シャンキー視点

『もしもし!いまからそっちに運んでくから!!』

色男が可愛がってるちびっ子のひとり、キルアって言ったか。
電話が繋がったと同時に聞こえてきた大きな怒鳴り声に、俺の耳がキーンと痛む。
プライベート用の俺の携帯に着信のあった番号は色男のもので。
なんで別人の声がするのかと思ったけど、どうやら緊急事態らしい。
状況を確認していけばいくほど、こりゃ大変だとわかって。

応急処置は医者を目指してるレオリオとかいうのがしたらしい。
まだ勉強中とはいえ、すでに技術はあるヤツだからそこら辺は大丈夫だろ。
この病院に向かってるらしいから、近道を教えながら手術の準備を整える。

ここで手伝うようになってだいぶ経つアン嬢は、アイコンタクトで大抵の意思疎通ができる。
ホント良い娘もらったよねー俺。今度看護師の資格取らせてみようかな。
てきぱきと準備を手伝ってくれるアン嬢に、うん確実に合格できるだろと思う。
あー…でもその場合は試験通るまでお休みになっちゃうかなぁ、それは困る。
ずっとひとりでやってきた診療所なのに、どうやら手伝ってもらうことに慣れてしまった。
いかんいかん、年とると楽ばっかり覚えちゃって。

携帯で手が塞がると処置ができないから、インカム式に切り替える。
髪もこのときばっかりはきちんと縛るよー。手袋は俺しないんだけどね、諸事情で。
手術の準備が完全に整ったところで、色男を抱えたちびっ子が飛び込んできた。

「おっさん!!」
「開口一番それとはいい度胸だマセガキめ」

手術台に色男を乗せて患部を確認すると、アン嬢が後ろで息を呑む。
腹部にナイフ。といってもそんなに大きなものではない。
…の割に、だいぶ出血してるのはどういうこと?ちゃんと止血もしてあるのに。
それに色男の肌色の悪さ。呼吸の弱々しさと、意識がほとんどない状態。
かなり重体に入る症状だけど、この小さなナイフ一本でここまでいくか?

念能力者というのは常人よりもはるかに強い。
体力も精神力も尋常ではなく、回復力も並のものではないのだ。
だからこれぐらいでここまで悪化することは普通ならないんだが。

「こりゃちょっと中見てみないと。アン嬢、ちびっ子連れて外出てて」
「え」
「なんだよ蚊帳の外かよ!」
「手術室は俺の城。集中力乱して色男が死んだらどうすんの」

患者に近しい人間は、冷静な判断力が失われる。
だから手術を妨害するような言動を取ってしまうことがあるわけだ。
俺の指示にまず従ったのはアン嬢で。彼女はちびっ子を連れて出ていく。

眼鏡を外して俺は患者の身体に視線を落とす。
ビン底眼鏡をかけるほど、俺は視力が弱い。それはもう、目が悪い。
まあ、この分厚ーい眼鏡をかけているのは、目を見られたくないせいもあるんだけど。
本当に目が悪いわけで、いまもぼんやりと物体の輪郭がわかる程度。
それが俺の<誓約>であり<制約>でもある。

両目にオーラを集め「凝」の状態に。
こうすることで俺の目は患部の位置や患者の骨、筋肉、血管の状態も診断できる。
≪顕微鏡(イーグル・アイ)≫っていうひとつの能力。

色男の腹部に突き立てられたナイフから、徐々に身体に広がっていく何かがある。
念による影響のような、けど微妙に違うもの。毒…にも似てるが違う。
確実にこのナイフが原因だ。体内に刺さったままにしておくのはマズイ。
目の念は保ったまま、両手にもオーラを集める。
俺の手を包むオーラはそのままメスのような形をとった。俺が手袋しない理由は、これ。

