第8話−キルア視点

自分の番号を呼ばれ、おれと会場に入った男はリングに向かう。
淡々としたその横顔は緊張や恐怖とは無縁のようで、退屈そうにも見えた。

「ここでは両者のレベルを判定します。制限時間は三分。両者もてる力を発揮して下さい」

男と向かい合うのは、ものすごくデカイ筋肉むきむきの奴。
まるで大人と子供にも見える身長差だけど、あのお兄さんだってけっこうでかかった。
ということは、向かい合う奴が相当に大きいのだろう。観覧席からはお兄さんに同情する声も上がっている。
それ以上に、デカブツを応援して面白がる声の方が多いけど。





おれがここ天空闘技場に来る羽目になったのは、いきなり親父に連れられて来たからだ。
しかも小遣いもなんにも渡さないで、200階まで上ったら帰ってこい、だって。
いたいけな子供をこんなとこに置き去りにしてくかふつー?
今日のうちにお金をいくらかもらわないと、チョコロボくんだって食べられない。
さっさと申し込みして、さっさと終わらせよう。そう考えて受付に向かったんだけど。

…あのさ、もう少し子供に優しい構造とかにしてくれない?
受付したくても届かないんだけど。辛うじて手が届く程度で、受付の奴気づかねえし。
このままこの辺りの連中殺してやろうか、と殺気だっていると。
まるでその気配を察知した、という様子でひとりの男が声をかけてきた。

「………参加希望者?」

普通なら参加者の子供、とか考えるもんだけど。
そいつはおれが参加者であると最初からわかっているようだった。へえ、見る目あんじゃん。
そうして顔を上げてぶつかる男の視線に、おれは少し驚く。
焦げ茶色の瞳なんて珍しくもなんともないけど、なんだか普通と違う。それに。
まとう気配が…なんていうのか、迫力があった。明らかに一般人ではない。

圧倒されそうな何かを感じたけど、それを認めるのはなんだか悔しくて。
おれはわざと生意気な感じで声をかける。

「おじさん、かみとペン、おれにもちょうだい」
「………」

こっちの挑発に気づいたのか、奴はわずかに目を細める。
けど小さく溜め息を吐いただけで、そのまま素直に紙とペンを渡してきた。
ちぇ、つまんねーの。

まあ必要なものは手に入ったから、あとはちゃっちゃと記入するだけだ。
おれはそのまましゃがみこんで書類に記入を済ませる。キルア=ゾルディック…と。
そうしてると、すぐ上からおれを見る視線を感じて。
きっと奴が見てるんだろう、とわかって。おれはわざと書類が見えるようにした。
ゾルディックの名前を知らない奴はあんまりいない。おれ個人ではなく、家そのものが有名だ。

「お客様?」
「………なんでもない」

けど奴は全然そんなの気にしてなくて。
さっさと書類を提出してそのまま歩き出した。
うわ、ムカツク!なんだか腹が立っておれも手続きを終えるとすぐに奴を追う。

「ねえ」

声をかけても無視。なんだよ、俺なんて眼中にないってことかよ。

「ねえってば」
「………俺に何か」

そこでようやく、奴が振り返った。
けどその目は俺のことを拒むような、拒絶の色が表れていて。
面白くない、とまた思う。なんだよ、おれにこんな目向けるなんてどんな奴だよ。

「あんたさ、強い?」
「………さあ。君の方がわかるんじゃないのか」

実力差なんてわかるだろう、そう言外に言われて。
そうして興味を失ったかのように、そのまま歩き出していく背中。

先に会場に入っていくその背中と、おれがいま立っているこの場所が。

当方もなく、遠いものに思えた。




6歳なキルアくん、心の中は大人びすぎです。

[2011年 4月 1日]