「うん、合格なんじゃない?」
「え、あ、え??」
「これなら店に置いてもいいよ」

 基礎を始めたのはもっと前だけれど、この3ヶ月、本当によく頑張ったと思う。
 混乱するイリカは見ているだけで楽しいけれど、見ているだけじゃ可愛そうなので現実に引き戻す。
 労いの言葉をかければ、泣いてしまうんじゃないかというほど、不安定に微笑むイリカ。
 人間って安心したら泣きたくなるの、なんでだろうね。

 根気強くひとつのことに打ち込めるということは、本当にそれだけで価値があると思う。
 僕は飽きっぽいところがあるから、一つのレシピにかけられる時間は、割と短い。
 だから店のラインナップも意外と早く回転していくんだけれど。
 ひとつのことに打ち込む姿は、くんも同じだね。
 お互い気づいてはいないのかもしれないけれど、そういうところが似ている。

「これならくんも喜んでくれるんじゃない?」
「そうだと嬉しいです。あ、そろそろ帰ってくる頃ですよね」

 先刻まであれほど喜んでいたのに、くんの名前を出したらそわそわ。
 うん、素直で可愛いとは思うけれど、もうちょっと余韻に浸りたかった。
 あの笑顔を引き出せたのが、他でもない自分だということ。
 なんだか娘を取られた父親の気分?

 片付けにも身が入らない様子で、そわそわと様子を見に行ったらしき彼女に苦笑いが出る。
 うん、仕事中にはこんな態度取らないからいいんだけど、隠す、ということも憶えなきゃいけないよね。
 素直である、ということは素敵なことだけれど、ひととして、秘め事ができる、というのは結構重要。
 犯罪に巻き込まれないためにも、必要な嘘があることは教えてあるけれど。

 嘘を吐く必要がない日々というのは、とても倖せで。
 自分の心に正直に生きられる、というのは、倖せで。
 それを体現しているイリカが、少し羨ましい。
 それでも、僕はまだ嘘を吐き、自分を隠している。
 素直になれ、と、そろそろいいんじゃないかと、諭してくれるひとはいるけれど。

「あの、店長、お皿を」

 少し慌てたように中に入ってくるイリカを手伝う。
 きっと待ち人が来たのだろう。
 震える手を一度握って、大丈夫、と告げれば、落ち着いたのか震えは止まる。

 初めて、大好きなひとに、自分の作ったものを食べてもらう。

 それはとても嬉しいことで、だけどとても緊張することで。
 随分と昔に感じた、懐かしい感覚。二度と経験することができない、あの―――。
 僕が合格を出したケーキを、イリカの望む形で飾り付け。
 感性はひとつじゃない。完成系もひとつじゃない。
 無事に出来上がり、彼の元へ急ぐ様子は、思わず顔が綻ぶ。

 倖せな気持ちは伝染して、僕も倖せな気持ちになるから。
 純粋に、ただ只管誰かを想う心は、本当に気持ちがいいものだから。
 器具を片付けていても、それでも嬉しい。

 大体片付け終わって、様子を伺いに出れば、いつも通りを心がけている様子のイリカ。
 あぁ、いつの間にか、隠すことは憶えていたんだね。
 認識違いだったことを少し反省しつつ、成長を喜ぶ。
 彼には嘘を吐くけれど、僕には嘘を吐く必要がない程信頼してくれてる、とそんな風に思っていいのかな。
 だけど、感想が気になるっていう気持ち、隠しきれてはいないよね。

「おかえり、くん」
「あ、帰りました。今日のもすごく美味しかったです」
「そう? 今日のはイリカ作だよ」
「え」

 くんに話しかければ、いつも通り、礼儀正しい受け答え。
 イリカが作ったということに僅かに驚いてはいるけれど、イリカの方に視線をやってから、納得したように頷く。
 当の本人といえば、少し混乱した様子だけれど。

「あの、私、頂いた、前に、ペンダントのお礼を・・・・・・!」
「うん、落ち着こうね。大事なことは伝わるように伝えなきゃ」
「・・・・・はい。頂いたペンダントに、この間すごく護ってもらったので、そのお礼をしたくて」

 ユっちゃんの店で休んでいるときに本で少し見たことがあるペンダント。
 実物を見たときには驚いた。
 くんが古代遺跡で拾ってきたというそれは、能力者の念を保存できるもの。
 昔にはよく作られたものらしいけれど、素材自体がいまはもう、採取することができない。
 その時代に作られたもののうちの数%にしか、その効力はないといわれている。
 きっと、特定の細工師が作ったものでなければ、特殊な念の効果はないのだろう。
 元々は、お守りとして作られたものらしいから、イリカを護ったのも頷ける。

