友人視点

俺を見て、わずかに驚いたように見開かれた瞳。
だけど変化はそれだけで、相変わらずの静かな表情に。
ああ、懐かしいなと柄にもなく思った。






少々特殊な力やら因縁やらを持つ俺と妹たちは、他者との接触を避けて生きてきた。
それは異質な自分たちを知られないようにするためでもあったし、周囲を巻き込まないため。
家族だけがいればいいと思っていたところもあって。
そんな中、珍しくそれなりに親しくしていた友人が高校時代はいた。

といっても深い話をするでもなく、共通の趣味についてたまに話したり。
お互いに特に会話せず、ただ同じ空間にいるだけということも多かった。

一緒に過ごしたのは高校の間だけ。
あいつは考古学者を目指してたし、俺は教師になろうと進路を選んでた。
卒業式の日にいつもと同じ挨拶で別れながら、もう会うこともないんだろうなと。
そう思っていたのに。

「………?」

俺の唇からついその友人の名前が飛び出した。
ここは中国の香港。日本ではなく、色々とあって俺たちがいま滞在している地。
ホテルで読むための本を見繕ってきた俺は公園を抜けようと歩いていると。
なんとなく見覚えのある横顔を見つけた。
思わず呟いた名前に、ふと顔が持ち上がって俺の方を向く。そしてむこうも驚いたらしく。

「……お前……」
「本当にか。何してるんだ、こんなところで」

歩み寄りながら、互いに流れた時間を感じさせられた。
最後に見たのは高校の卒業式で、俺ももまだ十代だった。それがいまは二十代だ。
背も伸びたし骨格もしっかりしてる。…それにこいつ、無駄のない筋肉がついたような。
じっと俺を見る焦げ茶の瞳は変わらず澄んだような濁ったような不思議な色。
けどまとう気配が、前以上に静かに重たくなったというか。…隙がなくなった。

久しぶり、と互いに挨拶して俺もの座るベンチに腰を下ろす。
互いの近況を話してしばらくすると、なんかやたらと俺の方を見てくる。
なんだ?と目を瞬くと、淡々とした声をが発した。

「…変わったな」
「何が」
「お前」

確かに、この一年は色々なことがあって。
心境の変化はあったかもしれない。目ざといヤツ。
けどそれを認めるのは照れくさくて、俺はいつものように会話を微妙にずらした。

「そうか?相変わらず、あいつらには怒られてばっかりだ」
「心配してもらえてるなら、良いじゃないか」
「そうでもない。そろそろ、俺からも卒業してく頃だよあいつらも」

妹の話題にスライドすると、付き合うように頷いて。
だけど相変わらずこいつは核心を突いてきた。

「じゃあ、今度はお前のために時間を使えるわけだ」

いままでの時間、俺だけのために使われたものはほとんどない。
だが自分が犠牲になってきたとは思わない。俺は勝手にやったことで。
兄が妹を守るのは自然のことだろ、と思う。まあ、それもそろそろ潮時だ。
いつの間にやら成長していたらしい妹たちは、それぞれにパートナーを見つけてしまっている。
今度は俺が幸せになる番、とか言われたり。

「いきなり好きにしろ、って言われてもどうしていいかわからないけどな」
「…十分好きにしてきただろ」
「そこはそれ。…これから世話になってるホテルに行くが、お前も来るか?」
「え?」
「あいつらも顔見たら喜ぶだろうし。…あ、騒動に巻き込まれる可能性もあるから、そこは自己判断でよろしく」
「…騒動?」
「最近、この辺り物騒だからな」

まあ、その原因は一緒に行動してる一家なわけだけど。
俺?俺は関係ないって。ただあいつらの諸事情に巻き込まれてるだけで。
……ま、好きで巻き込まれてるところはあるが。そこは気にしないでおけ。





とりあえずホテルへと向かって歩き出したところで、妹のひとりと鉢合わせた。
どうやら買い物の帰りらしく、荷物持ちに友達以上恋人未満の同級生を連れている。
こいつもとは顔を合わせたことがあったから、見てすぐにわかったらしい。
驚いた顔をしてる妹に軽く説明をしておく。

「んで、の顔をあいつらにも見せてやろうかと思ったんだが…どうしてる?」
「皆ホテルにいると思いますよ」
「ん」

ならこのままでいいか、と歩いてたわけだが。
俺の少し後ろを歩いてたの歩くペースがかすかに落ちた。
と同時に感じる俺たちを囲むような複数の気配。
噂すれば、ってところか?がいるときに襲撃とはついてない。

