日]