「・・・傍で護れれば・・・・・・」
「・・・・・・え?」

 それまで混乱していたイリカが、その言葉で我に返る。
 それでも、言葉の本質を掴み兼ねているようで、首を傾げている。
 僕も、僕の受け取り方が正しかったのか、きちんと確認したくて言葉を発する。

「今日のケーキの感想は?」
「・・・美味しかったです」
「いつも食べたいくらい?」
「・・・・・・まぁ」
「あれは僕の味だけど、僕は店があるから、イリカでいい?」
「・・・・・・」

 僕の言葉に、確かに頷くくんに、少しほっとする。
 必要のない嘘を吐く子ではないけれど、どこか物事をはっきりとさせることを嫌っている節があるから。
 曖昧に、煙にまくことが得意な人間に、はっきりと自らの気持ちをいわせることは困難。
 ユっちゃんみたいなツンデレ属性なら、逆のことを思っていれば、大体把握できるけれど、くんは別。
 本当に本心が掴めない。本心を読み取らせないのが得意な子。

「じゃぁ、式場の手配しないとね。それからお父さんへのご報告はできる?」
「きちんと手順を踏めば認めてもらえますかね」
「うん、まぁ、条件は色々出されるとは思うけど、そんなのは適当に頷いておけばなんとかなるよ」
「・・・・・・そうですか」
「少しずつ認めていってもらえばいいんだから気負うことは何もないよ」

 そんな彼が、きちんと自分の意思を示してくれた。傍に置きたいと思って、それを口にしてくれた。
 なら、こちらは協力するしかないじゃないか。誤解されやすい彼だから。

「あの、えっと、店長?」
「これからますます花嫁修業しなきゃね。料理は僕が教えるとして、一般教養はユっちゃんに頼もうか。衣装はシャンキーが詳しいと思うよ」

 賢い花嫁さんになるには、というか、ハンターの嫁であるには、色々と一般外の常識も必要。
 いままで籠の鳥だったから、教育はある程度受けているけれど、それは外の世界では通用しないものも多い。
 イリカを仕事に巻き込むような男ではないだろうけれど、ひょっとしたら必要になるかもしれない知識もある。
 その辺りは僕が教えるより、満遍なく、偏見なく教えてくれそうなのはユっちゃんだ。
 あとは、ここの制服も手配してくれたシャンキーなら、花嫁衣装のことを相談してもいい店を教えてくれそう。
 ナース服だって何度かデザイン変わってるしね、あの病院。

「花嫁・・・・・・? 誰がです?」
「君が、だよ。くんにいっぱい美味しいもの作ってあげたいでしょ?」
「それは、喜んでいただけるなら、勿論」
「うん、奥さんになって、毎日、ね?」

 ぽかん、と話についていけない、という様子のイリカに、説明を加える。
 彼も忙しいから、毎日一緒にご飯食べることは難しいだろうとは思う。
 それでも、できるだけ一緒に。
 家族になるというのは、そういうこと。
 それでも、僕からの言葉では実感がわかない様で。 
 ダメ押しでくんに視線を送れば、こちらの意図を汲んでくれたようで。

「傍にいて、俺に護らせてくれないか」
「え、あの、さん」
「・・・・・・ダメ?」

 僅かに揺れる瞳に、イリカは彼の本心を感じたのだろう。
 倖せそうなふたりをみていると、こちらも倖せな気分になる。
 倖せな気分に浸りながら、後片付けを任せる。
 くんには、イリカを送っていってくれるように頼んで。


 僕もこうやって、誰かを倖せにできる日はくるんだろうか。 
 いまそれを考えると、またぐるぐると回りそうだから頭の隅に追いやって、倖せに浸る。
 あの子たちの倖せが守れるなら、僕はきっと喜んで協力するんだろう。


 ウェディングケーキは僕が担当でいいんだよね?




店長視点までも書いてくださいました…!。
お父さんな店長素敵!イリカ嬢のご家族に挨拶に行くときにはよろしくお願いします。
主人公だけじゃきっと、挨拶も誤解されまくって大変なことになると思うんだ…。

お礼の小話をちょろっと。

[2012年 10月 26日]