第10話

な、なんとかいまのところ勝ち進んでるけど…毎日戦いがあるかと思うと、キツイ。
とりあえず攻撃を見切って避ける訓練は俺の中でひと段落。
次は直接攻撃をする練習をはじめていた。避けて、攻撃するカウンター。
でも勝てば勝つほど相手のレベルも上がるわけで、なかなか大変なんだなこれが。

えーと、人間の急所を狙えば簡単なんだろうけどさ。
目潰しは…俺がエグイの苦手だから却下だろ。男の急所を狙うのは勘弁だし。
足のスネとかもいいかもしれないけど、あれも想像するだけで痛いしなぁ。

そんで、どんな相手でも急所になりえる場所と考えた結果。

「勝者、!」

審判が手を掲げ、観客席から野次やら歓声やらが溢れ出す。
ふう、なんとか今回も勝つことができたぞ。俺は安堵して右手をすっと降ろした。
目の前で昏倒している相手選手には申し訳ないが、無事に一撃で終えられてほっとしている。

俺が考えた結果、相手の背後に回りこんで首を攻撃するばいいんじゃないか?と。
念を覚えている相手はそれでもダメージを軽減されてしまうだろうけど、一般人なら別だ。
首は様々な神経が集中する場所であり、人体の大事な部分のひとつ。
よくじーちゃんに昏倒させられてたっけ、と目が遠くを見つめてしまう。
…俺のじーちゃん、何者だ。ただの考古学者にあんな技必要だったのか、と今頃疑問に思う。

!」
「…ん?あぁ、キルア。勝ったのか?」
「もっちろん!これでついに大台だな」
「あぁ…もう100階か」

乗り込んだエレベーターでキルアが楽しげに目を輝かせる。
同じ部屋になってからこれまで、なぜかずっとキルアと同室のままで。
そのおかげか、随分と懐いてくれた。おかげで遊びに付き合わされて毎日へとへとだ。
…子供って元気だよな。こんなに体力違うもんか、と落ち込む。
そりゃ、おじさんって呼ばれるよなぁ。

「ここからは個室だろ?とべつの部屋かー」
「寂しくなるな」
「べ、べつに。おれ、ガキじゃねーし!ひとりでも平気だよ!」

顔赤くしちゃって、かっわいいー。
まだまだ小学生になったばかり、という年齢だ。親元を離れて寂しいだろうに。
強がってみせるちびっ子キルアの髪をぽんぽんと撫でる。
憮然としながらも手を振り払わないでいてくれるのが、無性に嬉しかった。

あぁ、なんだかようやくまともにハンター世界を楽しんでる気がしてきた俺。
この世界にやって来てからは、ゴミ山の中でホームレス生活だったし。
ネオンのコレクションにされそうになる恐怖と日々戦い、精孔が開いてうっかり死にかけるし。
…よくもまあ生き残ってるよな。それにしても持続力の長い呪いだ。
いつになったら俺は元の世界に帰れるのだろう。一生、帰れないのだろうか。

「なあ
「…ん?」
「ふだん、何してんの?」
「………ん?」

何してんの、とはどういうことですか。
はっ!あれか、仕事もせずふらふらとこんな場所で時間潰して、ってことか!?
いやでもここで報酬はもらえるわけだし、ある意味で仕事といえば仕事だろう天空闘技場も。
いい年したおじさんがいつまでもふらふらしてんじゃねーよとか?でも俺まだ十代!

「何、といわれても…」
「そもそもさ、なんでそんなに強いんだよ。ひけつは?ひ・け・つ!」

漢字で言えてないような発音がまたかわいい。
大きな猫目が見上げてくる愛らしさにぐっと詰まり、俺は視線を彷徨わせた。
秘訣といいましてもーそのー…念としか。しかも俺もまだちゃんと扱えてない。

