第14話−キルア視点

あーあ、150階までようやく行ったと思ったのにさ。
なんか最近うまくいかない。上がっては落ちて、上がっては落ちての繰り返しだ。
おれはさっさと200階に行きたいってのにさ。
の部屋で苛々と過ごしていると、あいつはチョコロボくんを投げてきた。
その目許がわずかに細められている。それが笑ってるんだと、最近になってわかった。

暗殺者に心はいらない。熱をもたない闇人形であれ。
そう育てられてきたおれは、のなんでもない行動によく驚く。

初めて会った日もそうだ。勝って50階にいったらジュースとか渡されるしさ。
その後も同室になって、メシ食わせてくれたり。手料理まで用意してきたときはびびった。
おねだりすればお菓子も買ってくれる。この間はスケボーまでくれたんだぜ?
どんなお人好しだよ、って思うけど。きっと強いからできることなんだ。
強いから、警戒するところと、しなくていいところの区別がつくんだろう。親父やじいちゃんみたいに。

一回も負けずに200階まで行ったに早く追いつきたくて。
でもそれができず悔しくて。

ー、おれちょっとスケボーのれんしゅうしてくる」
「んー」

外の空気でも吸ってくるか、とおれは市街でスケボーの新技に挑戦することにした。







しばらくスケボーで色んなところを回ってたら、オープンテラスにいるを見つけた。
声をかけようかとも思ったんだけど、見たことのない真面目な顔に口を噤む。
なんだ?あいつがそんな顔してるのってめずらしい。
スケボーを抱えて、おれは気配を殺しながら少しずつに近づく。
水の入ったグラスをじっと見つめてたが、ふと口を開いた。

「…面倒なことは嫌いなんだが」

誰にたいして言ってんだよ、と思ったおれははっと視線を移動させる。
の背後に、不気味な男が立っていた。さっきまではいなかったのに。
けどは気づいていて、平然と後ろを振り返らずに声をかけている。
面倒臭そうに溜め息を吐いて、背もたれに寄りかかりながら振り返る姿は緩慢だ。

声をかける前に気づかれた男は、少しだけ緊張した様子で。

「…お前、連れのガキがいるだろう」
「………キルアのことか?」

まさかおれの名前が出てくるなんて思わず、息を詰める。
なんだよ、なんでそこでおれの名前が出てくるんだよ。

「そのガキが可愛かったら、三日後に試合の申し込みを出せ」
「………ん?」
「そして俺に勝ちを譲れ」
「……………」

はああ?なんだよそれ、どんだけきたねえんだよ200階の連中。
正々堂々と戦っても勝つ見込みがないからって、いたいけな子供を脅しに使うか?
つーか、おれを脅しに使うってどういうことだよ。殺されたいのかあいつ。

「…別に一敗ぐらい、くれてやってもいいけど」

表情も変えずに言い放つにおれはぎょっとした。
そりゃ4敗しなければ失格にはならないから、一回ぐらいいいのかもしんねーけど。
こんなやつにが負けるなんてごめんだからな。しかもおれが原因とか。
やられるわけねーじゃん、おれがこんなやつに。

「ほう?随分と余裕じゃないか」
「あんた、後悔することになるぞ」
「あぁ?」
「キルアは、そう簡単にやられるような子じゃない」

不満に思っていたところに、さらりとそんなことを言われて。
おれは顔がかあっと熱を持つのを抑えられなかった。はずい!あいつ、超はずい!
ああもう、聞いてらんねー!

おれは恥ずかしさのあまり、さっさとその場を立ち去った。
すでに我が家のようになっているの部屋に入り、ぼふりとベッドにダイブ。
そしてじたばたと足をばたつかせた。
無表情で兄貴みたいな奴かと思えば、あんなことをさらりと言えてしまう。
ものすごく恥ずかしい奴だけど、だからこそ気楽なんだ、あいつといて。
あんなふうに当たり前のようにおれを受け入れて、認めてくれる奴って初めてだから。

がちゃ、という音と共に部屋の主が帰ってきた。
やたら唸っているに、あの後会話はどうなったんだろうかと眉を寄せる。
まさか本当に、不戦敗とかする気じゃないだろーな?

じっとこちらを凝視してくる焦げ茶の瞳に、おれも目を逸らさない。
ややあって、むこうが躊躇いがちに口を開いた。

「………なあ、キルア」
「何」
「…三日後、鬼ごっことかしてみない?」
「は」

鬼ごっこって、何。






の提案してきたことは、ひとつ。
あいつの試合が終わるまで、おれは誰にもつかまっちゃいけないというゲームだった。
おれが人質にならないように、ってことなんだろうけど。訓練にもなるし、すぐOKした。
三日後だけが危険なわけじゃない、すでに今からおれは狙われてる可能性がある。

ひとの気配を察知することも、殺気に気づく自信もある。
鬼ごっこに勝つことができたら、チョコロボくん一ヶ月分をくれるとが言ってくれた。
それもあって、おれはやる気満々。絶対に逃げきってみせるぜ。
ミケと鬼ごっこする方がよっぽどむずいってーの。
にやりと笑うおれに、が満足気に笑って頭を撫でてきた。
だから子ども扱いするなよな。そう思うけど、最近じゃこれが嫌ではなくなっている。


「ん?」
「かんぺき逃げきるから、お前も勝てよな」

すると、少しだけびっくりしたようにが目を見開いた。
おれが何にも知らないと思ったんだろ。みくびるなよ、おれだってここで戦ってるんだ。

じっと睨み上げれば、苦笑したがまた頭を撫でてくる。

そして呟いた。

勝つよ、と。






キルア坊ちゃん、大人びすぎてますね…。

[2011年 4月 1日]