第2話

目が覚めたとき、頬を雨が叩いていた。
ぱちりと瞼を開いた瞬間に飛び込んできたのは、墨をぶちまけたかのように暗い空。
って、うお!雨が目に入った!

あれ?今日って雨なんて予報あったっけ。
雪が微妙に積もってはいたけど、天気自体は悪くなかったはずだ。
なのになぜこんなにもしっかり雨が降っているのか。でも寒くはない不思議。
まるで夏の中で降る雨のようで、身体中が濡れている感覚があっても震えはこない。

「………?」

そういえば俺はいつの間にやらどこかに仰向けに寝そべっている。
なんでこんなことになってるんだっけ、と思い出してざっと青褪めた。
そ、そうだ、じーちゃんに呪いグッズを触らされてそのまま意識を失ったんじゃないか!
顔から地面に突っ込んだと思ったのに、いまは上を向いている不思議を気にする余裕はない。

雨を吸って重い体をのっそりと起こす。
ぐるりと辺りを見回して、あ、これ夢かも、と思った。

だって、俺の周りにはゴミの山。俺自身、そのゴミの山の上に寝転がっていたらしい。
ここは夢の島か、と内心で呟きながらなぜこんなことになっているかを考えてみる。
…えーと、道端で気絶してしまって、それを発見されてゴミ収集車でそのまま集積所に……。

「俺は物じゃないぞ」

ゴミ扱いされるようなことがあっていいはずがない。ここは日本だ。
いやしかし、じーちゃんの大学の敷地内だったことを考えると治外法権が発動しているかもしれない。

はあ、と溜め息を吐いて視線を横にずらせば。

なぜかピンクな女の子と目が合いました。










えーと、なんでこんなゴミの山しかない場所に身奇麗な女の子が。
長い髪をまとめ、大きな瞳をまたたいた少女は、お気に入りらしい真っ赤な傘をさしている。
きらきらと輝く瞳でこちらを見てくる女の子は、ひと三人分ぐらいの距離を置いてちょこんと座っていた。

「………」
「おにいさん、物じゃないならなんでこんなところにいるの?」
「さあ」

それは俺が聞きたいんですけども!
えっと、それよりも君こそなんでここにいるのかな。
見たところまだ中学生とかそこらだよね?こんなゴミ山にいるのおかしいよね?
それともこの辺りがお散歩コースとか?あ、それで倒れてる俺を心配してくれたのかも。

「…俺のことは気にするな」
「そんなことできないよ」

わあ、優しい子だなぁ。
もうちょっと年上だったら、お付き合いをお願いしたいぐらいだ。
いやでも、ちょっと可愛すぎて俺じゃ釣り合わないか。

「おにいさん、あたしの家においでよ」
「………君の家?」
「うん」
「…遠慮しておく」
「えー、なんでー」

なんでってなんで!?
だめだよ、女の子が男を家にほいほい呼んじゃ!
いや、ホームレスな俺を心配して言ってくれてるのかもしれないけどさっ。
それにしたって、まずは大人のひとに了承をとってだね。
というかまずここはどこなんだろう。近くに交番とかないかな。

「…警察は」
「だいじょーぶ、通報なんてしないよ」

あ、やっぱり不審者に思われてんの俺?
彼女についてくのは申し訳ないかな、と立ち上がろうとすると。
遠くからスーツ姿にサングラスをかけたおじさんたちが走ってくるのが見えた。
あれ、なんかものすごく物騒なんですけど。銃持ってるように見えるのは気のせいですか。

俺の視線の先を不思議そうに追った少女は、「あ」と呟く。
それから失敗しちゃった、とばかりに舌を出して自分のおでこを小突いた。

「見つかっちゃった」
「………君」
「あたしのボディガードさんたち。せっかくまいたと思ったのにー」

どんなお嬢様ですかぁぁ!?
え、あれ、誘拐犯とかと間違われてたりするんじゃね!?

この場に留まっていたら確実にブタ箱行きだ。
俺は慌てて立ち上がってくるりと方向転換する。逃げよう、それしかない。
うおぉ、ゴミ山の上に雨で足場が安定しない。わわ、崩れる崩れる!
山を形作っているゴミがごろごろと足元から崩れふもとに落ちていく。
俺としてはとりあえず山を越えることに必死だ。おおっと、落ちる落ちるぅー!

「…っ…待ちやがれ野郎!」

そう言われて待つ奴なんているかー!

「ネオン様、お怪我はありませんか!」
「お姿が見えず、心配いたしました」
「あの男は我々に任せて、お戻りを。ノストラード氏がお待ちです」
「あのひとに傷つけちゃだめ!」

そうかそうか、ネオンっていうのか女の子。
可愛い声が俺を傷つけないようにと訴えてくれて、涙がにじむ。
うう、ありがとう。でもそう簡単に不審者に近づいちゃだめだよ、危険なこともあるから。

「しかしお嬢様…」
「あのひとは、あたしのものにするの!だから傷つけちゃだめ!」

わお、なんだか問題発言が聞こえてくる。
まさかのひと目惚れとかそういう…?きっと箱入り娘で、男と関わる機会がないんだろうなぁ。

大丈夫、君みたいに可愛ければいくらでも貰い手がある。
俺みたいな平凡な奴じゃなくて、いいとこの坊ちゃんが現れるさ。
だから、ボディーガードの皆さんを怒らせるようなことは言わないでえぇ!




初ハンターキャラがまさかの彼女。

[2011年 4月 1日]