イルミと遭遇。
[2011年 4月 1日]
な、なんとかいまのところ勝ち進んでるけど…毎日戦いがあるかと思うと、キツイ。
とりあえず攻撃を見切って避ける訓練は俺の中でひと段落。
次は直接攻撃をする練習をはじめていた。避けて、攻撃するカウンター。
でも勝てば勝つほど相手のレベルも上がるわけで、なかなか大変なんだなこれが。
えーと、人間の急所を狙えば簡単なんだろうけどさ。
目潰しは…俺がエグイの苦手だから却下だろ。男の急所を狙うのは勘弁だし。
足のスネとかもいいかもしれないけど、あれも想像するだけで痛いしなぁ。
そんで、どんな相手でも急所になりえる場所と考えた結果。
「勝者、!」
審判が手を掲げ、観客席から野次やら歓声やらが溢れ出す。
ふう、なんとか今回も勝つことができたぞ。俺は安堵して右手をすっと降ろした。
目の前で昏倒している相手選手には申し訳ないが、無事に一撃で終えられてほっとしている。
俺が考えた結果、相手の背後に回りこんで首を攻撃するばいいんじゃないか?と。
念を覚えている相手はそれでもダメージを軽減されてしまうだろうけど、一般人なら別だ。
首は様々な神経が集中する場所であり、人体の大事な部分のひとつ。
よくじーちゃんに昏倒させられてたっけ、と目が遠くを見つめてしまう。
…俺のじーちゃん、何者だ。ただの考古学者にあんな技必要だったのか、と今頃疑問に思う。
「!」
「…ん?あぁ、キルア。勝ったのか?」
「もっちろん!これでついに大台だな」
「あぁ…もう100階か」
乗り込んだエレベーターでキルアが楽しげに目を輝かせる。
同じ部屋になってからこれまで、なぜかずっとキルアと同室のままで。
そのおかげか、随分と懐いてくれた。おかげで遊びに付き合わされて毎日へとへとだ。
…子供って元気だよな。こんなに体力違うもんか、と落ち込む。
そりゃ、おじさんって呼ばれるよなぁ。
「ここからは個室だろ?とべつの部屋かー」
「寂しくなるな」
「べ、べつに。おれ、ガキじゃねーし!ひとりでも平気だよ!」
顔赤くしちゃって、かっわいいー。
まだまだ小学生になったばかり、という年齢だ。親元を離れて寂しいだろうに。
強がってみせるちびっ子キルアの髪をぽんぽんと撫でる。
憮然としながらも手を振り払わないでいてくれるのが、無性に嬉しかった。
あぁ、なんだかようやくまともにハンター世界を楽しんでる気がしてきた俺。
この世界にやって来てからは、ゴミ山の中でホームレス生活だったし。
ネオンのコレクションにされそうになる恐怖と日々戦い、精孔が開いてうっかり死にかけるし。
…よくもまあ生き残ってるよな。それにしても持続力の長い呪いだ。
いつになったら俺は元の世界に帰れるのだろう。一生、帰れないのだろうか。
「なあ」
「…ん?」
「ふだん、何してんの?」
「………ん?」
何してんの、とはどういうことですか。
はっ!あれか、仕事もせずふらふらとこんな場所で時間潰して、ってことか!?
いやでもここで報酬はもらえるわけだし、ある意味で仕事といえば仕事だろう天空闘技場も。
いい年したおじさんがいつまでもふらふらしてんじゃねーよとか?でも俺まだ十代!
「何、といわれても…」
「そもそもさ、なんでそんなに強いんだよ。ひけつは?ひ・け・つ!」
漢字で言えてないような発音がまたかわいい。
大きな猫目が見上げてくる愛らしさにぐっと詰まり、俺は視線を彷徨わせた。
秘訣といいましてもーそのー…念としか。しかも俺もまだちゃんと扱えてない。
「…キルアなら、俺よりすぐ強くなるよ」
ていうか、多分いまでもすでにキルアの方が強いよ。
俺、試しの門とか絶対開けられないと思う。
渡された部屋の鍵を手にいよいよ自分の個室へと向かう。
なんとまあ、キルアとはお隣さん。後であそびにいっていい?と笑顔で言われてしまった。
やばい、かわいいぞキルア!こんな弟めちゃくちゃ欲しい!
