第4話

じーちゃんの呪いの石版のせいで、目覚めたらゴミ山にいた俺。
結局訳がわからないまま、すでに一ヶ月という時間が流れていた。
一ヶ月、一ヶ月だぜ?その間俺はずっとこのゴミ山にいるわけよ。よく生き延びてるもんだ。

服はこっちに来たときにそのままだった制服。これもだんだんボロボロになってきた。
ゴミ山ばかりのこの場所では水が汚れていて、洗うのならともかく飲むことはできない。
だから飲み水は二日に一回は降る雨しかないわけで。
恵みの雨とはいえ、寝る場所に困る原因でもある。

集めてきた特殊な金属片を手に、最近あなぐらにしている一角に向かった。
実はこのゴミ山、けっこうな人間が暮らしている。
明らかにあやしそーな雰囲気のひとから、ただのホームレスっぽいひとまで。
右も左もわからない場所で俺がいまも五体満足で生きているのは、出会ったひとのおかげだろう。
適当に作った骨組みにブルーシートをかけただけのテント。そこに身をかがめて入る。

「じっちゃん、けっこう集まった」
「…だいぶコツをつかんだようじゃの」

奥にいた老人がゆっくりと振り返った。このひとが、俺の面倒を見てくれたひと。
面倒を見てくれるとはいっても、稼ぎの方法を教えてくれたり、このテントに入らせてくれたりだけ。
基本的に自分のことは自分でやらなければならず、それでいいと俺も思っている。
だって寝る場所があるだけでありがたいんだ、ほんと。それぐらい、この場所は大変なところ。

毎日のように都市部からゴミが運ばれてきて、動物や子供、老人や病人が捨てられていく。
第二の流星街、とまで言われているらしい。

………うん、おかしいなって思ったんだ。

流星街ってさ、なんか聞いたことあるよな?って。
俺の愛読書のひとつに、そんな場所が出てくる漫画があったよなー………。

!」
「ほれ、また遊びに来たようじゃぞ」
「………ったく、また護衛まいて来たんじゃないだろうな」

テントの外から聞こえてきた俺の名を呼ぶ声。この一ヶ月の間に、だいぶ聞きなれてしまった。
せっかく戻ってきたところなのに、と溜め息を吐きながら外に出ると。
長い髪を今日はふたつ結びにして揺らす可愛い女の子がそこには立っていた。
雨は降っていないけれど、しっかりと長靴を履いている。準備のいいことだ。

「………飽きないな」
があたしの家に来てくれるまで諦めないもーん」

こんな問答をいったい何度しただろうか。
いやね?こんだけ可愛い子に家に招かれたらさ、一回ぐらい行ってもいいかなって思うけど。
きっとあのボディーガードさんたちがいま血眼になって彼女を探しているんだろうし。
また銃を向けられるのは勘弁してほしいわけで。っていうか、家に行こうもんなら蜂の巣じゃね?
そんな命知らずのことができるか!と叫びたい。

だいたいさ、目の前にいる彼女は。

「それに、また名前で呼んでくれないー」
「………あぁ、悪い」
「ぶーぶー」
「悪かった、ネオン」

だからそんな頬を膨らませて上目遣いとかやめてくれ、お兄さんの心臓に悪いよ。
無防備にそういうポーズをとっちゃいけません。それは彼氏とかお父さんとかにしてあげましょう。
ぽん、とピンクの髪を撫でてやればえへへと嬉しそうに笑みを浮かべる。
あ、やべ、仕事の後だから手が汚いんだ俺。ごめん、こんな手で触っちゃったよ。

ぱっと手を離せば不満げに見上げてくる瞳。いやだからごめんって。
土下座してでも謝るんで、どうぞお父さんには内緒にしといて下さい…!

