第5話−じっちゃん視点

妙な新入りがやって来たものだ、と思った。
ゴミの山の中、あてどなくうろうろする住人か、ぎらついた目で欲望を満たす者。
もしくは死にかけの全てを諦めた目ばかりのこの地に、と名乗る青年は姿を見せた。
雨という静寂のカーテンに覆われた場所で、全てを圧するような深い瞳は異様。
ここには不釣合いと思える凛とした立ち姿は美しく、けれど自分の居場所を失った迷子のよう。

ただぼーっと雨ざらしになっている奴に、声をかけたのはすぐのことだった。

「じっちゃん、けっこう集まった」
「…だいぶコツをつかんだようじゃの」

テントの外から聞こえてきた声に振り返ると、無感情の顔のままが収穫物を置く。
ここがどこかも知らなかったこいつに、寝る場所とここで生きる方法だけを提供した。
それから一ヶ月が経ち、いまはひとりで自由に外を歩くことにも支障がない。大したものだ。
ゴミ山のここに流れ着いた者は、その半数以上が最初の一週間ほどで命を落とす。
猛毒が流れる場所があったり、古びた爆弾があったりと、ゴミの山すらも危険なものばかりだ。
そしてさらには、油断しているとここの住人たちにも物どころか命を奪われかねない。

しかしはただ淡々と、なんでもないことのように必要なものを得て毎日を生きている。
こんな腐ったものしかない場所だというのに、嫌な顔ひとつせず。
毎日のように捨てられる物や人を、ただじっと眺めてはわずかに目を閉じている様子は見かける。
恐らくは彼なりの祈りでも捧げているのだろう。

奇妙な素直さと優しさを感じさせるのに、その表情が動くことは滅多に無い。
いったいどういう人生を歩んできたのだろうかと、わずかに好奇心が疼くというものだ。

!」
「ほれ、また遊びに来たようじゃぞ」
「………ったく、また護衛まいて来たんじゃないだろうな」

テントの外から聞こえてきた甲高い声。
唯一、この青年にわずかでも表情の変化を与える少女のものだ。
疲れた溜め息を吐いてみせるが、それでも外に出てやるところは付き合いがいい。

訪問してきたのはネオン=ノストラード。
裏社会では有名な占い師であり、彼女の予言は必ず当たる。
マフィア界の重鎮や政界の人々が、こぞって彼女に未来を見てもらうという。
そして彼女自身も、人体収集を趣味としている完璧な裏社会の人間だ。

そんな彼女は、どうやらをコレクションのひとつにしたいらしい。
確かに妙に目立つというか、惹きつけられる存在だ。なんとなく納得してしまう。
しかしコレクションとして目をつけられているというのに、はよく構ってやるものだ。

そんなことを考えながら、彼が運んできた金属片の山の前に座り込む。
特殊な金属はリサイクルとして使えるため、金になる。
金として渡せそうなものを分類するのが自分の仕事だ。彼にはまだ無理だろう。
ひとつひとつ手にとり分けていると、外から不満げな少女の声が聞こえてくる。

「それに、また名前で呼んでくれないー」
「………あぁ、悪い」
「ぶーぶー」
「悪かった、ネオン」

淡々とした声ではあるが、わずかに宥めるような色がにじんでいる。
身分証明する術を持たないというは、恐らく流星街の出身なのだろう。
それがなぜこんなところに流れてきたのかは知らない。
ここにいる者たちはお互いの素性など気にしない。触れることもしない。

「あ、ねえねえ
「んー?」
「今日はね、いいことしてあげようと思って」
「…いいこと?」
「うん、を占ってあげる!」

嬉々としたネオンの声に、返す彼の声は渋い。

「…遠慮しておく」
「えーなんでー、ここに名前と生年月日と血液型を書くだけでいいんだよ?」
「いや…」
「あ、名前っていっても偽名でもOKだから。って名前が本名じゃなくても大丈夫」
「そういう問題じゃない」
「…あたしの占い、ものすごーく高いんだよ?」
「知ってる」