つい反射でうんと頷くと、心底嬉しそうに笑ってキルアは自分の部屋へと入っていく。
…これはイルミたちも可愛がるよな。溺愛しちゃうよ。その方法が歪んでたとしても。
かなり質の良い部屋に一歩足を踏み入れ、ぐるりと見回す。
ひとり部屋になったから、今日からちゃんと念の修行ができそうだ。
修行といっても、もうちょっと纏の精度を上げたいというか。いまいち抑えるのが苦手で。
対戦相手に反則をしまくっているのが申し訳なく、せめて人並みのオーラに押さえ込みたい。
どうしたらいいのかなぁ、あれか、まずは「絶」を覚えたりすればいいのだろうか。
絶というのは、人体のオーラのツボである精孔から出るそれを、意図的に閉じるというもの。
そうすることによって気配を断つことができ、追跡や身を潜めたいときに便利だ。
あとはなんだっけ?回復するときも絶をすると良いんだっけ。
どちらにしろ、オーラを抑える練習にはなりそうだとベッドの上で胡坐をかく。
目を閉じて、オーラが流れ出す精孔を閉ざすイメージを描いた。
ううーん、これでいいんだろうか。
自分じゃよく分からない。やっぱあれかな、師匠とか探さないと…。
「聞きたいことがあるんだけど」
「…うん?」
なんかいま声が聞こえてきたぞ。あれ、ここ個室じゃ。
ふと目を開くと、ベッドサイドに少年と青年の中間ぐらいの黒髪美形が。
………せっかくの美形なのに、無表情すぎて能面に見えるのが勿体ない。
「キルのこと、任せてもいい」
「………キル………キルア?」
「うん。俺そろそろ仕事に行かないとだし、いつまでも見ててやれないから」
「………キルアのお兄さん、とか?」
「そう」
淡々と無感情に頷く彼の動きに合わせて、さらっさらの黒髪が揺れる。
……キルアの兄というと、イルミかミルキなわけで。
この鉄面皮っぷりはどう考えてもイルミだろう。ぜんっぜん気配なく入ってきたな!
ということは何か、ずっとキルアのことを見守っていたのだろうかイルミくんは。
うわ、こえ!俺下手したら殺されてたかもしんねぇじゃん!
でもキルアを任せてもいいか、と聞かれているということは。
いまは少しでも信頼してもらえているということだろうか。…まあ、遊びに毎日付き合ってるしな。
まだあんな幼い子供を残していくのは不安なのだろう。なんだかんだ、やっぱりお兄ちゃんだ。
「…俺よりもよっぽどしっかりしてるよ、キルアは」
「でも仕事以外であんまり殺しをされると困るんだよね。母さんに叱られる」
「へえ…」
仕事でも殺しはやめていただきたいですが。
「と遊んでると、キルも気が紛れるみたいだから。よろしく」
「はあ…」
「あ、俺が来たことは黙っててね。初めてのおつかいだから」
おつかいじゃねえだろ、天空闘技場は。
ひらりと手を振ると、そのままイルミは姿を消してしまった。
ほ、本当に無表情で棒読みなんだなー…。なんであんな風に育ったんだ?
シルバは割と父親らしいでっかい男だし、キキョウは……あー…ヒステリーママ的な?
どちらも感情が欠落している、ということはないと思うけど。
…でも毒が入った料理とか、拷問を受けるのが当たり前とかの環境だしな。
自然と感情を出すことをしなくなったのかもしれない。………よく生きてるよな、あいつら。
「ー」
どんどん、とノックする音とキルアの高い声が聞こえてくる。
そう、キルアも。
扉を開いた先には、無邪気な笑顔。
「どっか、めし食いにいこーぜ!」
こちらの手を握って駆け出す小さな背中は、普通の子供と同じで。
ほんのちょっぴり、俺は切なくなった。
イルミと遭遇。
[2011年 4月 1日]