シャルにクラピカに…私の好きなひと詰め込み。
[2011年 4月 1日]
俺はいま、宿の外で携帯と向き合っていた。
画面には表示された電話番号があり、あとは通話ボタンを押すだけ。
それだけのことなのに情けないぐらいに緊張して、上手く指が動いてくれない。
押せ、押すんだ俺!大丈夫、メールなんてしょっちゅうやり取りしてるじゃないか!
だからいきなり電話しても大丈夫だきっと…!!
おりゃあ、と通話ボタンを押す。それだけで額から汗が噴き出しそうだ。
そうして聴こえてくるコール音がより俺の緊張をかきたてる。
うおぉ、かけちゃったよどうしよう、大丈夫かな迷惑じゃないかな…!
『だからノブナガ、暴れるならよそいけよ!…あぁ、?』
「夜遅くにごめん」
『平気平気、まだ起きてたし。……ってフィンクス!それ俺のPC!!』
『おー悪ぃ悪ぃ』
『壊したらフィンクスでも殺すよ。いい加減おとなしくしてくれよ、刺されたい?』
『おいおいシャル、仲間同士のマジ切れ禁止だろ』
『マジ切れじゃないよ、これは正当な罰。よっと』
『危ねー!!?シャルいま俺のことも狙いやがったな!?』
『喧嘩両成敗。少しは反省しなよ。…………えっと、騒がしくてごめん』
「………いや、忙しいならまた別の日にかけるけど」
『平気、あんなの放っておけばいいから』
シャルが歩いているのが電話越しに分かる。賑やかな部屋から出たのだろう。
…それにしても会話聞いてるとやっぱり物騒だな、幻影旅団。
ノブナガとフィンクスが喧嘩でもしていたのだろうか。
ようやく周りが静かな場所に来たのだろう、それで?と明るい声が聴こえてくる。
「…実はその、頼みというか」
『頼み?俺に?』
「シャルって確かPC得意だったよな」
『うん、まあ』
本当は得意なんてレベルじゃないことは知っている。
何しろシャルナークは旅団の情報処理を担当しているのだ、かなりのエキスパートだろう。
「調べてほしいものがある。報酬も出す」
『ちなみに、調べてほしいものって?』
「呪いの石版。といっても、これって限定した何かを探してほしいわけじゃない。呪いがあるっていう噂のある石版なら、なんでも調べてほしい」
『へえ、そういうの興味あるんだ。なんか意外』
「…色々あってね。その石版の情報と所在地が分かったら教えてほしいんだ」
『それだけの条件だと、かなりの数見つかる可能性もあるよ?それ全部?』
「ああ、全部。そのうちのどれが俺の求めてるものなのかは、分からないから」
自分の足でも探すつもりだが、一般人に触れられる発掘物なんてほとんどない。
だいたいは博物館に展示されているものだったり、研究資料として保管されていたり。
そうしたものを自力で探し出すのは困難だ。けれど、シャルなら。
そう思い当たって、俺は今回勇気を振り絞って電話してみることにしたのだ。
幻影旅団が相手だから、もちろんクラピカが寝てから部屋を抜け出してきた。
うーん、と考えるような声を漏らしてシャルがじゃあと口を開く。
『近いうちに食事でもしよ。直接会って話した方が段取りが組みやすい』
「わかった」
『そうだ、いまって運び屋やってるんだよね?』
「………耳の早いことで」
『前に連れてってくれたとこのケーキ、俺んとこまで届けてよ』
「それぐらい構わないけど…」
『日時はメールで送るから。食事もそのときに』
「わかった」
通話を終え、ふうと息をつく。よかった、いきなり電話しても怒られなかった…!
突然のお願いにも快く応えてくれて優しいな、シャルナーク。
笑顔で怖いイメージが強かったけど…まあ、あれだ。迷惑かけなければ普通なんだよきっと。
彼の黒い部分を見ることが一生ありませんように、と祈って俺は宿へと戻った。
気配を殺しながら部屋に入ると、クラピカは変わらず寝入っているようだった。
気づかれなかったみたいだとほっとして、隣りのベッドに俺も入ろうとする。
「………っ………」
「?」
小さな息を詰めるような声が聴こえて。
ふと視線を移動させれば、シーツを強く握り締め身体を丸めるクラピカがいた。
暗がりの中でも分かる苦悶の表情に、嫌な夢でも見ているのだろうかと気づく。
一族を失ってまだそれほど経っていない。
原作で知るよりもさらに過剰だった蜘蛛への反応。
恐らくクラピカの中でまだ心の整理はついておらず、混乱したままなのだ。
それに彼はまだ幼い。ただひとり遺された不安は、いかばかりだろう。
…家族のいない世界に突然ひとり放り出される恐怖、虚無感。
それは俺にも少しだけ身に覚えのあること。家族が殺されたわけではないけれど。
でも、届かない場所にいってしまったことは同じだ。
「………大丈夫だよ、クラピカ。お前はひとりじゃない」
そっと握られた拳の上に俺は手をのせる。
枕元に腰を下ろし、空いた方の手でクラピカの髪を撫でた。
俺がひとりで寂しくて怖くて泣いていると、よくばーちゃんがこうしてくれて。
それだけで胸がほんわか温かくなったことを思い出す。
そしていつも言ってくれていた。
お前のことを、お父さんもお母さんも見守っていてくれるよ。もちろん私もね。
それだけじゃない、これから先お前はたくさんのひとと出会って、仲良くなる。
ほら、もうひとりじゃないだろう?
だから大丈夫。そう優しく撫でられたことを、鮮明に思い出す。
男なら泣くんじゃない、とじーちゃんには喝を入れられて。
でも不器用なりに心配してくれてたんだろう、俺が寂しいときはじーちゃんも傍にいてくれた。
仏頂面のまま、何も言わないけど。同じ部屋で研究資料を広げてくれていたっけ。
「クラピカ。きっとお前はこれから先、かけがえのない仲間に出会うよ」
俺はそれを知ってる。
いまは悪夢にうなされる夜ばかりかもしれない。でも。
心を支えてくれる仲間に、いつかお前は出会うんだ。
だからそれまで、もう少し。
頑張れ、とクラピカの手をぎゅっと握ってやれば。
ほんの少し、彼の表情が和らいだような気がした。
シャルにクラピカに…私の好きなひと詰め込み。
[2011年 4月 1日]