あちこちに確認するように視線を飛ばしたは落ち着いた様子で。
もしかしてこの気配に気づいてるのか、と足を止めた。
同じように歩くのを止め、は低い声で一言。

「………邪魔にならないか」

俺たちを囲む者たちの存在が。
ホテルにこのまま向かうと潜んでいる者たちがついてくるのでは、と危惧してるんだろう。
必要なら手を貸すといわんばかりの声に、俺はもう苦笑した。

「巻き込んだのはこっちだ、お前は何もしなくていい」
「…巻き込まれた、ってほどのことじゃないが」

高校からこれまで、だいぶ色んな経験してきたんだなこいつ。
前から度胸があるっていうか普通ではなかったけど、いまはそれ以上。

「オニーサンたちの出番はないって、俺ひとりで充分!」

楽しげに笑って、三男坊が飛び出していく。
まあ確かにこれぐらいの相手ならあいつひとりでも問題ないだろう。
だが数だけはやたらと多いから、こっちに向かってくる敵もいる。
鉄砲玉の三男坊をセーブするために妹も駆け出していった。

少しだけ驚いた顔で妹の背中を見送る
戦闘に参加するのかと心配したんだろうが、あいつはちょっとした能力を持つ。
その力で襲撃者を迎え撃つ姿に、手助けする必要はないと判断したらしい。

小さく溜め息を吐いて、は俺の腕を叩くと歩き出した。
あいつの向かう先にはまだ敵がいる。だから呼び止めるが、振り返らない。
わかってる、というようにひらひらと手だけ振って進んでいく。
さすがに丸腰はヤバイんじゃないか、と俺も追うべきかと悩んで。

そのとき、に向かって銃が飛んできた。
恐らく三男坊が敵の手から弾き飛ばしたのがたまたま行ったんだろう。
ちらりと視線を向けたは、凄まじい速度になっているはずの飛来物を平然と受け止める。
三男坊の力は常人とは桁違いだ。そんな力で弾かれた銃だから、かなりの負荷だろうに。
表情も変えず片手で銃をキャッチしはすぐさま放る。

「ぐあっ!!」

投げた銃が通行人に扮していた敵の顔面を叩いた。
ありゃ前歯折れてんな。つか、紛れてることに気づいてたのか。
顔面の痛みと戦いながらも懐の得物を取り出そうとする敵の右手を、俺は踏みつける。

「…大人しくしとけ、死にたくないならな」

牽制しておいてから周囲を確認すると、妹たちの方もひと段落したらしい。
やれやれ、こんな昼日中に襲撃とは。敵も手段を問わずになってきたな。

「兄さん」
「あぁ、迂闊に買い物にも出れないな」
「食後の運動には丁度いいけどね」
「それはお前さんだから言えることだろ。
「?」
「悪いが、やっぱり巻き込む危険しかないらしい。ここで別れた方がいいと思う」
「………そうだな」

素直に頷くこいつは、やっぱり俺たちの事情に深入りはしてこない。
銃を持った敵に狙われてるなんて、普通は何をしたのかと驚くものだろう。
怯えるか、嫌悪か、警戒か。マイナスの印象しか与えない場面だったというのに。
は変わらず淡々とした表情のままで。ホントこいつは、とおかしくなってくる。
…昔からこいつのそういうところは、嫌いじゃない。

「他の妹さんたちにも、よろしく」
「あぁ。お前も」
「ん?」
「ひとりでふらふらしてると、危ないぞ。さっさと連れのところに戻れよ」

確か個性的なじーさんがいたはず。
考古学者としての大先輩で、いつかあれぐらいになるんだと目標にしていた存在。
恐らくは今回もその関連で中国へ来たんだろう。
あんまり待たせるとあのひとうるさそうだからな、と肩を叩く。

そう思った瞬間、俺の意識は一瞬飛んで。

我に返ったときには、もうの姿はなかった。

どういうことだ?と首を傾げると、脳裏に響く楽しげなからかうような笑い声。
…俺の中にいるあいつか、と眉間に皺を寄せると。ますます満足げな気配が濃くなる。
何かしたんじゃないだろうな、と俺の中で問いかけると。

お前の友人をあるべき場所へ帰しただけさ、と。

笑みを含んだ声が返ってきた。





主人公の友人は本館「夢幻世界」の創竜伝連載の男主人公でして。
そちらを知らない方にはちょっと不親切なお話だったかもしれません、申し訳ない。

[2012年 4月 16日]