第11話

「あーまけた!!まけた!くっそー!!」
「落ち着け、キルア」

悔しげにばんばんベッドを叩くキルアをおとなしくさせて、消毒液を傷口にあてる。
痛みには強いはずだが、それでもいてっと声を漏らす少年にごめんと声をかける。
あーあ、ふにふにのほっぺに傷つくっちゃって。残らないとは思うけど、気をつけろよー。
美少年の顔は世界の財産なんだ、ってばーちゃんが昔言ってた。

…いま思うと、ばーちゃんも変人だったんだな。

「あとは背中も痛めただろ、ほら脱げ」
「だ、だいじょうぶだよ!」
「駄目だ。背中は人間の動きの要だぞ、明日の試合に響く。ちゃんと手当てさせろ」
「ちょ、ごーいん!」

じたばたと暴れるキルアの服を剥ぐ。へっへーん、リーチが違うのだよリーチが。
そんな短い手で俺に抵抗できると思ってんのかちびっ子め。

無理やりベッドにうつ伏せに寝かせると、赤くなっている背中が見えた。
あーあ、白い肌にこんな傷つけちゃって。キキョウにバレたら発狂するんじゃなかろうか。
消毒液を染みこませた布でそっと拭いていくと、抵抗を諦めたのかキルアが大人しくなった。
それから拗ねたような声が聞こえてくる。これは唇を尖らせていることだろう。

「あーあ、これで階さがっちゃうよ」
「また勝って上がればいいだろう」
「かんたんに言ってくれるよなー、は勝ったからってさ」
「…あんなのまぐれだ」

湿布を貼っていくと、つめた!と悲鳴が上がる。
キルアの回復力なら、明日にはすっかり元気になっていそうだ。
けど今日はしっかり休むように、と言い含めて服を返す。
渋々それを受け取ってもぞもぞと服を着たキルアは、物言いたげな目で俺を見上げた。
…なんだその、おねだりみたいなポーズは。

「…なあ
「んー?」
「200階まで行ったら、どーすんの?」
「え?」
「そっから上は、お金もらえないじゃん。どうすんのかなって」
「あぁ…」

考えてもなかったなー。
っていうかあれだよな、そこまで行ったら対戦者は念能力者ばかりになるはず。
つまり、いままでのように纏の恩恵には与れなくなるわけだ。あ、死ぬかもそれ。
そもそもそこに辿り着けるかも疑問だけどね、俺としては。
すでに充分お金は貯まってるわけだし、いつやめてもいいんだ。でも。

イルミに、キルアのこと頼まれちゃったしなぁ。
別にいつまでとは言われてないけど、放り出したらマズイだろう。俺の命が。

「…まあ、そのときはそのときで」
「は?」
「いや。キルアに付き合うよ、特に予定があるわけじゃない」
「マジで!?」
「お、おう」

な、なんだそのきらっきらした笑顔。
そっかそっかー、としきりに頷いたキルアは安心したように眠りに入る。
あの、もしもし?それ俺のベッドなんですけど。キルアくんの部屋は別の階だよね?

けれど、あんまりにも無防備にかわいい寝顔を見せられては起こす気にもなれず。
夕飯になりそうなものでも買ってくるかな、と部屋を出た。
そうだ、治療も頑張って受けてくれたから、キルアにチョコロボくんでも買ってあげよう。
喜んでくれるといいな、と笑いながら俺は市街へと向かった。








商店街を歩いて、様々な食材を購入する。
そういえば俺の部屋、小さいけどキッチンついてるんだよな。今日は作ろう。
いっつも外食とか惣菜とかじゃ体に悪いし。家事はずっとやってたから、なんとかなる。
店から出ると、目の前に電化製品を扱う店があることに気づいた。
…そういえばこの間キルアに連絡先聞かれたんだよな。答えられなかったんだけど。

ポケットを探り、元の世界から持ってきていた唯一の持ち物である携帯を眺める。
もちろんこの世界では圏外。すでに充電も切れている。けれど捨てられずにいた。
着ていた高校の制服は、さっさと布として使い回してしまったけど。これだけはなぜか。

「…一応、アドレスとかメールとか残ってるしな…」

最後の繋がりのように思えて、手放せない。
小さく溜め息を吐いて、俺はそのまま向かいの店に向かった。
携帯を買ったところで連絡する相手なんていないが、ネットにも繋げるだろうし。
何か手続きをするんでも連絡先は必要だったりする。だからあれば便利だろう。
……しかしそこで気づいた。あれ、携帯の契約ってさ、身分証明書とかいるんじゃね?

