第18話

それからというもの、俺はちょくちょく運び屋としての仕事を請け負うようになっていた。
最初はイルミの仕事道具の搬入とか、そういうのをちまちまやってたんだけど。
気がつけば他の顧客も紹介されるようになっていて、お得意さんが何件かいる。
………まあ、そのどれもが裏社会の関係者ってのが笑えないよな。むしろ泣きたい。

もちろん、普通の運び屋の仕事というのもやっている。というか俺はそっちがやりたい。
というわけで、本日はその普通の仕事。大量のお菓子をお届け。
孤児院への寄付らしく、届けると院長や子供たちにものすごく感謝されてしまった。
俺からの寄付じゃないので、とぱたぱた手を振る。でも、こういう仕事っていいよな。
感謝の言葉は依頼主に伝えてあげてください、と笑って孤児院を後にした。

ふう、これで仕事はひと段落。
もう日も落ちてるし、どこかで宿でもとるかな。

相変わらず身分証のない俺は粗末な宿にしか泊まれない。
天空闘技場の部屋があんまりにも豪勢だから、ちょっと切なくなったりもして。
でもこれが俺のこの世界での立ち位置なんだよな、と改めて感じる。
余所者であり、不審者。忌み嫌われ、畏怖の眼で見られる。
キルアやシャルとか、そういうのを気にしない相手にばかり出会えて幸運だ。
…そういえばじっちゃん元気にしてっかなぁ。今度顔出してみようかな、お金も貯まったし。

部屋に入って荷物を置き、さてメシをどうするかなと窓の外を眺める。
宿の下に一応レストランっぽいのあったけど、微妙そうだよなぁ。外で食べるかな。
でも一度宿に入ると外出するの面倒だし…。

「………ん?」

隣りの部屋から物音がしたような気がして、思わず壁を見つめる。
一応壁紙は貼ってあるものの、ヒビが入っていていまにも剥がれてしまいそうだ。
そして薄い壁の向こうから、何か暴れるような物音が聞こえてくる。
え、ちょ、なんか家具とか倒してそうな音なんだけど?何が起こってるんだ隣りで。

強盗とかだったらどうしよう、とびくびくしながら廊下に出る。
恐る恐るお隣さんのドアの前に行くと、今度はガシャーン!とガラスが割れる音。
お、おいおい、大丈夫かお隣さん。
ここは宿のひとを呼ぶべきだろうか。でもこういう宿って揉め事には関わらないしな。
中でひとが命の危険にさらされているのなら、それを放置するのは目覚めが悪い。
うう、隣りの部屋で殺人が起きてたとか、俺寝られないよそれ。

ええい、特攻するしかないか!とドアノブに手をかける。
どうやら鍵はかけていなかったようで簡単に開いた。
そうして目に飛び込んできたのは、予想通り嵐が過ぎ去ったかのような部屋。
タンスや机は倒れてるし、窓ガラスは割れている。ベッドもシーツが滅茶苦茶だ。
中央に立っていた少年が、ゆっくりとこちらを振り返り、俺は目を見開く。

だって、その男の子の両目が、赤く緋色に染まり、爛々と輝いていたのだ。

「…お前…」
「……っ……!」

金髪を振り乱し、手近にあったらしい木刀のようなものを振り回す少年に慌てる。
な、なに、俺誰かと勘違いされてる!?いやそりゃ、ノックもなしに入ったのは謝るけど!
しかし少年は俺を襲おうとしたのではないらしく。むしろ、ただ手当たり次第に破壊している。
全てを壊そうとするかのような動きと、焦点の定まらない目。
明らかに異常状態であると分かり、俺は駆け出した。あのままじゃ、あいつが怪我をする。

近づく俺に警戒して得物を振り回す少年に、仕方なく念を使う。
瞬きせず全てがスローになっている間に、少年の背後に回りこんで羽交い絞めにした。

「…っ…離せ!!」
「落ち着け、部屋を滅茶苦茶にしてどうする」
「うるさい、黙れ!その手を離せ!!」

うわああ、ちょ、この子腕の力めっちゃ強い!無理無理!これ抑えんの無理!
ひいぃ、と悲鳴を上げそうになった俺は、近づいてくる足音に気がついた。
やばい、こんだけ暴れてればさすがに様子を見に来るか。
じたばたともがく少年の眼を、俺は咄嗟に塞いだ。
眼に触れられた少年はびくりと肩を強張らせ、さらに暴れ出す。恐慌状態だ。

「落ち着け、人が来る。その眼を見られるわけにはいかないんだろう!?」
「……っつ!?」

耳元で鋭く指摘すると、今度は硬直する体。
な、なんとか動きを止めてくれたとほっとしていると。
宿の怪しげな主人がひょっこりと顔を出し、部屋の惨状に息を呑んだ。
困りますよお客さん、と不審な目を向けられ悪いなと謝る。
けど詮索されては困る。俺は身分証がないわけだし、この子も深入りされたくないだろう。