目の前にいる少女の名前はネオン=ノストラード。
ノストラードファミリーのボス、ライト=ノストラードの愛娘だ。
……そう、俺の好きな漫画の中に登場する人達と同じ名前なわけで。
後にクラピカが緋の眼と幻影旅団を求めて就職することになるファミリーだ。

いや最初はさ、夢かと思ったぜ?まさか漫画の世界に俺が!?っていう。
でも色んな地名やら機関やら文字やら見せてもらってたらさ、信じるしかなくなったんだ。

ここがハンター世界だって。

俺のハンター大好き歴をなめないでくれ。なんたってハンター文字を普通に読めるぐらいだ。
………いや、ちょっと遅いけど。微妙にたどたどしいけど。でも読める。
しかもこの世界、国際人民データ機構に登録されてない人間は身元を証明できない。
つまりは戸籍がないような状態になるわけで、俺もそのひとり。
そういう人間ばかりが集まるのが流星街だ。だからここも、第二の流星街と呼ばれるのだろう。

というわけで、身分証明ができない俺はここで過ごすしかない。
もしくは裏の仕事をこなすしかないが、そうしたら間違いなく死ぬ。だってここハンター世界。
念とかそういう能力者がいるような世界で、一般人の俺が生き抜けるはずがない。

「あ、ねえねえ
「んー?」
「今日はね、いいことしてあげようと思って」
「…いいこと?」
「うん、を占ってあげる!」

嬉しそうな笑顔で紙とペンを取り出すネオンに、俺は微妙に怖くなる。
占うってあれか、念の「天使の自動書記(ラブリーゴーストライター)」か。
いやまあ、俺は念能力者とかじゃないからあの妙な生き物っぽいのは見えないだろうけど。
でもな、ものすごく嫌な結果が出たらどうしてくれんだ。俺そういうの気にするタイプなんですが。
…しかもネオンの占いって百発百中だしな。…まあ回避方法も書かれはするんだけど。

「…遠慮しておく」
「えーなんでー、ここに名前と生年月日と血液型を書くだけでいいんだよ?」
「いや…」
「あ、名前っていっても偽名でもOKだから。って名前が本名じゃなくても大丈夫」
「そういう問題じゃない」

あなたの能力が怖いからお断りしたいだけなんですー!
頑なに拒むと、ネオンはものすごく残念そうにしゅんと肩を落とした。
わあ、ごめんよう。俺がもうちょっと心の強い男だったら、どんな未来でもみてくれ!って言うけど。

「…あたしの占い、ものすごーく高いんだよ?」
「知ってる」

そうだよ、それも怖いんだよ。
占ってもらって、そのお礼として家に来て?なんて言われた日にはどうしたらいいか。
だってネオンの趣味ってあれじゃん、人体収集。なんだっけ…色々えげつないの集めてたよな。
そんなコレクションがごろごろあるお邸になんて、絶対に行きたくない。
…もしくは、報酬にお前の命をよこせ、とか言われたらどうしよう。

「むう」
「………悪いな」
のばかー!」
「!?」

いってええぇぇぇー!!!?
ちょ、ネオンさん、いま振り上げたペンが思い切り俺の腕に刺さったんですけどぉ!!
あ、ほら、肌が黒くなっちゃってるじゃん。もうこれこのまんまホクロになりそうな勢いじゃん。
って、そのまんま走っていっちゃったし。なんだったんだ、いったい。

嵐が去ってくれたならそれでいいか、と溜め息を吐いてテントに戻る。
すると俺が集めてきた金属片を分類し終えたじっちゃんが楽しげに笑っていた。
む、その笑い方は何か含みがあるときだな。だいたい表情の変化はわかるぞ。

なんたってこのじっちゃん。ここへ来る原因になったじーちゃん、俺の祖父にそっくりなのだ。
違うところといえば、不毛の大地に生えた毛が三本ということだろうか。

「あのノストラードファミリーの占い師だ、見てもらえばよかったじゃろう」
「………占いとかそういう類は苦手だ」
「現実しか見ないということか」

そうそう、現実見るので精一杯なのに未来のことなんて気にしていられない。
だっていまを生きることすら、ここでは大変なのだ。
じっちゃんが分類してくれた金属片を手に、俺はこれをお金に換えてくれる場所に向かう。
なんでも随分と特殊な金属らしくて、色々なものを作るのに役立つためリサイクルできるらしい。
缶を集めてお金に換える、というのと同じだ。