未来を知るという行為そのものを拒否するかのような声だ。
こんな場所に来てとどまっているぐらいなのだから、色々と事情もあるのだろう。

「むう」
「………悪いな」
のばかー!」
「!?」

まるで痴話喧嘩のような形で二人の会話は終了したらしい。
テントの中に戻ってきたは、腕に黒い小さな傷をつくっていた。
恐らく、あの少女に攻撃を受けたに違いない。けれど、だからといって仕返しをすることもない。
ただ関心が薄いだけなのか、それとも大らかなのか。彼の瞳からは窺い知ることができない。

とても澄んで見える焦げ茶の瞳は、不意に信じられないほど濁りを浮べているときもある。
心の内を読み取らせないその双眸が、この場所にあっても奇異に映った。

「あのノストラードファミリーの占い師だ、見てもらえばよかったじゃろう」
「………占いとかそういう類は苦手だ」

からかうように声をかけてみれば、ぼそりと返ってくる答え。
確かに、こんな場所に住み着くような輩は迷信の類を信じていなかったりもするが。
彼だってわかっているだろう、あの少女の先を見通す力の真価に。
だからこそ、拒むのだろう。

「現実しか見ないということか」

こちらの言葉を肯定するように瞳を伏せて、は分類した金属を手に外へと行ってしまった。
少し構いすぎただろうか。けれど彼のこと、またいつもの淡々とした顔で戻ってくるだろう。
そう結論して、残った金属片を手に自分も外へのっそりと出る。
これはこれで、売れはしないが欲しがる者がいるのだ。物々交換をしてくれることもある。

そうして数ヶ月ぶりのコーヒーという嗜好品を手に入れ、テントに戻ろうとしたところで。
同じく食料を手に入れて戻ってきたところらしいを見つけた。

「よう兄ちゃん。うまそうなもん持ってるじゃねえか」
「………」
「おい無視すんなよ」
「ちょっとばかし、それを分けてくれればいいんだって」

彼の前に三人の男が立ち塞がる。
こうして他人の物を横取りしていく奴も、けっこういる。それも生きるひとつの術だ。
多勢に無勢、普通なら即座に荷物を渡して許してもらうところだが。
はまるで興味がない、といった様子で視線を向けることもなく。
男たちがそこには存在していないかのように、そのまま横を通り過ぎようとしている。

それに激昂した男が手を伸ばす。
しかしそれを彼は前のめりになってかわした。
そしてそのまま前へとジャンプし、もうひとりの男の攻撃を避ける。
大きく空ぶることになった男は、泥に顔から突っ込む羽目になっていた。

呆れたように溜め息を吐いたは、どこか哀れむように視線を送る。

「危ないぞ」

それは圧倒的実力差のある強者が、弱者へと見せる憐れみなのかもしれなかった。
勝つ見込みなどないのだから、さっさと去れと。言外に伝えている。
しかし男たちはそれほど賢い部類ではないらしく、憤りに顔を上げて襲い掛かる。

「…っ……てんめー!!」

ひとつ目を瞬いて、はただわずかに背を仰け反らせた。
その動きだけで凄まじい勢いの拳を避け、それからおもむろに片足を上げる。
すると彼の足を覆っていた泥が勢いよく飛び散り、他の男たちの眼までも潰した。

「ぐっ!!」
「このっ!!」

目に異物が入った痛みと、全く見えない視界に男たちがのたうつ。
するともう興味をなくしたのか、彼はくるりと方向転換してさっさと歩き出した。

けれど、地面に顔から突っ込んで怒っていた男は、いまだ諦めておらず。
必死に目をこすり、涙が滲み血走った目で手にしていた鉄パイプを振り上げた。
あの距離では当たってしまう。後ろに注意するように声をかけようとして、止まってしまった。

まるで全て予測済みだといわんばかりに、彼は笑ったのだ。

そして強力な一撃を後頭部に受けたのだというのに、足を止めただけで。
ゆっくりと振り返るその姿を、ゆらりと仄白い光が立ち昇って包み込んでいくのが見える。
ぶわりと彼の黒髪が波打ち、降りだした雨を弾いていくオーラともいうべきもの。
それらに気圧され、男はじりじりと後退した。
するとはあの不思議な目を細め、唇を震わせる。

「……そんな物騒なもの、さっさと捨てた方がいい」

そうでなければ危ないのはお前たちだぞ、と。張り詰めた空気が語っている。
今度こそ男たちは、声もなく逃げ出した。


じっちゃん、主人公のチキンさに気づいていない模様。

[2011年 4月 1日]