結局皆来ちゃいました。
[2012年 4月 10日]
手術室を追い出され、アンが風呂を用意したから入るように言ってきた。
そういえば俺だいぶ血で汚れてる。このままでいるのは微妙だ。
じっと待ってても手術が終わるわけじゃないから、とりあえず頷く。
着替えを受け取って脱衣所に入る。脱いだ服を手にとって俺は眉を寄せた。
赤い血は乾いて黒く変色してる。…こんなには血を流した。
途中からは意識も失って、呼吸もどんどん弱くなっていって。
このまま死んだらどうしようかと、泣きそうになった。
浴場に入って鏡を見ると、顔とかにも血がこびりついてる。
シャワーで洗い流しながら、いまになって手が震えてることに気づいた。
暗殺者として、ひとの命を奪うことをなんとも思ってこなかった自分。
いまでも、多分、ひとよりは生死に対しての見方は軽いと思う。だけど。
やっぱり、大事だと思えるヤツの死は見たくない。
風呂で身体をあっためて、ようやく震えが止まった。
清潔な着替えを頭からかぶると、脱いだ服がなくなってることに気づいた。
多分、アンが洗濯してくれてるんだろ。…あんだけの血、落ちるのか微妙だけど。
待機室に顔を出すと、お茶を淹れてアンが待ってた。
俺の顔を見てどこかほっとしてるのは、アンも落ち着かないせいなんだろうな。
「お湯加減、どうでした?」
「気持ち良かった。洗濯物、あんたが?」
「いま洗ってます」
「落ちなかったら捨てていーよ」
「大丈夫、ちゃんと落ちますよ。慣れてますから」
血を落とすのが?……って、ここ病院だもんな。
手術で血がついたりとかすんのかも。あ、患者が血まみれの場合だってあるか。
それ用の特殊洗剤でも置いてたりすんのかな。
二人でそわそわしながら待ってると、ばんと入口が荒々しく開く音。
ゴンたちが来たんだろうか、と思って腰を浮かせる。
けど廊下を風のようにずんずん突っ切っていったのは男と女。
………って、女の方は呪術師のメイサじゃないか?
男に腕を引かれる形でそのまま手術室の中に入っていく。…どういうことだ。
「いまの方々は…」
「男の方は知らねーけど、女の方はメイサ」
「メイサさん?」
「呪術師で、けっこう有名」
「え」
躊躇いなく手術室に入るってことは、あの医者に呼ばれた可能性が高い。
そこにメイサが立ち会うってなると………呪いが関わってんのか。
傷はそれほど深くないのにの容体が深刻だった理由は、それってことかもしれない。
もしそうなのだとしたら、厄介なことをしてくれたもんだ。
…やっぱり俺が直々に八つ裂きにしてやりたい。がそれを望まなかったとしても。
「…キルアくん」
「何だよ」
「ご飯、作りましょうか」
「は」
突然の内容に間の抜けた声が出る。
でもアンはにっこりと笑って。
それが強がりであることはわかったけど、不思議と心を宥める力があった。
「手術を終えたら先生はお腹空くでしょうし、キルアくんもそのうちお腹が空いてくるでしょ?」
「こんなときに?」
「こんなときだからこそ。全部無事に終わったら、皆でお腹いっぱい食べられるように」
このまま落ち着かずそわそわするだけの方が辛いってことかもしれない。
俺も同じだったから、結局頷いた。
料理なんてほとんどしたことなくて、の手伝いをたまにするぐらいだけど。
アンが簡単な作業を振ってくれるから、あんま苦労はしなかった。
こういうさりげないところ、と似てるかもしんない。
後でゴンたちも来るだろうし、大人数で大量に食べられる料理ってことで。
カレーを作ることにして、あとはもう煮込むだけって状態になった頃。
「ごめんくださーい」
「…?診察かしら。キルアくん、ちょっと見てきてもらってもいいですか?」
「いいけど。患者だったらどうすんの」
「手術が終わるまで待ってもらうことになるかと」
「りょーかい」
病院の入口に向かうと、そこにいたのは患者でもなんでもなくて。
見覚えのある二人で俺は目を瞬いた。
「あ」
「あぁ、君も一緒だったんだ。くんの様子はどう?」
「まだ手術中だけど………なんでケーキ屋の店長がここに?」
「うん、イリカが心配してたみたいだから」
「て、店長!」
「でも君の顔色を見ると、なんとか手術は上手く行きそうってことかな」
天空闘技場のお膝元にあるケーキ屋。俺とのお気に入りの店。
そこの店長と店員のイリカがなぜかいて。
なんつーか客が多いな。っていうか、店放っておいていいのかよ。
顔に出てたのか「早じまいしてきたんだよ」と言われた。そこまでするか。
「ちょっと今回は事情が事情だし、シャンキーと話しておきたくて」
「…?ここの医者と知り合い?」
「うん」
メイサを呼べることといい、あのシャンキーって医者何者だよ。
のかかりつけだし、やっぱ裏のネットワークで有名な病院とかなのか?
「良い匂いがするね、カレーかな」
「いま作ってる」
「そう。イリカ、僕たちもお手伝いしようか。待ってる間することもないし」
「はい」
まさかのプロの乱入。
いや、俺としてはカレー作るよりデザートを何か作ってくれた方が…ってそうじゃない。
あ、けども甘いもんがあった方が喜ぶと思う。
厨房に顔を出した客人二人にアンは目を丸くしてた。
けどすぐに馴染んで、三人でてきぱきと料理を始める。カレー以外のメニューも増えそうだ。
俺は傍で観察させてもらうことにして、たまに味見役だけやる。
あ、やっぱプロの作るもんってうまい。
さっさと手術も終わって、ゴンたちも合流してきて。
それで全員で、食べたい。
結局皆来ちゃいました。
[2012年 4月 10日]