相当にヤバイ手術のときは念を使って処置をすることになる。
実際に器具を使うときと違って、俺の身体から道具を生み出すことになる。
その場合、手袋なんてもんをしてると感覚がつかめない。あ、俺はね。

素早くナイフを取り出し、もう片方の手にまとったオーラを変化させて傷口を開く。
………これは相当マズイ。普通の傷じゃない。多分これは。

取り出したナイフを確認してみると、刀身に刻まれた不気味な紋様。
そこから滲みだすオーラにも似たそれは、呪いと呼ばれるものだ。
念によく似た、毒のような効果を与える呪術。即効性のものもあれば、遅効性のものも。
今回のはだいぶ広がるのが速い。普通ならもう死んでてもおかしくない。
それでもまだ色男が生きてるのは、多分当人の生命力と念能力のおかげだろう。

俺じゃ呪術は専門外。進行を止めることはできても、治せない。
両手が塞がってるから、肘で携帯の短縮ボタンを押す。器用だろ、モノグサな証拠だ。

『………はい、フォレス…』
「ユリエフ。知り合いに呪術師がいるって言ってたろ、すぐ連れてきてくれ」
『………………何があった』

古馴染みの古書店フォレストの店長、ユリエフ。
いつもなら「ユリエフくん」と呼んでからかうところだけど、いまはそんな余裕はない。
携帯じゃ絶対に出てもらえないから、彼の店の電話に直接かけた。
だからこっちの緊急ぶりも気づいてるらしく、むこうの声はいつも以上に固い。

「色男がやられた。呪術がかけられてる」
『…お前の病院でいいのか』
「あぁ、頼む」

そのまま通話は切れる。
俺はすぐさま患者の身体に広がろうとする呪いを留めることに集中した。
腹部からじわじわと広がる不気味なオーラは、次々に近くの内臓や筋肉を腐敗させていく。
これが身体全体に広がったらアウトだ。
呪いを排除できたとして、そのときにどれだけの部位が残っているか。
修復不可能なほどに腐敗が進行した場合、状況は絶望的になる。
移植するつったって、そう簡単にドナーが見つかるわけもないし。

様々な可能性とそれに関しての対応を頭の中で弾き出していく。
その間にも両手は正確に動き目的を遂行していく。
≪医者の指先(ゴッド・ハンド)≫の見せどころってね。

機器を繋いで最低限の生命維持は確保。
けど俺の念を注いでないとすぐさま呪いが色男の身体を蝕む。
……しっかし厄介なもんに刺されたな、と色男が首から下げてるであろう首飾りを思う。
確か呪いを無効化する首飾りを下げてたはずだけど、今回は体内に直接呪いが入り込んだ。
だから呪詛を弾くことはできず、そのまま広がってしまったんだろう。
なんだって呪いの宿ったナイフなんぞ持ってたんだか。知らないで使用してる場合もあるけど。

「入るぞ」
さん!!」

あー俺のオーラが尽きるー……とバテてきた頃。
ようやくユリエフくんと知り合いの呪術師が来た………って、あれ。

「なんだ呪術師って女の子?」
「あぁ。メイサ、落ち着け」
「だ、だって、さんがこんな」

おっと、ごめん、開腹部分が見える状態でグロイよねー。
開かれた部分から超不気味なオーラ溢れ出してるし、呪術師なら俺よりも敏感だろう。
真っ青な顔の彼女はメイサというらしい。メイサ…メイサ…聞いたことあるような。
あ、色男とユリエフくんの会話にちょこちょこ出てくる名前か。

「メイサ嬢。これが本体」
「おい、んなもん素手で触れて大丈夫なのか」
「オーラで守ってるからへーきっしょ」
「メイサ。……おいメイサ、しっかりしろ。仕事のお前は冷静さが売りだろ」

