直に人が死ぬところを目撃するのは初めてです。
[2011年 4月 1日]
なんでだか走り出したシャルを追いかけて二十分ほど。
気がつけば街中を出て、ほとんど人通りのないような場所へと辿り着いていた。
こ、こんなにぶっ続けで走ったの久しぶりなんだけど…!
あぁでも体力だいぶついたんだなぁ、あんまり息が上がってないや。
廃墟に入ったところで、ふとシャルが足を止めた。
それに倣って俺も足を止める。あ、そういえば缶コーヒー持ったままじゃん。
どうしよう、ポイ捨ては駄目だよな。でもこのまま持っててもしょうがないし…。
どっかゴミ箱とかないだろうか、つっても廃墟にあるゴミ箱なんて誰も回収しないよな。
ちらりと建物の奥へ視線を走らせてみるものの、目的のゴミ箱はなさそうだ。
「…シャルは、ゴミはそこら辺に投げ捨てる派?」
「んー、邪魔にならないならそうしちゃうかも。はちゃんと片づける派?」
「ひとの迷惑になりそうだったら。俺の代わりに片づけるひとに悪い」
「あはは!確かにゴミ処理って面倒だよねー。でもまあ、誰も来ない場所だし、いいんじゃない?」
まあ、お掃除のひととかも来ないだろうしな。缶ひとつぐらいいいだろうか。
…マナーとかそういうのを気にする俺としては良心が痛むが、今回は許してもらおう。
シャルがいいって言ったしさ!(そうだよ俺は影響されやすい日本人だよ!)
缶を捨てるべく、建物の奥へじゃりっと一歩を踏み出すと。
いままさに俺が向かおうとしていた方向から男たちが飛び出してきた。
え、ひといたの!?
「なんだ、自分たちから出てきちゃったんだ」
「………知り合いか?」
「ううん、全然。大方、俺の首でも狙ってるんじゃない?」
「その通り。おとなしく捕まった方が利口だぜ兄ちゃん」
「痛い目みたくなければな」
あ、そうか。シャルって賞金首なのか。
「俺たちに気配気づかれてたくせに、よくそう大きい口叩けるなぁ」
「……シャル、俺は」
「俺のお客さんだから任せて。はこれ持っててくれればいいから」
そう笑ってケーキの入った箱を預けてくるシャル。
いやあのシャルさん、俺まったくそのひとたちの気配に気づいてなかったんですが…!
こちらの手から缶を抜き取り、シャルはそのふたつを大きく振りかぶった。
缶を覆うようにオーラが注ぎ込まれるのが分かり、目を瞬く。
剛速球、という表現でも生易しいような凄まじいスピードで缶が空気を裂いた。
何かがめり込むような音がして、顔面で缶を受け止めた男ふたりが仰け反り倒れる。
………あの、いま骨に達したような音がしたんですが。
顔にその攻撃って…そ、そのひとたち死んじゃってるんじゃね!?
「誰も来ない場所だし、別に片づける必要はないよね」
「………大きなゴミだな」
っていうかゴミじゃないよね、これ…。人間だよ人間!
俺は何も見なかった振りをして、早く外に出たいと廃墟の入り口へ視線を向ける。
………………………。
「あ、入り口塞がれちゃってる。まだお客さんいるみたいだ」
「……本当に、人気者だなシャル」
「それほどでも」
入り口からどやどやと男たちが入ってくる。
皆やたらとごつくて筋骨隆々。しかもそれぞれ手には物騒な武器を持っている。
うわーん、こんな怖い集団に囲まれたことなんて俺ないよー!
集団リンチってレベルでもないじゃないかこれっ。
「ごめん、。この人数を俺ひとりで相手すんのは無理かも、あはは」
「……嘘つけ」
「少しぐらいは協力してくれよ」
「最低限のことしかしないぞ」
そう、つまりは俺の身を守ることしかしないからな(真剣)
俺たちの会話を遮るように一番ガタイの良い男が棍棒を手に飛び込んでくる。
咄嗟のことで俺はびっくりして仰け反った。と、思ったら足が滑ったー!!
ひいぃ、この状況で転ぶとか恥ずかしすぎるだろ俺!
慌ててコンクリートの床に手をついて立ち上がろうとした…んだけど。
さらに襲いかかってきた男の足を引っ掛けてしまった。あわわわ、すいませんすいません!
距離をとらねばと後ろに飛んだ拍子に、肘に衝撃が走る。
ん!?と振り返ると、俺の肘が腹にめり込んで吹っ飛んでいくひとが。
………どうしよう、俺もしかしたら殺されるかもしれない。
わざとじゃないのにこんだけ攻撃しちゃったら、敵として認識されてしまう。
なんかもう、三途の川が見えてきそうで目が遠くを見つめる。
「あはは、さすが」
それは俺が墓穴堀りのマスターってことかー!!!
「できるものなら、俺は戦いたくない」
いまからでも入り口から逃げらんないかなー、と俺は視線をちらりと移動させる。
こんだけ乱戦になってると無理かな。いや俺の念能力を使えば可能だろうけど。
でもここでシャルを置いて逃げたら、その場は無事でも後で殺されそうじゃね?
ああくそう、入り口があんなに近くにあるのに恨めしい。
その視線の先を追ったシャルが、男の攻撃をひらりと避けながら苦笑した。
「だってさ、フィンクス」
「チッ」
「………………」
入り口にすっと影が立ち、それが誰かをみとめて俺はびっくり。
幻影旅団の団員、フィンクスが立っていたのだ。え、なんで彼が…?
っていうか本当に眉毛ないんだフィンクス、と変なところに感動する。
動きやすそうなジャージに身を包み、ポケットに両手を突っ込んだまま近づいてくる。
なんだあ?と余裕の表情で振り返る男はフィンクスより頭三つ分ぐらい高い。
や、やめとけ、フィンクスは旅団の中でもかなり戦闘力が高い…!
と俺が心の中で冷や汗を流している間に、男たちは一気に屠られてしまっていた。
フィンクスの攻撃の威力と速さもかなりのものだが、シャルの躊躇いのなさも恐ろしい。
人を殺す、という行為に何も感じていないのだ彼らは。
それを目の当たりにして、俺はただぼんやりと立つことしかできない。
漫画やアニメの中で繰り広げられてきた、血が飛び散る光景。
鉄の臭いが鼻につんと上ってきて、これが現実であるのだと訴えてくる。
ゴミ山で生活してたときだって死体はいくつも見てきた。それでも。
こんな風に、まるで紙を破り捨てるような容易さで奪われていく命を見ているのは。
とても、恐ろしいことだった。
直に人が死ぬところを目撃するのは初めてです。
[2011年 4月 1日]