第6話

いってえええぇ、と思ったんだけど。
後頭部を殴られたにしては、痛みがほとんどない状態に首を傾げてしまった。
あれ、いま殴られたんだよな俺?なんでこんな全然痛みを感じないんだろう。

ゆっくりと振り返ると、鉄パイプを持った男が顔を引き攣らせてる。
え、もしかしてそれで殴ったのお兄さん。それ、普通にひと殺せる凶器ですよ!?
でも痛みがなかったってことは手加減してくれたのだろうか。
いや、それにしたってさ。

「……そんな物騒なもの、さっさと捨てた方がいい」

ほら、危ないから。持ってる方も怪我するかもしれないから。
だからお願い捨てて下さい!と必死に懇願してみる。目だけで。
するとじりじりと後退したお兄さんは、気持ちを汲み取ってくれたのかそのまま去っていった。
うんうん、転んだの見られて恥ずかしかっただけなんだよな。よかったよかった……って。

あれ、なんだろう身体がやたら生温い何かに包まれてる気がする。
ふと自分の手を見つめていれば、白い炎みたいなものが身体を覆っていた。
………これはいったい…?しかも降り出してきた雨が、この光のせいで弾かれている。
あれだ、スパーサイヤ人みたいな感じになってんだけど、どうしたらいいこれ。
っていうかなんで俺こんなことになってんの?と目を瞬く。
身体中から力が溢れ噴き出していく感覚に、戸惑いながら視線を動かすと。じっちゃんと目が合った。

「………お前さん、それ引っ込めたらどうじゃ」

えっと、できるもんならとっくにやってます。
っていうか何これ!?俺こんなん出るような特殊体質じゃなかったはずなんだけど!
戸惑う俺に溜め息を吐いて、じっちゃんが近づいてくる。

「そんだけオーラ吐き出して…そのままじゃと生命力全部なくして死ぬんじゃないのか」
「………」

これってオーラなんですか…。ひょっとしてあのー…念の?
もしかしてゴンやキルアが天空闘技場でウィングさんに精孔開いてもらったときと同じ状況?
でも俺別に精孔を開くようなことがあったわけじゃな………………ああ!?
ま、まさかネオンにぶっ刺されたペン、あれもしかして念を発動した状態で刺されたんだろうか。
うわあ、なんてことしてくれたんだネオン。俺このまま死ぬかもしれないじゃんか!

えーと、えーと、こういうときはどうするんだっけ、そうだ纏だよ纏。
たれ流しのオーラを身体にとどめておくんだよな。えっと…どうイメージすればいいんだっけ。

「じっちゃん」
「何じゃ」
「俺しばらく集中するから、先に戻っててくれ」
「…わかった。さっさとその鬱陶しいもん鎮めて帰ってこい。コーヒーがある」
「ん」

食料をじっちゃんに渡して、ひとに邪魔されないよう、ゴミ山に登って胡坐をかく。
そのまま目を閉じてイメージすることに集中した。それはもう死に物狂いだ。
だってここで失敗したら俺干からびて死んじゃう!そんなの嫌だ!

どんどこ流れ出ていくオーラに、止まれ〜止まってくれ〜と念じるものの意味がない。
うわーん、どうイメージすればいいんだっけ。えっとオーラがゆっくり身体をめぐる感じで…。
あれだ、俺の中に流れる血のようなイメージでいいかな。
緊張のせいか、どくんどくんと耳に心臓があるみたいに鼓動が聞こえる。
その心音に合わせるように、少しずつ遠慮なく放出するオーラをなだめていく。

失敗すれば、待つのは死。













いったいどれだけ時間が流れたかわからないけど、ふと目を開けると。
すでに俺の周りは豪雨にさらされており、いつもなら痛いぐらいの雨足だった。
けど身体にオーラをまとう俺は、まったくそれを感じない。

「………なんとか、なったか?」

とりあえずオーラが垂れ流される状態は止められた。
けれどずっと纏をしているにはもう少し集中していないと無理そう。
これは無意識でも出来るぐらいにならないと、またあっという間に精孔が開いてしまう。
くそーゴンとキルアはすぐに習得してたのになぁ。ありゃやっぱり二人が破格だからなのか。
凡人の俺が纏もどきを出来ただけでも褒めてほしい。
はは、死ぬ気になれば人間なんでもできるよな!俺がんばっちゃったよ!

じっちゃん心配してるかな、と思ったものの。
寝てても纏ができるぐらいになろう、と再び目を閉じる。
イメージ、イメージ。オーラが俺の身体をめぐって、包んで、それが当たり前になるイメージ。

なんとか日常生活に支障がない程度には落ち着くまで。
じっちゃんの話によると、一週間は座ったままだったらしい。俺。

………なんで空腹とか感じなかったんかな、俺。
っていうかそんなに時間流れてたなんて知らなかったよ。喉も渇かなかったし。
そんなに集中してたんかなぁ。受験を終えてから、こんなに必死になることもなかったのに。
…いや、じーちゃんの忘れ物届けに行くときは必死だったな。

「じっちゃん、コーヒーは?」
「帰ってこんから飲んじまった」
「………」
「そう怒るな。ほれ、今日はミルクがある。背が伸びるぞ」
「…別にこれ以上はいらない」

けっこう身長ある方なんだぞ、俺。
あ、でも日本人のレベルだからハンター世界じゃ小さいのかな。

ー!」
「………また来たのか」
「毎週律儀に来るもんだのう」

げんなり溜め息を吐いて、ミルクを片手にテントから出ると。
嬉しそうな笑顔を浮べているネオンの、オーラの異様さに気づいた。
いま念は発動していないから、あの奇妙な顔は見えないけれど。でも普通のひととは違う。
どっか異質なオーラを持っていると、なんとなくわかる。

「あれ、がいつもと違う」
「違う?」
「んー…なんだろ、迫力が出た?」

あぁ、いま纏もどきをやってるところだから、オーラを感じ取ってるのかもしれない。
ごめんよ、俺が未熟なせいで。あんまり迷惑にならないようにしないと。
満足いく纏が習得できるまで、俺の場合はどれぐらいかかるんかなぁ。

「さ、今日こそのこと占うからね!」
「………それはこの間断っただろ」

っていうかそのせいで精孔開いちゃったんですけどネオンさん!?
しかもいま念なんて使われたら、あのグロイ顔が見えちゃうかもしれないじゃん!
凝なんて使えないから見えないかもしれないけど、見えたらやだ!
うわーん、何これ俺ここにいる限り、ずっとホラーな念に怯えなきゃいけないわけー!?


九死に一生、かな。

[2011年 4月 1日]