この辺りではひとから物を奪うのなんて日常茶飯事で。
窃盗はもちろん、殺人だって珍しくない。
そんな場所で、こうして割かしまともな稼ぎ方を教えてくれたじっちゃんには感謝してる。

無事にお金をゲットして、それで一日分の食料を購入してテントに戻る途中。
俺の稼ぎを狙っていたらしいゴロツキが立ちはだかる。………うん、こういうのも慣れてきた。
ひとから奪うのが当たり前で、こういうところは流星街と違うところかもしれない。
流星街の住人はそれぞれに仲間意識が強く、自分の命を投げ出すこともいとわないはずだ。
けれどこのゴミ山に住む連中は。自分さえ生き残れれば、それでいいらしい。

「よう兄ちゃん。うまそうなもん持ってるじゃねえか」
「………」
「おい無視すんなよ」
「ちょっとばかし、それを分けてくれればいいんだって」

こういう手合いは無視無視。いちいち関わっていられない。
視線を合わせないようにして歩き出す俺に、男たちの手が伸びてくる。
ひー、逃がす気はないってことかよ!これは走らないとヤバイか、と強く踏み込んだ瞬間。
ぬかるんだ地面を思い切り踏んでバランスを崩す。うをっと危ねえ!
あ、食べ物が袋から落ちる落ちる!

慌てて泥の地面に落ちそうになるパンを前に飛び出してキャッチ。
ふう、と息をついて振り返れば。
………なんでだか、地面に顔からつっこんでるお兄さんがいました。あ、ぬかるんでるから。

「危ないぞ」

足元だいぶ滑りやすいですからねー、気をつけて下さいよー。
一応親切心を出してみたのだが、転んだ恥ずかしさからかお兄さんは顔を真っ赤にして起き上がる。
うんうん、こういうの恥ずかしいよな。あの道でひとり転んだ恥ずかしさとかさ。

「…っ……てんめー!!」

って、ええ!?なんで俺にむかってくるわけ!?
あ、あれか、恥ずかしいとこ見てんじゃねーよっていう!?不可抗力じゃんっ。

後ろに飛び退こうとしたのだが、思い切り両脚が泥に沈んで動かない。
けれど重心は後ろにかかっているから、そのまま仰け反ってしまった。倒れる倒れる!
なんとか腹筋を駆使して顔を起こすと、なぜかさらに怒りに震えるお兄さんが。
そんでもってお兄さんの後ろにいた子分たちまで、物騒なもの手に握って近づいてくるー!

これは本気で逃げないと殺される。でも足がぬかるんで、ええい!
なんとか片足を引っこ抜いて、ボールを蹴るように足の泥を振り払った。

「ぐっ!!」
「このっ!!」

わあ、ごめんなさいすみません!!
お兄さんたちに泥かかっちゃったよ、狙ったわけでは決してなくて…っ…。

でも説明しても無駄だろうから、俺は結局その場を一目散に去る。
この世界に来てから最初の三日ほどで、俺は靴を履かなくなった。
危険なゴミも捨てられている場所で素足は危険かとも思うだろうが、ゴミ山だからこそ。
直に足の裏で触れている方が、安全なものと危険なものを感じわけられるのだ。
最近では崩れそうな場所とかもわかるようになってきて、ゴミ山を登ったり降りたりも問題なくできる。

ちょっとは体力ついたのかな、と笑う俺だったけど。
突然、背後から鈍器のようなもので殴られる衝撃が襲った。

ようやくハンター世界であるということを察知。
ゴミ山でなんだかんだずぶとく生きています。

[2011年 4月 1日]