第9話−イルミ視点

「うおあああああ!?」

自分の二倍はありそうな男の腕に触れて、彼は無造作に念をこめた。
恐らく骨にヒビが入ったに違いない、男は悲鳴を上げて後退しうずくまってしまう。
…それぐらいで根を上げるぐらいなら、こんな場所に来なければいいのに。

同じことを思ったのか、対戦相手の青年は呆れたような溜め息を吐いている。
うん、やっぱり強いねあのひと。
キルに目をつけるぐらいだから、それなりの腕を持つ人間なんだろうけど。
さっさと会場を後にする青年と入れ替わるように、俺の弟がゆっくりと姿を見せた。








父さんに連れられたキルが天空闘技場に残された後。
とりあえず数日の期間は様子を見ているように母さんに言われた。
二人とも心配性だな。キルならそうそう殺されることもないだろうに。
あ、無駄な殺しはしちゃうかもしれないな。でもキルはまだ子供だから仕方ない。

そんなことを考えながら、キルに悟られないよう見守っていると。
怒ったような様子で弟は受付へと向かった。けど、まだ背が低くてカウンターに届かない。
あーあ、ちゃんと手続き済ませてから帰ればよかったのに父さん。
でも一生懸命に手を伸ばして背伸びしてる姿は可愛い。写メ撮っておこう。
きっちり保存してから再び視線を戻すと、傍にいた参加者らしい青年がキルに声をかけていた。
子供が遊んでるなと注意するのかと思いきや、参加者かと確認している。

………へえ、キルが戦えるって見抜いたんだ。
それなら普通とは違うレベルで強いことにも気づいているだろうに。
彼は全く気にする素振りもなく、キルに書類とペンを渡すと申し込みを済ませて歩き出した。

その後の試合で、彼は念を習得しているのだとわかる。
一階で戦うようなレベルの相手なら、纏だけで充分だとでも言いたげだ。
けど、すごいな。纏のはずなのにオーラ量がすごくて、ほとんど堅みたい。
うーん、なんであんなひとが天空闘技場に来てるんだ?

そして無事に50階へと上がることが許されたキル(さすが俺の弟)
まるで来ることを予想していたかのように、青年はエレベーターの前で待ち伏せていて。
祝福のつもりなのか、無言でジュースを差し出してきた。しかもキルの好きなジュースを。
そのままぽんと頭を撫でて去っていく彼に、キルはきょとんと目を瞬いていた。

…いいねその無防備な顔。ばっちり保存。後で母さんに送ろう。
でもキル、知らない奴からもらったものを飲んだら駄目だよ。毒効かないけど。







50階でも勝利を収めたキルは60階に上がり、その青年と同室になっていた。
油断できない強さを持つ彼と同室か。ちょっと心配だな。
そう思ってまたもキルの様子を見ていると、どこかあいつも青年のことが気になってるらしい。
自分から名乗って相手の名前を聞いている。

「おれはキルア。あんたは?」
「………
「ふうん、ね。ねえ、もやっぱ上を目ざしてんの?」
「いや…」
「?じゃあなんのためにここにいるんだよ」
「…金稼ぎと、運動」

まあ勝てばそれなりに収入が入るようになるからね。
そうか、暇つぶしみたいなものでここへ来たのか彼は。
確かにここでの戦いなんて、彼レベルの人間からすれば運動のようなものだろう。
戦いとすら呼べない、生温い場所。けど暇らしい彼にはそれぐらいでいいのかもしれない。

修行の一環としてここに置いてかれたキルは、立場の違いに悔しそうにしてる。
でもそれを出さないように、ただじっとって奴を睨むだけ。
わずかの反抗なのか、殺気をじわりと滲ませる。ああ、悪い癖が出たな。

いまのお前には無理だよ、彼は殺せない。それぐらいなら、お前にだってわかるだろうキル。
それを肯定するかのように、が不意に立ち上がった。

「汗、流してくる」

子供の挑発に付き合ってる暇はない、と呆れた様子で。
そのままくるりと背中を向けてシャワールームに入っていってしまう。
キルは悔しげにその背中をじっと見つめるだけ。

やれやれ、相手がわりと穏健派で助かったよ。
彼なら別にキルといても問題ないかな。むしろ、キルが意識して良い刺激になるかもしれない。

そう俺は結論して、今日の観察レポートを母さんに送信した。


全部無表情で考えたりストーキングしてるのかと思うと笑えます。

[2011年 4月 1日]