第7話

いま俺は、あるものすごーく高い建物の前にいる。
建造物としてはこの世界で四番目に高いとされる、天空闘技場。
その高さは991メートルもあり、251階建てだ。………東京タワーの三倍近く?

ここは格闘を行い、勝つことによって塔の上を目指していくという…なんというか熱い場所だ。
上へ行くほどもらえる報酬がアップし、個室なども与えてもらえるようになる。

そんな格闘家や荒くれ者が集まりそうな場所に、なぜ俺がいるのかというと。
あれだ、一言ですませるのなら。「ネオンから逃げてきた」ということになる。
…ものすごーく男として情けない理由だけれども。

あれからネオンの訪問は定期的に続き、俺は何度占われそうになったかわからない。
そしてノストラードファミリーの襲撃を受けるようにもなっていた。
まあそりゃそうだよな、だって愛娘がゴミ山に遊びに来る原因の俺は邪魔だろう。
………だからといっておとなしく殺されるわけにもいかず。
それにあのままだと、一緒に暮らしてるじっちゃんにも迷惑がかかる。
だから俺はついにあのゴミ山を出ることにした。ようやく生活に慣れてきたところだったけど。

何も言わず、じっちゃんが寝ている間に出て行こうとしたんだけど。
背を向けて横になっていたじっちゃんがぼそりと「そこの袋を持っていけ」と言った。
訳がわからず傍にあった小袋を手にとると、感じるお金の重み。
驚いて硬直する俺に、これまでお前が稼いだ分だとじっちゃんは言ってくれた。

うう、こっちの世界に来て右も左もわからない俺の面倒を見てくれただけで感謝なのに。
こうして資金まで溜めてくれていたなんて、とどうお礼を言えばいいのかわからない。
いつかまた、ここに帰ってきたときには。じっちゃんの好きな最高級のお酒でも用意しておこう。

そう決心して飛び出したのが、二ヶ月前。

地図を睨みながら色んな場所を転々としたのだが。
やはり身分証明をできないのはけっこうネックで、宿もまともなところには泊まれない。
仕事だって一般のアルバイトには必ず身分証の提示が求められる。
つまりは働き口のない俺。そろそろ路銀も尽きてきた、というところで。天空闘技場に辿り着いた。

………まあ、普通に無理だろ俺。
でも一応纏もどきを習得してるわけだし、200階目指さないまでも100階ぐらいなら?
そこら辺でうろうろしてれば、それなりにお金も溜まるんでないか?

そう自分に言い聞かせながら、俺は重い一歩を踏み出す。

とりあえず目指すのは、まずは一勝。









「天空闘技場へようこそ」

受付のロビーへと入ると、えっらい強面のお兄さんやおじさんやらがずらりと並ぶ。
それに不釣合いな、可愛い案内嬢の声が余計にこの場所の異質さを感じさせた。
うわー…これ俺大丈夫かなぁ。一勝すら出来なかったらどうしよう、すっげえ恥ずかしい。
でもお金はここに来るまでの飛行船でほぼ尽きてるし…。

「必要事項をこちらにお書き下さい」

そうして渡された紙はどうやら申し込み用紙のようだった。
にこやかにお姉さんが説明してくれる。

「難しい条件は一切ございません。手段を問わず、相手を倒した方の勝ちとなります」

手段を問わず、ってのが怖いよなぁ。…ほんと死んだらどうしよう。
でもその場合、俺ってもしかして元の世界に帰れたりするんだろうか。
試してみる気にはなれない方法だが、可能性のひとつとして考えてはいたりする。
痛いのは嫌だから、出来るかぎり避けたい事態だけど。

とりあえず記入してみるか、とペンを手にとると。
俺のすぐ隣り…というか足元?に近い場所で、一生懸命に手を伸ばす子供がいた。
あ、このカウンターは子供にはちょっと高いよな。まだ小学校に上がるかどうかぐらいだ。

「………参加希望者?」

まさかな。こんな子供がこんなむさ苦しい場所に来るわけが。
と思ったが、小さな男の子が猫のような大きな目をこちらへ向けてきた。
…あれ、この顔に似てるキャラを俺は知ってるぞ。銀髪で、猫目で。ちょっと生意気そうな。

「おじさん、かみとペン、おれにもちょうだい」
「………」

おじさんとか言いましたよこの子!!ちょ、小学生からしたら高卒はもうおじさんか!
うわー…すっげえショックだ。まだ成人すら済ませてないのにこの仕打ち。
はあ…と溜め息を吐いて、お姉さんにもう一枚の申し込み用紙とペンをお願いする。
そしてそれを男の子に渡すと、彼はそのまま床に紙を置いてしゃがむと記入をはじめた。
おーおー、そんな小さな手でちゃんと書類記入できるのか、すごいなぁ。

えーとなになに、名前………キル……。

「お客様?」
「………なんでもない」

なんでもないったらなんでもない。キルア=ゾルディックとか見てない見てない!
俺は慌てて自分の申し込み用紙を渡し、この施設の案内と自分の番号が書かれた紙をもらう。
そしてそのまま一階フロアへと向かうことにした。
俺は何も見てないし、誰にも会ってないぞー。うんうん、そうだそうだ。

「ねえ」

ってなんでついてきてんのー!?
あ、いや参加者は皆まず一階フロアに行くんだから当然か。
にしたってどうして俺に声かけてくるんだ。あ、紙とってくれてありがとうとか?
お礼が言えるのは大事だぞ、偉い偉い。でもお兄さん、ちょっと傷心中なの。
おじさんとか言われちゃってへこんでるから、できればそっとしておいてくれると…。

「ねえってば」
「………俺に何か」

くそう、やっぱり俺に声かけてるんだよなこれ。
恐る恐る振り返ると、小さい子供だというのに大人びた表情を浮べている幼きキルアが。
こらこら、まだ転びやすい年だってのにポケットに手突っ込んでると危ないぞ。

「あんたさ、強い?」
「………さあ。君の方がわかるんじゃないのか」

だって俺素人だもんよ、見ればわかるだろ!?
多分まだ小学生の君にだって勝てないよキルアくん!

おじさんと呼ばれ、小学生に力の差を確認され。俺の心はもうべこべこだ。

…くそう、覚えて………くれてなくていいです!






ということで、いよいよ場所を移動。

[2011年 4月 1日]