第19話−クラピカ視点

不思議な青年に出会った。

一族を滅ばされ、無惨な亡骸を呆然と眺めたのはまだ最近のこと。
たったひとり遺された私にできたことといえば、瞳を失った同胞を埋葬するぐらいで。
その全てが、自分と共に瞳を輝かせ笑っていたというのに、何もできなかった。
悲しみよりも怒りや悔しさがこみ上げて、溢れる涙をぬぐうこともせず。

弔いとして、住んでいた場所全てに火をかけた。
どうか皆に安らかな眠りを。そう祈り、二度と帰ることはないだろう故郷に背を向ける。

あてどなく彷徨う私の前に、そうして彼は現れたのだ。

「…お前…」
「……っ……!」

蜘蛛を見たために緋色に染まる私の眼。それに彼は驚いたようだった。
しまった、見られた。よりによって緋色になったときに。

そのときすでに私の精神状態は正常ではなかったのだろう。
ほとんど恐慌状態に陥っていた私は、突然現れた男に思考回路が焼き切れた。
彼の姿と、眼に入った蜘蛛。それらが混ざり合い、おぞましい記憶をフラッシュバックさせる。
蜘蛛、私の同胞を奪い、むごい死を与えた、憎むべき者たち。
寝ても覚めても消えない恐怖と憎悪。身体がそれらに蝕まれていくようで。

消えろ!全て、消えてしまえ!何もかも、私自身も!

がむしゃらに木刀を振り回す私の背に、男が回りこむ。
そのまま羽交い絞めにされ混乱し暴れるが、彼の腕はびくともしなかった。
そして眼を塞がれ、背筋が冷える。この男、私の眼を狙っているのか…!?
なんとしても逃げなければとそれだけが渦巻く意識の中、男の鋭い声が流れ込む。

「落ち着け、人が来る。その眼を見られるわけにはいかないんだろう!?」
「……っつ!?」

緋の眼を見ても、そんなことを言う青年に私はさらに混乱するばかりで。
どうやら私の眼を塞いだのは、やって来た部外者から緋色に染まった瞳を隠すため。

…なぜそんなことをするのか、不可解で。

ようやく落ち着きを取り戻した私にと名乗った青年。
彼は緊張した様子もなく、暴れたときについたらしい傷の手当てまでしてくれた。
なぜ緋の眼のことに関して、何も触れないのだろうと。それが怖くて。
私は耐え切れず、彼に尋ねていた。あなたは聞かないのだな、と。
しかし彼はこともなげに答えたのだ。

「緋の眼?綺麗だとは思うけど、あんな辛そうな顔見せられたら、それどころじゃないよ」

予想外の言葉に、驚いて顔を上げる。そうしてようやく、青年の顔をまともに見た。
と名乗った青年の瞳は、焦げ茶。深く澄んだ色にも思えるし、濁っても見える不思議な色。
あまり表情豊かとはいえないようだが、それでも優しげな眼差しを向けている。
ぽん、と頭に手が置かれてそのまま撫でられた。
他人を警戒している私に、彼は自分の部屋を好きに使ってくれと言う。

そこまで世話になるわけには、と固辞しようとしたのだが。
子供はお兄さんの言うことを聞きなさいと、額を指弾された。

そうしてそのまま部屋を出て行こうとする背中に、思わず手を伸ばしていた私は。
失ってしまった家族や同胞の温もりを、彼の中に見てしまっていたのかもしれない。
わずかに眼を瞠った彼が、苦笑してその場にとどまってくれたことに。
ひどく、安堵していたから。








さんは、ここへ何をしに?」
「呼び捨てでいいよ、クラピカ。仕事でね」
「仕事?」
「運び屋。荷物でもなんでも、俺に運べるものなら」

ベッドに腰を下ろす私から少し距離を置いて、は床に座り込んでいる。
最初はそれが申し訳なかったのだが、こっちの方が落ち着くと言われてしまって。
椅子に座る習慣があんまりなかったんだと、そう言う顔は嘘をついていなかったから。
私は結局そのままでいることにした。

「なあ、クラピカ」
「…何だ?」
「この辺りに、古代スミ族の遺跡があるって聞いたんだけど。知ってるか」

思わぬ名前の登場に眼を瞬いてしまう。
遺跡、それに目の前の男が興味を持つとは想像していなかった。
運び屋とやらの仕事のついでに、観光もしていこうということなのだろうか。

「…知って、はいるが」
「教えてくれるとありがたい。ちょっと見てみたいんだ」
「………だいぶ奥地にある。口で伝えても分からないだろう」
「そうなのか…どうしたもんかな…」
「案内しよう」
「え」

驚いた表情を浮べるに、私自身も戸惑っていた。
会ったばかりのほぼ他人になぜこんなことを申し出ているのだろうか。
まだ信用できると決まったわけではない。こちらの油断を誘っているのかもしれない。
だとしたら、二人で出かけるなど危険以外のなにものでもない。
しかし。

いまこの空間に私は居心地の良さを感じていて。
もう少し、誰かとの時間を共有していたいと思ってしまっている。
ひとり悲しみに暮れ、悪夢にうなされることに疲れてしまったのだ。

「俺はありがたいが…いいのか?」
「先ほど暴れた詫びだ」
「気にしなくていいのに。けど、ならお言葉に甘えようかな」

柔らかな表情を浮べる彼に、心がわずかにほどけていく。
今夜は、悪夢を見なくて済みそうだと。私はそっと瞳を伏せた。







クラピカ、12か13の頃ぐらいかな?

[2011年 4月 1日]