「あ、それ最新の機種だよ。けっこう便利で俺も迷ってるんだよねー」
「………?」

隣りから明るい声が聞こえ、ふと視線を動かすと。
金色の髪を揺らした美少年、美青年?がそこにはいた。
彼はにこりと完璧な(どこか胡散臭い)笑顔を浮かべて、俺の前にある携帯を指差す。

「全世界対応の、屋外圏外なし」
「へえ…」
「これの悪魔シリーズが俺のお気に入り。いま置いてあるのは猫シリーズだけど」
「………かわいいな」

猫耳っぽいデザインが施された携帯はだいぶ愛らしい。
…男の俺がこういうの持ってていいものだろうか。周りにどん引かれるんじゃ。
他にも民族言語通訳機能もついているらしく、その数は百にも及ぶとか。
え、つまり電話しながら普通に通訳してもらえるってこと?そりゃすごい。
俺たちの世界よりもずっと進んだ技術に目を瞬いてしまう。

他にも色々な機種の説明をしてくれる彼はとても親切だ。
…というより、ただ単に携帯とか機械類が好きなのかもしれない。

「…って感じでいろいろあるよー」
「…君、ここの店員?」
「ううん。ただの通りかかり。でもけっこう品揃え良いからテンション上がっちゃって」
「そうか…。これが、いいかな」
「あ、結局それにするんだ?値段も手頃だし、いいと思うよ」

最初に紹介された最新機種、猫シリーズのシルバーを手にとる。
…だ、断じてキルアをイメージしたとかそういうんじゃないからな!
あ、でも身分証どうしようかな。

微妙に困った表情を浮べる俺に気づいたのか、小首を傾げる彼。
何と説明したものだろうか。身分証がない、と言ったら完全に不審者扱いをされるかもしれない。
流星街出身者だと思われたら、それこそ悲鳴を上げて逃げられる可能性も。
あ、そうだよ身分証紛失したとか言えばいいんじゃね?あ、でも結局バレるよな…。
だって俺、国際人民データに登録されてないわけだし。

「どうかした?」
「いや……。身分証がないんだが、契約ってできるものか?」
「なんだ、そんなことか」

けろりとした表情を浮かべ、彼は笑って店内へと入っていく。
それからしばらくして、書類を手に戻ってきた。

「はい、ここに名前書いて」
「え」
「大丈夫、俺が保証人になっておいたから。問題ないよ」
「そ、そう」

そういうのありなのか?と首を傾げながら名前を書く。ふふふ、ハンター文字も完璧だぜ。
出来上がった書類を満足気に確認し、彼は再び店内へ。
なんだか申し訳ないな、色々とやってもらっちゃって。後でお礼しないと。
そうして新しい携帯を手に戻ってきた彼は、はいと品物と説明書を渡してくれた。
おおお、ついに俺にもこの世界での通信手段が…!
ちなみに、口座は天空闘技場が用意してくれた場所に指定してある。うん、いまお金たっぷり。

「ありがとう、えっと…」
「俺はシャルナーク。同じシリーズを使うひとがいて嬉しいよ、男連中には不評でさ」
「え、シャル…」
「シャルナーク。あ、長い?言いにくかったらシャルでも別にいいけど」

メールが届いたのか、返信するシャルナークの指の動きはまさに高速。
え、まさか。まさかあのシャルナーク?幻影旅団の、シャルナークさんですか!?

「え…と、シャル」
「何?あ、俺もって呼んじゃっていい?」
「…もちろん」

逆らえるわけない。なんたって相手は幻影旅団。
とても穏やかな風貌をしているシャルナークだが、彼だってかなりの怖いひとだ。
念の使い手であり、仲間以外の者を殺すことに躊躇いはない。
確か、ハンター証も原作だと持ってたよなー。いまもすでに持ってるのかな?

し、しかし、シャルナークに携帯探しを手伝わせた上に保証人にまでなってもらって。
これはちゃんとお礼をしないといかんだろう。常識的にも、俺の未来のためにも。

「シャル、甘いものは好き?」









キルア絶賛のケーキ屋に足を運び、お勧めのケーキを頼む。
男二人でこういう場所に入るのは激しく抵抗があるが、シャルナークは全く気にしていない。
むしろ楽しげにメニューを眺めており、もう一個頼んでいい?と顔を上げてきた。
いくらでもどうぞ、と促すと嬉々として店員に追加メニューを注文している。

甘いもの好きなのか、可愛いなシャルナーク。
これで女の子なら最高なんだけどな。デート的な意味で。

「お待たせいたしました」
「本当だ、うまそう」
「あぁ、舌がとろけるぞ」

先ほどからちらちらと周りの席の視線が痛い。
シャルナークの美少年っぷりに、逆ナンでもかまそうとしているのかもしれない。
やめた方がいいぞ皆、こいつは顔はこんなでも幻影旅団だ。
…パクとか相手だったら、俺もデートしてみたいが。



シャルナークと遭遇。

[2011年 4月 1日]