第16話−シャルナーク視点

『さあ、これまで一度も負けることなく快進撃を続けてきた選手!ついに200階クラスでの初めての戦いだぁー!!はたしてここでも彼の不敗神話は続くのかー!?』

画面に映し出された映像を前に、ココアに口をつける。
いまではメル友になっている青年の姿が、リングに上がってくるのが見えた。

「シャル、何見てんだ?」
「天空闘技場の200階の試合。あれ、フィンクスなんでここにいるの」
「ウボォーとノブナガがまた始めた」
「あの二人も飽きないねー」

パソコンの画面に映し出された試合。
黒髪を揺らして現れたは、別段緊張した様子もない。
どうやら対戦相手も念能力者らしいが、の顔には笑みが浮かんでいるようにも見える。

『対するは現在6勝2敗のアッズ選手ー!カマイタチとも呼ばれる彼の鎌は、選手をとらえることができるのでしょうかー!』
「なんだぁ?大した使い手でもなさそうじゃねえか」
「そりゃこんなところじゃ、たかが知れてるでしょ。どれも未熟な連中ばっかり」
「ならなんで見てんだ?」
「鎌じゃない方に、興味があるんだ」
「まあこっちはけっこう強そうだが…」

フィンクスが言うということはなかなかなのだろう。俺もそう思う。
初めてと出会ったのは天空闘技場のお膝元。
俺はただの寄り道をしていたところで、携帯ショップを何とはなしに眺めていた。
その向かいの店から、完璧な纏を行う男が出てきて目を引かれたのだ。
買い物袋を下げた姿は一般人と変わらないけど、オーラが全く違う。

彼はそのままぼんやりとこちらの店に近づいてきて、携帯を眺めはじめて。
ひょっとして携帯が欲しいのだろうか?と俺は好奇心にかられて声をかけた。

「俺と同じシリーズの携帯持ってるよ」
「そりゃ、趣味悪ぃな」
「…フィンクスのあれ、団長に告げ口しようかなー」
「なっ、おい!」
「あはは、冗談冗談」

画面の中では試合が始まっており、の対戦相手(アッズだっけ)が鎌を投げる。
ろくにオーラを扱いきれていないが、恐らく操作系だろう。

『おおっと、選手動かない。動く必要もないということかー!?』

動く必要もないんでしょ、のレベルなら。
俺の予想通り、はわずかに目を細めて練を行った。
ぶわりと噴き出すオーラは凄まじい。

選手難なくよけたー!さすがです!しかし彼は武器を何も持っていないようですが、いったいどう攻撃するつもりなんでしょう。どうですか先生』
『そうですね、彼はずっと素手で戦い続けていたようですから、今回も同じなのでしょう』

念を極めれば、武器なんてそう必要なくなる。
ウボォーギンやフィンクスがその筆頭だろう。彼らは素手で戦う。

『おっと、いよいよ選手の攻撃かー!?』

その瞬間、アッズとかいう男の懐にがいた。
ぱちぱちと目を瞬いた俺は、フィンクスに見えた?と聞いてみる。
辛うじてな、と眉間に皺を寄せる仲間にうんと頷く。
本当に、辛うじて彼の残像を目で追うことができた感じだ。

「へえ、ってこんなに動けるんだ」

鈍足だとは思っていなかったが、まさかここまで俊敏だとは。
彼はいったい何者なのだろう、と出会って過ごしたわずかの時間を思い出す。

どこにでもいそうな黒髪に焦げ茶色の瞳。
だけどその瞳は何も語らず、深い深い色を浮べていてとても不思議だった。
普通目を見ると、相手が何を考えているかだいたい分かるもんなんだけど。
考えを汲み取らせないのか、ただ単に何も考えていないだけなのか。面白い。

の膝が相手の鳩尾に綺麗に決まった。
念をこめてはいたけど、致命傷には及ばない。なんだろ、なぶりたいのかな。
苦しげに膝をつくアッズは内臓までも吐き出しそうな勢いだ。

「けっこうえげつないな、あいつ。いまのは悶絶もんだろ」
「だね。もうちょっと強くするか弱くするかすれば、死ぬか気絶で済んだのに」
「試合長引かせたいってことか?」
「…意外に戦闘狂?」

