流星街育ちと誤解されております。
[2011年 4月 1日]
という面白い青年と出会って二年近く経った。
呪いの石版についての情報が欲しい、と持ちかけてきた彼に二つ返事で頷いて。
その打ち合わせと報酬の一部もかねて、今日は彼と会う予定だ。
人が賑わう広場、そこの中央にある時計塔の下での到着を待つ。
携帯をいじりながら時間を潰していると、広場がわずかにざわめいたような気がした。
視線を上げると、人波の間を悠然と歩いてくる待ち人が見える。
彼の放つ独特の雰囲気と、冴え冴えとした表情。
それらを包む黒い髪に、感情を読み取ることが難しい焦げ茶色の瞳。
その全てが行き交う人々の視線を集める要因になっているのだけれど。
当人はそんな視線には慣れているのか、全く気にした様子がない。
「。待ち合わせ時間ぴったりだ」
「先に来ててくれたのか、悪い」
「こっちに来てもらってるんだし、気にしないでよ」
人々に注目される男が、真っ直ぐに俺のところに来る。
なんだかそれがやたら楽しくて、携帯をしまってとの距離を縮める。
すると彼は大事そうに抱えていた箱を差し出してきた。
「シャル、これケーキ」
「ありがとう!に連れてってもらってから、ここお気に入りなんだ」
「ショートケーキと、あと季節限定のケーキをいくつか」
「ほんと?楽しみだなぁ」
「持って帰って、家のひとと食べて」
報酬に含まれてもいる、ケーキ。
俺ひとりの分にしては大きいから、相当な数入ってるんじゃないかな。
旅団の皆に配るんでもいいけど…せっかくだし、俺ひとりで食べたいところ。
あー、でも今日俺が誰かと出かけてることは勘付かれてるしなぁ。
根掘り葉掘り聞いてくるうるさいのもいるから、このケーキで黙らせた方がいいだろうか。
「それじゃなんか悪いな。あ、じゃあ食事は俺が奢るよ」
「いや、それじゃおかしいだろう。俺の依頼の報酬に食事も込みだろう?」
「ああ、いいのいいの。このケーキで帳消し」
俺の言葉にがぱちぱちと目を瞬く。
そんなのでいいのか?と無言で訴えられ、俺は笑って話題を変えた。
「なんか食べたいものとかある?この辺りなら、だいたいの店はあるけど」
「…そうだな…。ジャポンの店とか、あるか?」
「あぁ、それなら知り合いが贔屓にしてる店がある。行こうか」
俺としては、と過ごせるだけでかなりの報酬に値するんだよね。
まだまだ謎な部分は多いし、調べてみたいこともけっこうあるから。
ノブナガがよく通っている蕎麦屋に顔を出す。
ここはノブナガにしてはかなり良い店で、マチやクロロも気に入っているところだ。
もどこか嬉しそうにしていて、選択が間違っていなかったとわかる。
よかったと笑いながらまず先に俺は仕事の話を終えてしまうことにした。
携帯を取り出し、頼まれていた依頼の情報を引き出す。
「の依頼だけど、ざっと確認しただけでもけっこうあるよ」
「やっぱり」
「こういうのでいい?」
「…うん、そういうのでいい。情報さえもらえれば、あとは自分で確認する」
「了解。でもどうしてこういうのに興味あるの?」
「え?」
「あ、これも報酬料金に含めるってことで」
まず知りたかったことのひとつが、これ。
呪いとかそういった類に興味のある人間には見えないんだよね。
なのにどうしてこんな情報を欲しがるのか。そう尋ねてみると。
わずかに迷う素振りを見せて、は小さく呟いた。
「俺の…故郷の手がかり、かな」
「へえ、の故郷。そういえばって謎だらけだよね」
「え?」
「天空闘技場に来る前の情報がほとんどない。旅してた、ってのはわかったけど」
「…あぁ、調べたのか」
「気になったからね。ずっと旅暮らし?」
「いや。旅に出る前はゴミ山で暮らしてたよ」
その言葉に、やっぱりと思う。
俺に調べられないことって、あんまりないんだけど。彼の情報は驚くほどない。
天空闘技場に辿り着く前は、ほんの少しの間旅をしていたらしい。
けれどさらにその前の情報となると、途端に何も出てこなくなるのだ。
彼の生まれも、どこで育ったのかも、何をしていたのかも。
両親や親族の名前すらも調べることはできなかった。
そうした状況にある人間というのに、俺は心当たりがある。
つまりこの世界に存在しない者として扱われている、俺たちと同じ。
の言うように《ゴミ山》で生まれ育った者なら、情報がないことにも頷ける。
「ゴミ山…ねえ。なんで?」
「さあ?気がついたら、そこにいた」
流星街で育った者たちのほとんどは、なぜ自分たちがそこにいるかを知らない。
気がつけばゴミの中にいて、生きていくしかなかったのだ。
そのことに同情の念は覚えない。だってそれが俺たちにとっては普通だから。
運ばれてきた蕎麦に口をつけて、でもと思う。
彼の故郷の手がかりという呪いの石版。
つまりは、捨てられる前の自分をは知っているということだろうか。
しかも呪いなんて物騒な代物。それを手がかりに何を調べようというのか。
この依頼に関わっていればそのうち分かるかな。そう俺は楽しみにすることにした。
蕎麦屋を出た俺たちはその後ぶらぶらして。
途中で缶コーヒーを買って、街中を散策する。
って、なんかちくちくと首の後ろが痛い。これは殺気かな。
随分と殺気の消し方が下手だなぁ、と量の少なくなってきたコーヒーに口をつける。
この視線の方向は俺を狙ってるっぽい?
「………モテるな、シャル」
「この場合は嬉しくないなぁ。せっかく二人でのんびりしてるのに」
やっぱりこんだけ殺気駄々漏れじゃも気づくよねー。
さて、面倒だけど。
「」
「シャルに付き合うよ」
小さく笑って拳を握るに、なんだか愉快な気分だ。
けっこうノリが良いんだ、と口角が上がるのが自分でも分かる。
そりゃそうか、天空闘技場なんて場所にいるぐらいなんだし。
「なら、いくよ」
とりあえず、遠慮なく暴れられる場所に行こう。
そう駆け出す俺の後を追って、も走り出した。
流星街育ちと誤解されております。
[2011年 4月 1日]