第9話

いやさ、こういう戦いの局面に立たされることってほとんどなかったから。
念がどんだけすごいものか、っていうのをいまさら思い知っているわけですよ俺は。

ものすんごいごっついお兄さんが振り上げた拳。
あの直撃を受けたら普通は粉砕骨折レベルの被害を受けそうだ。
咄嗟に俺は片腕を上げて顔を庇ったわけだけど、その拳を受けても痛みがほとんどない。
どん、と押されたぐらいの強さでしかないことに驚いた。

わあ、マジで?纏してるだけなのに?
あ、でも俺いま咄嗟に腕周りのオーラ増やしてた。……だってほら、折れるの怖いし。

お兄さんは俺が無傷なことにすごい驚いてるみたいで、申し訳なくなった。
ごめんよ、ものすごくズルしてるんだよ。念使えないひとに使ってるわけだから反則だよな。
でもお金欲しいし。上の階に行ければ泊まれる場所も入手できるし。

とりあえずこの腕をどけてもらっていいですかね。
俺はよいしょ、と彼の拳をどかそうとしたのだけど。

「うおあああああ!?」

俺が触れた場所を庇うようにして、お兄さんは飛び退いてしまった。
そしてそのまま蹲ってしまう。え、どうしたの、俺なんかした?

あ!そうか、オーラをまとってる状態で触れちゃったんだ俺!
なんだっけ、まともにオーラを出すこともできない一般人にこれはマズイんだっけ?
でも別に俺いま纏してるだけだし、攻撃したわけじゃないし。硬とかしてたわけじゃないんだけど!?
うー………やっぱり俺の纏はまだまだなのかなぁ。ちゃんと修行したわけでもないし…。
今度、詳しいひとに念の指導してもらおう。…誰に頼めばいいのかわからないけど。

というわけで、ものすごーく微妙な感じで試合が終わってしまった。

「君はまず50階へ行きなさい。頑張って」
「…ありがとうございます」

おっしゃ、いきなり50階か。
渡された紙を手に会場を後にし、上へと行けるエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターを動かしてくれるお姉さんが、天空闘技場のシステムについて説明してくれる。
ふむふむ、勝つと10階上がれて、負けると10階下りることになる、と。
上に行けば行くほどファイトマネーが高くなり、100階に到達すると個室が与えられるのだとか。

やっぱり個室がいいよな、個室。
相部屋とかさ。見ず知らずの怖いひとと同室とかになったら、やだ。

50階の窓口でファイトマネーを受け取り、控え室に入る。
俺は今回無傷だから、もう一回試合があると思いますよとお姉さんに言われてしまった。
うーん、なんとかなるかなぁ。ハンター世界で生きるなら、多少戦えた方が無難だろうし。
ここでその練習ができたらいいんだけど。………ちょっと命がけなのが玉に瑕だな、ここ。

ちゃりん、と袋から出てきたお金は152ジェニー。この世界ではジュース一本分。
あ、そうだ何か飲み物買おう。緊張で喉がからからだったんだ。

廊下に並ぶ自販機の中から、お気に入りの炭酸ジュースを選ぶ。
がこん、と落ちてきた缶を取り出すと同時に近くのエレベーターの扉が開いた。
そしてひょっこりと姿を見せたのは、キルア。うわあ、やっぱり一気にここまで来たか。
本当に末恐ろしい子供だ。さすがゾルディック家の跡取りとして期待されているだけのことはある。

『569番さん。闘技場B棟へお越し下さい』

うわ、もう次の試合か。ジュース飲んでる時間もなかったじゃん。
早く会場に行かないと、と俺はこっちをじっと見てるキルアに缶を差し出した。
きょとんと目を瞬く少年にそれを押し付け、飲んでいいからと頭を撫でて歩き出す。
どうせ帰ってくる頃には生温くなっちゃってそうだし。
だったらキルアが飲んだ方がジュースも嬉しいだろう。

うー、次の試合ちゃんと勝てるかなぁ。









無事になんとか勝利することができて、俺はまたひとつ上に上がることができた。
報酬はなんと6万。割り当てられた部屋は二人部屋で、一緒に泊まる人間は決まっていないらしい。
とりあえず荷物をベッドに放り、溜め息を吐き出した。やっと休める。
それにしても念のおかげか、多少の攻撃なら耐えられるのはありがたい。
でもそれだけじゃやっぱり危険だし、そのうち纏ぐらいじゃ防御できない相手だって出てくるだろう。
避ける力も伸ばしておくべきだよな。

ゴミ山の中での生活のおかげか、体力や脚力はだいぶついた。
不安定な足場での移動は問題ないし、山だらけの場所のおかげで瞬発力や持久力けっこうある。
金属片を抱えて歩く仕事の毎日だったから、腕の力もそれなりにはついてるはずだ。
あとはその基礎体力をどう有効活用していくか、ということになるけど。

「あれ、おじさんおれと同室なんだ」
「………君」

がちゃ、と扉を開けたのはキルア。え、なに、キルアと相部屋?
うわあ、まさかのプロの殺し屋と同じ部屋とか!
ま、まあ、プロということは無駄な殺生はしないと思うけど…でも怖いな。ゴンに会う前だしな。

「おれはキルア。あんたは?」
「………
「ふうん、ね」

うっわー……キルアに名前呼んでもらっちゃったよ、ちょっと感動。
まだまだ小さいキルアのほっぺはふにふにで、触ったらとても柔らかそうだ。
でもそんなことしようもんなら、一瞬で腕とか切断されそうなため我慢する。
ああでもさっき撫でた髪も、ふわふわしててすごい気持ちよかったなぁ。

「ねえ、もやっぱ上を目ざしてんの?」
「いや…」
「?じゃあなんのためにここにいるんだよ」
「…金稼ぎと、運動」

こうして口に出すと、なんとも戦闘意欲の薄い俺。
修行、とか言えるレベルまで達してないんだよね。ほんと、まだまだ運動の域だ。
とりあえず次の目標は、相手の攻撃を一回も受けずに逃げることにしてみよう。
そうしたら避ける力とか動体視力とか、上がる気がするし!

そう結論して、シャワーでも浴びるかと立ち上がる。
キルアは好奇心を見せてはいるものの、一定の距離以上には近づいてこない。
あれだ、警戒して懐かない猫みたいな感じ。

「汗、流してくる」
「……あ、そう」

こういう場合はそっとしておいてあげるのがいいんだっけ。
むこうから近寄ってくるのを待つのがいい、と聞いたことがあるような気がする。

大きな瞳がじっとこちらを見ているのがわかったけど。
俺はあえて気づかない振りで、備え付けのシャワーへと向かった。
このまま二人でいても、気まずい空気に耐えられなかっただろうから。


いまだにオーラを上手く制御できない主人公。

[2011年 4月 1日]