天空闘技場はポイント&KO制になっている。
それは、相手をKOするか、ポイントを10点先取すればTKO勝ちとなるルール。
いまの一撃はどうやらクリティカルヒットになったようで、に2点が入った。
なんとか起き上がったアッズが、何かを呟いている。
どうやらに語りかけているようだ。

相手の言葉を聞いて、無表情のに変化が生まれる。
眉をわずかに寄せて不機嫌な表情を浮べたかと思うと、凄まじい殺気を放ったようだった。
俺たちは画面越しだからよく分からないけど、アッズが気圧され顔を青くしている。

あれかな、なんか怒らせるようなことしたのかなアッズって奴。
それでこんな圧倒的な力の差で叩き伏せられているのかもしれない。

「おーお、走り出した。諦め悪いなアッズって男」
「相手の力量も測れないようじゃ、死ぬだけだよね」

アッズの投げた鎌のうち二本を避け、残りの二本をが受け止める。
そして手にした鎌を、アッズの足元に叩きつけた。
の念がこめなおされたらしい鎌は、石造りの床を簡単に抉る。
石の破片が舞い上がり視界を遮って、その間にがアッズの背後に回りこんでいた。

やっぱり何か話しかけているように見える。
の言葉に顔から血の気を失ったアッズは、そうして負けを宣言した。

「うーん、これじゃちゃんとした実力を測れなかったなぁ」
「相手が悪いだろ。本気を出すまでもねえ」
「なんでこんなところで戦ってんだろ」
「暇つぶしじゃねぇ?」
「ちょっとフィンクス、何シャルのとこに逃げてんのよ」
「げっ」
「あー、マチ。ウボォー達がまたやってるんだって?」
「そ。よくもまあ飽きないもんだよ」
「あいつらのことはほっとけって。そのうち暴れ飽きるだろ」
「…あの二人に限ってそんなことあると思うかい?ほら、さっさと来る!」
「いででででで」

マチに耳を引っ張られ去っていくフィンクスにひらひらと手を振る。
そしてシャルナークは画面に視線を戻した。
いま見ていたのはリアルタイムではなく、どこからか流れてきた対戦映像。
の試合だというから見てみたのだが、結局手の内を明かすようなレベルの試合ではなかった。
別に無理に知る必要はないのだが、好奇心はある。

携帯を取り出し、そのままアドレスを呼び出す。
通話ボタンを押してかけると、しばらくコールがあった後に繋がった。

『…もしもし、シャル?』
「久しぶり、。元気にしてる?」
『元気だけど…驚いた。電話は初めてだ』
「ああ、そうだね。いきなりごめん」
『いや、いまは暇だったから』

電話越しで聞いてみると、とても穏やかな落ち着いた声をしているとわかる。
へえ、こんな声なんだ。新しい発見。
小さく笑みをこぼして、シャルナークは用件を伝えた。

「天空闘技場の試合、見たよ」
『え』
「200階でも楽勝だね、さすが」
『い、いや…』
「でもなんで天空闘技場に?率先して行くタイプには思えないけど」
『………………、……………運動と、金稼ぎ?』
「ぷっ、何それ」

多くは富や名声を求めてやってくるのだろうに。
にとってはただ単に身体を動かす場所であり、小遣い稼ぎといった認識なのだろう。
幻影旅団なんてものをやっている自分に言えたことではないが、彼も普通じゃない。
親近感がわいて、ついつい笑い声が漏れてしまった。
すると向こうからはなんともいえない微妙な空気が漂っていて。
怒らせただろうか?と思うものの、すぐに聴こえてきた声に予想は打ち消される。

『場違いなのは分かってるんだけど…。まあでも、思ったよりは楽しい』
「へえ。がそう言うなら、俺も参加してみようかな」
『…いや、シャルのレベルじゃ楽しめないんじゃないかな』
「ひとのこと言えないくせに。あ、でもに会いたいのは本当。また食事でもしよ」
『それなら喜んで』

淡々とした声が幾分か柔らかく聴こえるのは、自分の気のせいだろうか。
またひとつ、好奇心が音をたてて強まった。




シャルナーク好きなんです、はい。

[2011年 4月 1日]