キルア坊ちゃん、大人びすぎてますね…。
[2011年 4月 1日]
あーあ、150階までようやく行ったと思ったのにさ。
なんか最近うまくいかない。上がっては落ちて、上がっては落ちての繰り返しだ。
おれはさっさと200階に行きたいってのにさ。
の部屋で苛々と過ごしていると、あいつはチョコロボくんを投げてきた。
その目許がわずかに細められている。それが笑ってるんだと、最近になってわかった。
暗殺者に心はいらない。熱をもたない闇人形であれ。
そう育てられてきたおれは、のなんでもない行動によく驚く。
初めて会った日もそうだ。勝って50階にいったらジュースとか渡されるしさ。
その後も同室になって、メシ食わせてくれたり。手料理まで用意してきたときはびびった。
おねだりすればお菓子も買ってくれる。この間はスケボーまでくれたんだぜ?
どんなお人好しだよ、って思うけど。きっと強いからできることなんだ。
強いから、警戒するところと、しなくていいところの区別がつくんだろう。親父やじいちゃんみたいに。
一回も負けずに200階まで行ったに早く追いつきたくて。
でもそれができず悔しくて。
「ー、おれちょっとスケボーのれんしゅうしてくる」
「んー」
外の空気でも吸ってくるか、とおれは市街でスケボーの新技に挑戦することにした。
しばらくスケボーで色んなところを回ってたら、オープンテラスにいるを見つけた。
声をかけようかとも思ったんだけど、見たことのない真面目な顔に口を噤む。
なんだ?あいつがそんな顔してるのってめずらしい。
スケボーを抱えて、おれは気配を殺しながら少しずつに近づく。
水の入ったグラスをじっと見つめてたが、ふと口を開いた。
「…面倒なことは嫌いなんだが」
誰にたいして言ってんだよ、と思ったおれははっと視線を移動させる。
の背後に、不気味な男が立っていた。さっきまではいなかったのに。
けどは気づいていて、平然と後ろを振り返らずに声をかけている。
面倒臭そうに溜め息を吐いて、背もたれに寄りかかりながら振り返る姿は緩慢だ。
声をかける前に気づかれた男は、少しだけ緊張した様子で。
「…お前、連れのガキがいるだろう」
「………キルアのことか?」
まさかおれの名前が出てくるなんて思わず、息を詰める。
なんだよ、なんでそこでおれの名前が出てくるんだよ。
「そのガキが可愛かったら、三日後に試合の申し込みを出せ」
「………ん?」
「そして俺に勝ちを譲れ」
「……………」
はああ?なんだよそれ、どんだけきたねえんだよ200階の連中。
正々堂々と戦っても勝つ見込みがないからって、いたいけな子供を脅しに使うか?
つーか、おれを脅しに使うってどういうことだよ。殺されたいのかあいつ。
「…別に一敗ぐらい、くれてやってもいいけど」
表情も変えずに言い放つにおれはぎょっとした。
そりゃ4敗しなければ失格にはならないから、一回ぐらいいいのかもしんねーけど。
こんなやつにが負けるなんてごめんだからな。しかもおれが原因とか。
やられるわけねーじゃん、おれがこんなやつに。
「ほう?随分と余裕じゃないか」
「あんた、後悔することになるぞ」
「あぁ?」
「キルアは、そう簡単にやられるような子じゃない」
不満に思っていたところに、さらりとそんなことを言われて。
おれは顔がかあっと熱を持つのを抑えられなかった。はずい!あいつ、超はずい!
ああもう、聞いてらんねー!
おれは恥ずかしさのあまり、さっさとその場を立ち去った。
すでに我が家のようになっているの部屋に入り、ぼふりとベッドにダイブ。
そしてじたばたと足をばたつかせた。
無表情で兄貴みたいな奴かと思えば、あんなことをさらりと言えてしまう。
ものすごく恥ずかしい奴だけど、だからこそ気楽なんだ、あいつといて。
あんなふうに当たり前のようにおれを受け入れて、認めてくれる奴って初めてだから。
がちゃ、という音と共に部屋の主が帰ってきた。
やたら唸っているに、あの後会話はどうなったんだろうかと眉を寄せる。
まさか本当に、不戦敗とかする気じゃないだろーな?
じっとこちらを凝視してくる焦げ茶の瞳に、おれも目を逸らさない。
ややあって、むこうが躊躇いがちに口を開いた。
「………なあ、キルア」
「何」
「…三日後、鬼ごっことかしてみない?」
「は」
鬼ごっこって、何。
の提案してきたことは、ひとつ。
あいつの試合が終わるまで、おれは誰にもつかまっちゃいけないというゲームだった。
おれが人質にならないように、ってことなんだろうけど。訓練にもなるし、すぐOKした。
三日後だけが危険なわけじゃない、すでに今からおれは狙われてる可能性がある。
ひとの気配を察知することも、殺気に気づく自信もある。
鬼ごっこに勝つことができたら、チョコロボくん一ヶ月分をくれるとが言ってくれた。
それもあって、おれはやる気満々。絶対に逃げきってみせるぜ。
ミケと鬼ごっこする方がよっぽどむずいってーの。
にやりと笑うおれに、が満足気に笑って頭を撫でてきた。
だから子ども扱いするなよな。そう思うけど、最近じゃこれが嫌ではなくなっている。
「」
「ん?」
「かんぺき逃げきるから、お前も勝てよな」
すると、少しだけびっくりしたようにが目を見開いた。
おれが何にも知らないと思ったんだろ。みくびるなよ、おれだってここで戦ってるんだ。
じっと睨み上げれば、苦笑したがまた頭を撫でてくる。
そして呟いた。
勝つよ、と。
キルア坊ちゃん、大人びすぎてますね…。
[2011年 4月 1日]