「え、さん?」

そう驚いた顔で足を止めたのは、友人の二番目の妹さん。
兄妹の中で一番しっかりしてる子で、料理が趣味という素敵な面がある。
ホテルへと向かう道すがら、買い物荷物を下げた男の子と一緒の彼女に会った。
妹さんの隣にいる男の子は活発そうな印象が第一にくるけど、よく見るとなかなかハンサムだ。

……なんなんだ、この美人しかいない光景。俺、場違いじゃね?

「どうして香港に…」
「驚くよな。さっきそこの公園で見つけた」
「…ひとを犬か猫みたいに。久しぶり、随分大きくなってるから驚いた」
「はい、お久しぶりです。さんはお変わりないようで」

うん、変わりなく一般人の小心者です。
あ、いや念とか習得したり運び屋やったり普通の枠から越えてるような気もしないでもないが。
でも心はいつだって小さいままなんです!ノミの心臓なんです!
……という悲しい俺の話はいいとして。

確認してみたら妹さんはいま高校生。そっか、高校生かー。
そりゃこれだけ綺麗にもなるわけだ。俺の記憶だとまだ可愛い、って印象だったもんな。

「?オニーサンの知り合い?」
「あぁ、高校時代の友人だ」
「へえ!」
「……こちらは?」
「俺の教え子で、一緒に中国旅行してる家族の三男坊」
「歌って踊れる三男坊とは俺のことだぜ」
「歌って踊れるのか」
さん、彼の言葉は話半分で構いませんから」
「あ、ひっでーの」

仲の良い少年少女の様子に、おやおや?と思う。
ちらりと友人に視線を向けると、彼は複雑そうな表情で肩をすくめた。
なーる。そろそろ手を離れていくって話してたのはこういうことか。
そうだよな、妹さんたちも年頃だよなー。しかもみんな美人だし可愛いしで。
………あっという間に彼氏とかできちゃうんだろう。そりゃ複雑だ、わかるわかるぞ。

だがお前も彼女(といっていいのか微妙な関係ばかりだったが)なら沢山いただろう。

「んで、の顔をあいつらにも見せてやろうかと思ったんだが…どうしてる?」
「皆ホテルにいると思いますよ」
「ん」

ヤバイ、緊張してきた。長女ちゃんなんてもう…大学生とかになってるのか?
うわあ、絶対綺麗になってるって!すでに可愛かったもんあの子。
末っ子ちゃんは無邪気な子供らしい子供だったけど、女の子らしくなってるのかなぁ。
…でも他の家族もいるんだろ?いきなり邪魔して大丈夫?

ちょっと不安というか居た堪れない感じがして、遠慮するべきかなーと思う。
いやここまで来ておいて断るのも失礼だよな。ドタキャンみたいじゃないか。
だがしかし。

そう葛藤して視線をあちこちに飛ばしていると、友人が歩く足を止めた。
俺もそれに倣って足を止める。も、もしや俺の迷いに気づかれたか。
こいつそういうとこ鋭いからな。どどどどどうしよう。
嫌なわけじゃないんだよ、ただ緊張するだけで!小心者でほんとごめん!!
えっと、えっとだな。

「………邪魔にならないか」

意を決して尋ねてみると、友人はちょっとびっくりした顔。
それから少し沈黙して、困ったような笑顔を見せた。あ、妙なこと気にしてるとか思ってる?
俺としては死活問題なんだよ。迷惑かけたくないじゃん、嫌な顔させたくないじゃん。
じっと答えを待ってると、友人はぽんぽんとこちらの肩を叩いた。

「巻き込んだのはこっちだ、お前は何もしなくていい」
「…巻き込まれた、ってほどのことじゃないが」

ただ誘ってくれただけだから、そんな卑下しなくても。
……あ、それともホテルに行くとデンジャラスな光景が広がってるとかなのか?
もしそうなら遠慮したい、と後ろ向きな結論を出そうとしていると。

「オニーサンたちの出番はないって、俺ひとりで充分!」

元気な少年がなぜか駆け出していった。
え、と思ったときにはなんでかスーツを着た男たちと乱戦になっている。
え……えええええええええええ、なんで街中で戦闘してんの、てかここ元の世界だよな!?
ハンター世界でもないのに、どうして銃を持った強面のおじさんたちがいるわけ!?
あれか、チャイニーズマフィア。………どうしてそんな方々がこちらに。

「三男坊は本当に特攻隊長だな」
「ああもう。兄さん、さんをお願いします」
「おう」

まさかの女の子に心配されるという、俺。
妹さんは躊躇いなく少年の後を追いかけていくではないか。え、ちょ、危ないぞ。
と思ったらなんか触れてもいないのに男たちが薙ぎ倒されてるー!!!
えー!どういうこと!?超能力者か何かなの!?