ときどき失敗やらかすが。とか小さい声で呟いてるけど聞こえてるよユリエフくん。
でもメイサ嬢は最後の言葉は耳に入ってなかったみたいで、のろのろ顔を上げる。

「…仕事?」
「仕事だ。呪術師としてのお前に」

落ち着かせるようにゆっくりと言葉をかけるユリエフくん。
へえ、随分と大事にしてる娘なんだな。うんうん、良い傾向。
寂しがり屋なのにひとりになろうとするユリエフくんに、そんな存在ができるなんて。
お兄さんちょっと嬉しいぞ。

落ち着いたのか、メイサ嬢は深呼吸してからナイフを手にとった。
プロの仕事人の顔になったのを見て、大丈夫そうだと確信する。
そうなると、俺は次の仕事。

「ユリエフくん、そこの携帯でラフィーくんとこにかけてくんない?」
「?なんだってまた」
「呪いがとけても厳しそうだから、ちょーっと相談をね」
「よくわからんが…」

そう言いながらもラフィーくんのところへ電話をかけてくれる。
インカムから呼び出し音が流れ、そして聞き慣れた声。

「あ、ラフィーくん久しぶり。単刀直入なんだけどお願いがあって」
『うん、何?』
「イリカ嬢の細胞、使わせてくれ」
『………どうしたの?』

ラフィーくんはユリエフくんと同じぐらい長い付き合い。
いまは彼はケーキ屋の店長をやっていて、そこで働く女の子がイリカ嬢だ。
彼女は少々特殊な身体をしていて、俺のところで診察をしたこともある。
そのときに検査のためにとわずかにもらった細胞が、保管されている。

いまの現状を伝えると、ラフィーくんは「ちょっと待って」と電話から離れた。
多分イリカ嬢に確認に行ったんだろう。彼女の身体の一部を使わせてもらうんだ。
しばらくしてから戻ってきたラフィーくんは「いいよ」と一言。

『ただし、絶対に彼を助けてね』
「もち」

メイサ嬢が呪術をなんとかしてくれてる間に、俺は次の準備。
ユリエフくんに保管してある細胞を取ってもらって、呪術が解けるのを待つ。
ぶわりと色男の身体から不気味なオーラが浮かび上がる。
どうやらメイサ嬢が仕事を果たしてくれたらしい。大した集中力だ。

「ユリエフくん、それ開けて」
「ん」

呪詛の除かれた体内へとイリカ嬢の細胞を注入。
イリカ嬢の細胞は特殊で、細胞分裂の速度が常人の何倍も何十倍もある。
それは損傷を修復させる助けになるわけで、八割が腐りかけた内臓にも効果がある。
腐敗した部分を切除して時間を置かずにイリカ嬢の細胞で復元。
全部が綱渡り、時間との勝負。ああヤバイ、マジでオーラが底尽きそう。

「ユリエフくーん…がつんと一発」
「任せろ」

ちょ、生き生きし過ぎ!と思ったら本当に遠慮なく後頭部わしづかまれたー!!
痛い痛い、でもおかげで意識はっきりしてくるありがとう!でも痛い!

「………あとは縫合だけ」
「…お前の場合、縫合はいらないんじゃなかったか」
「俺が切ったとこはねー。けどナイフが刺さってたとこは縫わないとでしょ」

俺の能力は細胞を傷つけることなく切開できる。
だから再び閉じれば縫う必要もなく、切った部分はくっついてしまう。
あ、だからってすぐ暴れたら駄目だぞ。数日は安静にしてほしい。
…ジンとか関係なく飛び出してくけどな。あいつは真性の馬鹿だ。

「あとは平気だから、メイサ嬢を休ませてやってくれ。アン嬢が待ってるだろうし」
「わかった。立てるか、メイサ」
「あの…さんは」
「へーき、へーき。もう大丈夫。あんがとね」

ほっと安堵して肩の力を抜くメイサ嬢は、心底色男を心配していたらしい。
うーん、どんだけ罪作りなんだこの幸せ者め。





シャンキーの能力初披露。

[2012年 4月 10日]