あんだけチキンな主人公。傍から見るとこんな感じらしいです。
[2011年 4月 1日]
いつもあたしの周りには誰かしらボディーガードがいる。
邸の中ならそんなこともないけど、メイドたちはだいたい部屋にいるし。
部屋の外には警備のひともいて、結局ひとりになれるのは寝室にこもっているときぐらい。
だからたまにはひとりになりたいこともあって、散歩のときにみんなの目を誤魔化して脱走するのがちょっとした趣味。
今日も作戦がうまくいって、あたしはいつも通っているお散歩コースのひとつに向かった。
たくさんのゴミが捨てられる場所で、パパは近づくなっていうんだけど。あたしからすれば宝の山。
ここには珍しい死体とか、見たこともないような人間がいたりする。
それを発見してコレクションとして持ち帰るのが、趣味のひとつだ。
今日は何か良いものはあるかな、とお気に入りの赤い傘を回しながら奥へと進む。
この辺りは雨が多くて、晴れていることは滅多にない。曇りがせいぜいだ。
そのせいで妙な生き物や人間ができるみたいで、コレクションを増やすにはもってこい。
そうして歩いていると、足をぴたりと止めてしまった。
ひとつのゴミの山の頂きに、目を閉じているひとがいたから。
この雨の中、まるで死んでいるかのようにぴくりとも動かない。その横顔はとてもきれい。
時間が止まったかのような感覚に、思わずじっと見つめていると。
ゆっくりと長い睫毛が瞬いて、一度目を閉じた。そうしてもう一度、今度こそ目が見開く。
ぼんやりと起き上がる様子は、彼がこの腐敗した場所から切り離されているかのように見える。
とっても汚い場所なのに、あのひとはきれい。真っ黒に染まっているのに、それがきれい。
すごいすごい、あんなひと見たことない!濁っているようで、とても澄んだあの目!
ほしい、あたしのコレクションにほしい!
「俺は物じゃないぞ」
まるであたしの心を読んだかのように、淡々とした声がかけられた。
びっくりして目を瞬くと、小さく溜め息を吐いて彼が振り返る。
はじめから、気づいていたんだ。あたしがここにいて、彼を狙っていたこと。
本当にすごいひとなんだ!とさらに好奇心が刺激され、わくわくしてくる。
でも男のひとはあたしなんて興味ない、って感じでだんまり。それじゃ面白くない。
「おにいさん、物じゃないならなんでこんなところにいるの?」
「さあ」
むう、返事はしてくれるけど答える気ないって感じー。
「…俺のことは気にするな」
「そんなことできないよ」
だってあたしはおにいさんのこと、気に入っちゃったんだもん!
このまま放って他のコレクションを探すなんて、絶対にできない。
「おにいさん、あたしの家においでよ」
「………君の家?」
「うん」
「…遠慮しておく」
「えー、なんでー」
あ、こんなところにいるひとだから、何か悪いことしてるのかな。
どこかに突き出されるとか、そういうこと心配してるのかも。
あたしのパパはマフィアなんてお仕事してるから、悪いことなんて慣れちゃってるのに。
「…警察は」
「だいじょーぶ、通報なんてしないよ」
だから来て。あたしのコレクションになって。
退屈な毎日が、きっと楽しく新鮮になるに違いないから。
そんなあたしの期待の眼差しには全然興味がない、って感じで。
おにいさんは立ち上がる素振りを見せる。なんで、もういっちゃうの?
慌てて引き止める言葉を探していると、おにいさんが促すようにちらりとあたしの後ろを見た。
後ろに何かあるの?と振り返れば。
「あ」
あれはあたしのボディーガードさんたちだ。
「見つかっちゃった」
「………君」
「あたしのボディガードさんたち。せっかくまいたと思ったのにー」
いつもなら迎えが来たらそのままコレクションを回収してもらって、おとなしく帰るんだけど。
今日はそんな気分になれない。このひとと、もっといたい。
でも一緒に来てくれる気はないみたいだし…と顔を上げれば、おにいさんは目を細めて立ち上がった。
そのままくるりと背中を向けてしまう。え、いっちゃうの?
引き止めたかったけど、すぐ傍までボディーガードさんたちが来ていて。
下りてきて下さいネオン様!と呼んでくる。もう、うるさいなぁ。
するとおにいさんも同じことを思ったのか、眉を顰めて足元のゴミを蹴り落とした。
すごい!先頭に立って上ってきてたリーダーさんの顔に直撃したよ!
でもおにいさんは気にもしないで、そのまま山を越えていっちゃう。
「…っ…待ちやがれ野郎!」
あはは、リーダーさん顔真っ黒!
気がつけば他のひともゴミの攻撃を受けたみたいで、みんな面白い格好になってる。
「ネオン様、お怪我はありませんか!」
「お姿が見えず、心配いたしました」
「あの男は我々に任せて、お戻りを。ノストラード氏がお待ちです」
「あのひとに傷つけちゃだめ!」
銃をあのひとの背中に向けるみんなに、慌てて止める。
「しかしお嬢様…」
「あのひとは、あたしのものにするの!だから傷つけちゃだめ!」
あの身体も顔も全部、全部あたしのものにするの。大事な大事なコレクション。
だから絶対に傷をつけちゃだめ。きれいなままの彼で、手に入れたい。
とりあえず帰りましょう、と促されて頷く。
最後にもう一度振り返ったけど、もうおにいさんの姿は見えなかった。
あーあ、もうちょっと時間があればおにいさんと話せたのに。
こっちに興味はなさそうだったけど、話せば返事はしてくれてたし。
次に会いにいったときこそ、うちに来てもらおう。あのひと専用のお部屋を用意してもいい。
「ネオン、入るぞ」
「うん」
パパが少し慌てた様子で部屋に入ってきた。
椅子の上に膝を抱えて座るあたしの隣りに座って、いつものように頭をなでなでする。
「急にいなくなるのはやめなさいと、あれほど言っているだろう?」
「ごめんなさーい。でもね、すっごくいいコレクション見つけたの!」
「コレクション?今回は何も持って返ってきていないと聞いたが」
「うん、今回はだめだった。でも必ず手に入れるよ」
「そうか、ネオンが欲しいものならすぐに手配しよう」
「あ、だめ。パパにお願いすると殺しちゃうから」
「ん?…珍しいな、生きたまま欲しいのか」
「うん、あの目がすごくきれいだったんだ」
「目…?ならくりぬいておいた方が場所もとらずに済むだろう」
「もーわかってないなぁ。あのひとはね、生きてる目がすっごくいいの」
多分死んじゃったらもうあのひとの目じゃなくなっちゃう。
生きているのに、まるで死者のように色のない、焦げ茶色の目がすっごく素敵だった。
「だからパパ、新しいコレクション用のお部屋とか作ってもいい?」
「ここで生活させるということか?それは…うーむ。あのゴミ山にいるんだろう?」
「うん」
「あの辺りは流星街から流れてきた者もいる、ここに置くには危険だな」
「えー」
「ネオンの欲しいものは他にいくらでも用意してやる。だから今回は諦めなさい」
「やだやだー!絶対にあのひとをコレクションにするのー!」
「ネオン、お父さんを困らせないでくれ」
絶対にあきらめない。欲しいものは欲しいんだもん。
またパパの目を盗んで、あそこに行ってやるんだから。
あんだけチキンな主人公。傍から見るとこんな感じらしいです。
[2011年 4月 1日]