第32話−キルア視点

200階に行く、ってことが目標になってたから。
それを達成した後に家に帰らなきゃいけないってことを、おれはすっかり忘れてた。
帰るにしたって、もっとゆっくりできると思ってたのに。
いきなり明日迎えが来るなんて聞いて、おれは絶対にやだ!と叫んだ。

けどは訳が分からない、って顔で首を傾げてる。
その顔にものすっげえ腹が立った。だって、ここでお別れってことなのに。

「キルア、何がそんなに嫌なんだ」
「………………」
「目標を達成したんだ。胸張って家に帰れる」
「………」
「帰れるなら、帰れ。帰れなくなってからじゃ遅い」

言い聞かせるようなの声は、少しだけ悲しげだった。
帰る家があるのに帰ろうとしないおれを、責めているようにも感じるぐらい。

は…」
「ん?」
「ここに、のこるのか?」
「あー…」

わずかに口ごもったは、わからないって言う。
基本的には嘘を言わない。本当のことも言わないことがあるけど。
それでも、嘘だけは言わないんだ。
だから本当に、この後どうするかは決まってないんだろうなって思う。

でもそれじゃなおさら、おれとの繋がりがなくなる。

「他に行く宛てはないから、残るかもしれない。でも、出て行くかもしれない」
「なんだよそれ。の家は?」
「家族はいないし、故郷と呼べる場所もないんだ」

もうない場所へ思いを馳せるように、遠くを見つめる横顔。
ときどき、こういう顔をする。おれはのこの顔があんまり好きじゃない。
だってこのまま、おれの追いかけられないような、どこか遠くへ行っちゃいそうで。
いまにも消えそうに感じて、思わずおれはの袖をつかんでた。

「…どうした?」
「………
「ん?」
「…おれん家の子になればいいのに…」
「気持ちは嬉しいが…俺には無理だよ」
「けど!」

の声が、困ったように苦笑してるのがわかる。
こんなのおれの我が儘だって、わかってるよ。でも、でもさ。

「…と…会えなくなっちゃうじゃん…」

ぽつりと本音を漏らせば、少し乱暴に頭を撫でる大きな手。
は家族も故郷もなくひとりでずっと生きてきたんだろう。
そしてこれからもそれでいいと、そうしていこうと決めてるんだ。
けどおれは、そんなの嫌だとなぜか無性に思う。

「キルアが会いたいと思うなら、いつだって会えるさ」
「…本当に?」
「俺の携帯は知ってるだろ?連絡してくればいい」
「……うん」
「一緒に遊んだりしたいなら、呼べばいい。仕事がなければ、来れるから」

言い聞かせるような言葉は、おれのための逃げ道。
繋がりを残しておいてくれようとする、の優しさ。

「……ぜったいだぞ」
「ああ」

だからおれは素直にそれに甘えることにした。
指きりをしようと小指を差し出せば、焦げ茶色の瞳が不思議そうに瞬く。
ほらも小指だす!と言えばすんなりと差し出された小指。
ゆーびきーりげーんまーん、と歌っているときょとんと瞳がおれを見つめていて。

これ知らねーの?」
「……知らない」

指きりも知らないって、やっぱり過酷な子供時代を過ごしてきたんだろうか。
おれの家だってまともじゃないのに、はそれよりももっと悲惨な状況だったのかもしれない。
そう思うとまた胸がちくりと痛くなって。寝ようとするの腕におれはぶら下がった。

「なあなあ、いっしょに寝ていい?」
「いいけど…寝相悪いからなキルア」
「えー、いいじゃん」

最終的にはいつも折れてくれる
それが分かっているからおれもベッドについていきながら、ふと思い出したことがあった。

「つかさ、なんで兄貴と連絡とってんの」
「俺が聞きたい。勝手に番号とメールを調べられてたんだ」
「ふーん」
「まあ…仕事を紹介してくれるから、感謝はしてる」

兄貴がわざわざ調べて仕事を振るってことは…やっぱ腕良いんだ。
さっきカレー作ってるときの包丁捌きもすごかったし。
色んな斬り方の説明も面白かった。今度、試してみようって思うぐらいに。

ベッドにダイブして、の隣りに入る。
灯りを消して、けどなんだかこのまま寝るのは惜しくて。

「キルア」
「んー?」

呼びかけてくれるその声に、耳を澄ます。

「寂しくなるな」
「べっ、べつにおれは」
「おやすみ」

やっぱ最後の最後まで子供扱いかよ、なんて思うけど。
むぎゅ、と強いぐらいに抱き締める腕がやたら嬉しくて。
くるしいって!と抵抗してみれば、遊ぶようにさらにの腕の力が強くなった。








空港に向かったおれは、すぐにゾルディック家の自家用機を発見。
そんでもって、そこに立つ兄貴の姿まで見つけて眉を寄せた。
なんだよ、なんでここにわざわざ兄貴がいるんだ?

「や。キル」
「………よう」
「うん、元気そうだ。、弟が世話になったね」
「俺は何もしてない。キルアはもともと強いよ」

ぽん、と俺の頭に手を置くの目はわずかに細められ、笑っているとわかる。
な、なんかこいつに認めてもらえるとすっげー嬉しいっていうか、むずがゆいっていうか。

「じゃあ、俺はこれで」

って、もういっちゃうのかよ!
びっくりしていると、「待った」と兄貴が声を響かせた。
足を止めたは振り返らない。大した用件じゃないなら帰る、って感じだ。
こうやって見ると、やっぱりは基本的に他人と関わろうとしないタイプなんだろう。
おれと初めて会ったときも、すっげえ素っ気なかったし。

、父さんと母さんが食事に呼んでる」
「………俺を?」
「お礼がしたいんだって。キルも、彼に来てほしいだろう?」
「え?…あ、うんうん!すっげー、来てほしい!」

よっしゃ、まだといられるなら願ったり叶ったりだ。

「………気持ちは嬉しいが」

ぴりぴりと殺気にも近い気配を滲ませるは、おれの家族を警戒してる。
まあそりゃそうだよな、暗殺家業をやってる一家なわけだし。
おれから見ても、すっげー変な家族って思うし。

「遠慮しなくていいから。さ、行くよ」

そう言って歩き出す兄貴の背中が、今日はやたらと頼もしかった。



キルアの中の主人公設定はどうなっていくのか。

[2011年 4月 15日]