「…キルアなら、俺よりすぐ強くなるよ」

ていうか、多分いまでもすでにキルアの方が強いよ。
俺、試しの門とか絶対開けられないと思う。

渡された部屋の鍵を手にいよいよ自分の個室へと向かう。
なんとまあ、キルアとはお隣さん。後であそびにいっていい?と笑顔で言われてしまった。
やばい、かわいいぞキルア!こんな弟めちゃくちゃ欲しい!
つい反射でうんと頷くと、心底嬉しそうに笑ってキルアは自分の部屋へと入っていく。
…これはイルミたちも可愛がるよな。溺愛しちゃうよ。その方法が歪んでたとしても。

かなり質の良い部屋に一歩足を踏み入れ、ぐるりと見回す。
ひとり部屋になったから、今日からちゃんと念の修行ができそうだ。
修行といっても、もうちょっと纏の精度を上げたいというか。いまいち抑えるのが苦手で。
対戦相手に反則をしまくっているのが申し訳なく、せめて人並みのオーラに押さえ込みたい。

どうしたらいいのかなぁ、あれか、まずは「絶」を覚えたりすればいいのだろうか。
絶というのは、人体のオーラのツボである精孔から出るそれを、意図的に閉じるというもの。
そうすることによって気配を断つことができ、追跡や身を潜めたいときに便利だ。
あとはなんだっけ?回復するときも絶をすると良いんだっけ。
どちらにしろ、オーラを抑える練習にはなりそうだとベッドの上で胡坐をかく。
目を閉じて、オーラが流れ出す精孔を閉ざすイメージを描いた。

ううーん、これでいいんだろうか。
自分じゃよく分からない。やっぱあれかな、師匠とか探さないと…。

「聞きたいことがあるんだけど」
「…うん?」

なんかいま声が聞こえてきたぞ。あれ、ここ個室じゃ。
ふと目を開くと、ベッドサイドに少年と青年の中間ぐらいの黒髪美形が。

………せっかくの美形なのに、無表情すぎて能面に見えるのが勿体ない。

「キルのこと、任せてもいい」
「………キル………キルア?」
「うん。俺そろそろ仕事に行かないとだし、いつまでも見ててやれないから」
「………キルアのお兄さん、とか?」
「そう」

淡々と無感情に頷く彼の動きに合わせて、さらっさらの黒髪が揺れる。
……キルアの兄というと、イルミかミルキなわけで。
この鉄面皮っぷりはどう考えてもイルミだろう。ぜんっぜん気配なく入ってきたな!
ということは何か、ずっとキルアのことを見守っていたのだろうかイルミくんは。
うわ、こえ!俺下手したら殺されてたかもしんねぇじゃん!

でもキルアを任せてもいいか、と聞かれているということは。
いまは少しでも信頼してもらえているということだろうか。…まあ、遊びに毎日付き合ってるしな。
まだあんな幼い子供を残していくのは不安なのだろう。なんだかんだ、やっぱりお兄ちゃんだ。

「…俺よりもよっぽどしっかりしてるよ、キルアは」
「でも仕事以外であんまり殺しをされると困るんだよね。母さんに叱られる」
「へえ…」

仕事でも殺しはやめていただきたいですが。

と遊んでると、キルも気が紛れるみたいだから。よろしく」
「はあ…」
「あ、俺が来たことは黙っててね。初めてのおつかいだから」

おつかいじゃねえだろ、天空闘技場は。
ひらりと手を振ると、そのままイルミは姿を消してしまった。
ほ、本当に無表情で棒読みなんだなー…。なんであんな風に育ったんだ?
シルバは割と父親らしいでっかい男だし、キキョウは……あー…ヒステリーママ的な?
どちらも感情が欠落している、ということはないと思うけど。

…でも毒が入った料理とか、拷問を受けるのが当たり前とかの環境だしな。
自然と感情を出すことをしなくなったのかもしれない。………よく生きてるよな、あいつら。

ー」

どんどん、とノックする音とキルアの高い声が聞こえてくる。
そう、キルアも。

扉を開いた先には、無邪気な笑顔。

「どっか、めし食いにいこーぜ!」

こちらの手を握って駆け出す小さな背中は、普通の子供と同じで。
ほんのちょっぴり、俺は切なくなった。





イルミと遭遇。

[2011年 4月 1日]