懐から取り出した袋を主人に向かって投げる。
それを慌てて受け取った主人は、ずっしりと感じる重みに口の端を吊り上げた。

「それで勘弁しておいてくれないか」
「はあ…まあいいですけどね。この部屋の修理代、どれぐらいかかると思ってるんですか」
「ならこれでいいだろ」

もうひと袋投げてやれば、そうですねまあいいでしょうと主人が頷く。
部屋の掃除はしておきます、という申し出をありがたく受け入れて、俺は部屋を出た。
そのまま少年の荷物を拾い上げて俺の部屋へと彼を連れて行く。
ベッドに少年を座らせ、部屋の鍵を閉めてからようやくほっと息をついた。

じっと黙したまま視線を落としている少年に、どうしたものかと唸る。
どうしてあんなに暴れていたのか。なぜ眼があんなにも鮮やかな緋色なのか。
………原作を知っている俺としては、なんとなく予想がつくだけに聞きづらい。
だってさ、随分とまだ幼いけど、目の前にいる彼って…きっとあれだろ?
散々悩んで俺は、手にしたままだった彼の荷物をベッドに置いた。

「荷物、君の部屋から持ってきたけど…これで全部か確認してくれるか」

びくり、と細い肩が揺れる。
警戒させないようにベッドから離れると、女の子のような腕が荷物に伸びた。
ごそごそと荷物の中を確認し、彼の持ち物らしい武器をぎゅっと握る。
ちゃんと全部ある?ともう一度尋ねれば、こくりと頷きが返ってきた。

「俺は。君の名前は?」
「………」
「答えたくないならいい。とりあえずえーと、少年A」
「…犯罪者のような呼び方はやめてくれないか」
「けど勝手に命名するわけにもいかないだろう。ポチとか?」
「私は犬か!」
「えーじゃあミケ…ってこれじゃ違うのが出てくるな」

ううーんと俺が悩んでいると、毒気を抜かれたのか肩を少年が落とす。
そしてぽつりと、…クラピカだと名乗ってくれた。

うん、だよね、そうだと思ってた。

「じゃあクラピカ。暴れてた理由を教えてもらっても?」
「………」
「賊が入ったとか?でもクラピカ以外に人の気配はなかったし…」
「………………」
「けっこうなお金を消費したから、教えてもらえるとありがたいんだけど」
「……が」

小さなかすれた声に聞き耳を立てる。
俺が聞き取れなかったことに気づいたのだろう、クラピカがもう一度呟く。
相変わらずぼそぼそと小さな声だったけど。

「………蜘蛛、が…いたんだ」
「………………」
「い、言っておくが蜘蛛は害虫も多くいて!」
「益虫の蜘蛛もいるぞお前」
「………」
「よっぽど嫌いなんだな」

やれやれ、と苦笑してクラピカの手や腕に切り傷があることに気づいた。
さっき窓ガラスを破ったときに、恐らく破片などが飛んでついてしまった傷だろう。
俺は自分の手荷物をあさって中から応急セットを取り出す。
キルアの手当てをしているうちにだいぶ上手くなったんだぜー。

いきなり腕をつかんできた俺にクラピカが身体を強張らせた。
まーまー、お兄さんに任せなさい。

「そのままだと化膿するかもしれないだろ」
「………」

応急セットの中身が本当に治療道具ばかりだと確認して、クラピカは力を抜いた。
この過剰すぎる警戒と、蜘蛛に対する反応。…間違いない、クルタ族は襲われた後だ。
興奮したり感情が高まると緋色に染まる瞳を持つクルタ族。
その瞳は世界で最も美しいもののひとつに数えられ、そのために狙われることが多い。
ひっそりと穏やかに暮らしている民族だったはずだが、原作でもクルタ族は滅ぼされる。
………幻影旅団の手によって。クラピカ以外の全ての者が、瞳を奪われるのだ。

それにメル友のシャルナークも間違いなく加担している。
俺はどんよりと暗い気分になりながら、クラピカの傷を消毒してガーゼをあてる。
いま目の前にいるクラピカはまだ幼く、よやうく中学生になるかというところだろう。
…この年で、家族だけでなく一族も惨殺されて。俺には想像もつかない状況だ。

「………、と言ったか。あなたは聞かないのだな」
「何を?」
「私の…眼のこと」
「緋の眼?綺麗だとは思うけど、あんな辛そうな顔見せられたら、それどころじゃないよ」

思ったままを告げると、ようやくクラピカの顔が上がる。
信じられない、とばかりに見開かれた瞳はいまは普通の茶色を取り戻している。
なんでそこまで驚くんだろうか、と思うものの。
それだけ緋の眼を求める強欲な人間が多いということなのだろう。
ぽん、とクラピカの頭に手を置く。そして指の間をさらさらと流れていく金色の髪。
おお、おおお…!俺いまクラピカの頭撫でちゃってるよ…!!

「よかったら、この部屋使ってくれ」
「?しかし、それでは…」
「初対面の人間と同じ部屋なのは落ち着かないだろ?俺は外で」
「いや、そこまで世話になるわけには」
「子供はお兄さんの言うことを聞きなさい」
「!」

ぴん、とおでこを指で弾いてやれば驚いたように瞬く瞳。
うおお、この頃のクラピカってさらに女の子みたいで可愛いぞ。眼福、眼福。
俺は満足して頷くと、そのまま部屋を出ようとする。……が。

思い切り、クラピカに服の裾をつかまれて危うくつんのめりそうになったのだった。






まだ幼いクラピカとの出会い。

[2011年 4月 1日]