それともやはりまだここはハンター世界で、彼女も念能力が使えるとかそういう…。
…訳がわからなくて頭痛くなってきたよ、なんかもう疲れた。
はあ、と肩を落として俺は友人の腕をぽんぽんと叩いて歩き出す。
逃げよう。俺じゃホント巻き込まれるか足手まといになって死ぬしかない。
」と呼びかける声があるが、振り返らない。っていうか怖くて振り返れない。

俺はただの一般人だから!薄情者と言われようと逃げるぞ!!
妹さんが超能力者なんだ、きっとお前だってなんかすごい力持ってるんだろ!
つーか喧嘩滅法強かったもんなお前!!やっぱここにいたら俺だけ死ぬっ。

振り返らないまま、手だけひらひらと振って俺はその場を離れる。
最後にちらりと妹さんと少年が乱闘を繰り広げている方を確認しようとして。
黒い物体が凄まじい勢いで俺の方に飛んでくるのが視界の端に映った。
顔面に迫りくるそれに驚いて瞬きを止めると、ゆっくりと速度を落とす飛来物。
…あ、やっぱり念能力使えるんだ。そんでもって近づいてくんのは銃だ。

………………いや、銃に顔面強打されるとか最悪なんですけど。

慌てて手で銃を受け止め、だけどすぐさまそれを人のいない方向に放る。
ハンター世界ならともかくとして、現代世界で銃なんて持ってたら捕まるよ!
あ、俺の指紋ついちゃったかな、もし調べられたらマズイんでない!?
いやいや、飛んできた銃から顔を守るためだ、自己防衛ということでひとつ。

「ぐあっ!!」

ん?銃を放り投げた方向から妙な声が……って、ぎゃああああああ。
俺の投げた銃が通行人の顔面に当たっていらっしゃるううううう!!!
慌てて駆け寄ろうとしたんだけど、それよりも先に友人がするりと横を抜けて怪我人の元へ。
介抱するのかと思いきや、通行人の右手を思い切り踏んづけた。
え、何してんの!?めっちゃ痛そうなんだけどそれ!!

「…大人しくしとけ、死にたくないならな」

そんでもって悪役みたいな台詞吐いてるー。えー、なんなのこの状況。
気が付けば少年たちの方も区切りがついたらしく、横目で積み上げられたスーツさんの山。
俺は何も見なかった、と言い聞かせて友人の傍にそろそろと近づく。

「兄さん」
「あぁ、迂闊に買い物にも出れないな」
「食後の運動には丁度いいけどね」
「それはお前さんだから言えることだろ。
「?」
「悪いが、やっぱり巻き込む危険しかないらしい。ここで別れた方がいいと思う」
「………そうだな」

もしかしてこういう襲撃が日常茶飯事なんですか旧友よ。お前らは幻影旅団か。
危険な目に遭うのはまっぴらだから、俺は素直に頷いた。

友人に踏まれた通行人は、妹さんと少年が何やら声をかけている。
なんか首謀者は誰だとか尋問受けてる気がするけど、気のせいということにしておこう。
俺の知らない色々な事情があるんだろう。高校時代から、謎な友人だった。
いまさら秘密を知ろうとは思わないし、そういう適度な距離が楽な関係だったんだから。

「他の妹さんたちにも、よろしく」
「あぁ。お前も」
「ん?」
「ひとりでふらふらしてると、危ないぞ。さっさと連れのところに戻れよ」

そう笑って、友人はもう一度俺の肩を叩いた。
連れ………か。そうだよな、普通は海外にひとりで来ないよな。
こんなとこにひとりでいても、怖いだけだ。…どうやって日本に帰るの俺。
一緒に来てる誰かがいるのかなぁ。そう首を捻っていると。

「あまり迷うと、もう帰れなくなるぞ」
「………え?」

友人の口から、彼の声なのに聞き慣れたものより重い響きの言葉がこぼれた。
驚いて凝視すると、友人の瞳が金色に染まっていく。え、ええ!?
表情もいつもの気だるげなものから一変、どこか面白がるような色気のあるものに。
は、え?ど、どういうこと?
パニックに陥る俺に笑みを漏らして、友人であるはずの何者かが黄金の瞳を細める。

「聞こえるだろう?お前を呼ぶ声が」
「…俺を呼ぶ、声?」
「お前がこの世界へ戻るための扉は開かれていない。帰れ、身体のある場所へ」
「………お前はいったい」
「それこそ、知る必要のないこと」

とん、と胸を押されて身体が傾いでいく。浮遊感に襲われる。
何かに引っ張られるように意識がふわりと浮かんで。世界が、白に染まった。

そうして聞こえてくる、俺を呼ぶ声。

ずっと聞こえていたはずなのに、気づけなかった。
何度も何度も、俺の名前が呼ばれている。

帰らなきゃ。

素直に、そう思えた。






友人の妹と、少年の出張でした。

[2012年 4月 14日]