第33話

父さん、母さん、先立つ不幸をお赦し下さい。
………って、もう両親とも天に召されてんじゃねえか、意味ねえよこれ。
あーもう、遺言書とか残す相手もいないって切ない俺!
しかも不幸じゃなくて不孝だ不孝、落ち着け。
こんなとこで死のうもんなら、じーちゃんとかなら情けないのうと鼻で笑うに違いない。
くそう、腹立ってきたぞ。

イルミによる強引なゾルディック家ご招待に巻き込まれた俺。
いまはククルーマウンテンに向かう飛行船の中だ。
自家用機はかなり豪華なもので、とても飛行船とは思えない内装である。
さっきまでキルアと一緒にゲームをしてたんだけど、いまちびっ子は俺の膝を枕にお昼寝中。

どうしよう、どんどん近づいてきちゃってるよゾルディック家。
お礼なんていらないから、俺を解放してほしい。まだ死にたくない。

、あと十分ぐらいで着くから」
「…わかった」

ぎゃー!どうしよう、どうしよう。
逃げたいと思ってもいまは空の上なわけだし、甘えん坊キルアがしがみついたままだ。
現地に到着してから逃げるか?いやいや、そうなったらゾルディックの庭のようなもの。
暗殺者から逃れることなどほぼ無理に違いない。……諦めて死ぬしかないんだろうか。

うわーん、死ぬ前に一度くらいは綺麗なお姉さんと甘い夜とか過ごしてみたかった!

「んー……」
「…キルア、そろそろ着くみたいだぞ」
「もう?」

キルアが眠そうに目をこすったところで、がたんと床がなくなった。

………………は?

本当に俺が触れていた床がなくなったことに、頭がついていかない。
そして一瞬だけふわり、と身体が浮いて。あとはそのまま急降下。

ちょっと待ってえええぇぇぇぇぇぇ、なんでいま落下してんの俺たちー!!?

悲鳴を上げようにも凄まじい風圧で口を開けられない。
とりあえずいまにも腕から離れて吹っ飛びそうなキルアを抱え込む。
眼下に見えるのは鬱蒼と広がる森…っていうか、山?
どんだけ広いんだこの敷地、と思う山の麓を囲む長い長い石の壁。

あ、ひょっとしてあれ試しの門じゃね?

そんなことを考える俺は、多分現実逃避をしたいんだろう。
ぐんぐん地面が迫ってきてるとか、見なかったことにしたい。ミンチだよミンチ!
まさかゾルディック家に辿り着く以前に死ぬことになろうとは思わなかった。
………って、諦めてどうする!?腕にはキルアもいるんだ、なんとしてもキルアだけは!

…まあ、俺だけミンチ状態になって、キルアはぴんぴんしてるとか大いにありそうだが。
幸い地面までの距離が長いおかげで、頭から落下することはなさそうだ。
一番最初に地面と接するであろう背中に、俺はありったけのオーラを集める。

どうか、ミンチになりませんように…!!!

凄まじい爆音が耳の傍で破裂し、一瞬聴覚が麻痺する。
視界を覆う土煙が目に入らないように必死に瞼を下ろし、感じるキルアの温もりを抱き締める。
げほごほと咽るキルアの声が聞こえて、俺はいつもの癖でぽんぽんとその背中を叩いた。

「ちょ、ダイナミックすぎ」
「………大丈夫か」
「目に砂入った。いってー」

っていうか、俺生きてる?…生きてる!生きてるよ俺!!
うわーん、天国の父さん母さんありがとう…!世界違うから、天国にいないかもだけど!

なんとか上半身を起こせば、石畳だったろう場所に俺を中心にクレーターができてる。
………それだけ衝撃がすごかったってことだよな。どんだけの高さから落とされたんだ。
念の修行しててよかった、と今回ほど思ったことはない。うー、いまになって震えが。
けどキルアの手前がくぶる震えるわけにはいかないし、我慢だ俺。

立ち上がってクレーターから這い登ると、試しの門が見えた。
………あれ、まだゾルディックの敷地内に入ってないのかこれ。
まさかの試しの門の目の前に落とされたのか、俺。

「これはキルア坊ちゃん!」
「えーと…ブゼロだっけ?」
「ゼブロでございます」

むしろそっちの方が覚えにくくないか、キルア。

「二年ぶりでございましょうか、お帰りなさいませ。奥様も長くお待ちで」
「かってに追い出しといてそりゃないよなー」
「坊ちゃんを思えばこそでございますよ」
「ちぇー」
「キルア。無事に家まで辿り着けたなら、俺はここで」
「なに言ってんだよ。食事してくんだろ?」

してきたくないんだよ俺はー!!
けろりとした表情を浮べて振り返るキルアと、いまにも泣きそうな俺。
それを交互に見やったゼブロは、わずかに困ったように首を傾げて笑った。

様でしょうか?」
「……あぁ」
「イルミ坊ちゃんから言伝をあずかっております」
「………言伝?」
「はい。『キルを本邸まで連れてってくれる?俺は飛行船仕舞わないとだし』…とのこと」

お前が運転してたわけじゃねえだろイルミー!!
いや、飛行船の運転はできるんだろうけど、でもちゃんと運転手いたの知ってるぞ俺は!
……あ、この場合は操縦って言い方になるのか?ってそんなことはどうでもいい。
本邸って…執事たちが住んでる邸よりもさらに奥ってことだろ?
………そんな未知の領域に足を踏み込みたくはないんだけど。マジで。

「なにしてんだよ、いこーぜ」

来るのが当然、とばかりに引っ張るキルアに涙が出てくる。
ちょっと待ってくれキルア。俺まず試しの門を越えられないから、多分。

小さな足で巨大な門の前に立ったキルアは、ふん!と両開きの扉を押した。
ゆっくりと明らかに重そうな音を響かせて巨石で作られた門が開いていく。
………うわー……もうすでに二の扉まで開くのかお前。えっと、何トンになるんだこれ?
っていうかこれ、俺ついて中に入ってもいいんか?それとも自力で開けないと駄目とか。
…そうだった場合、開けられないんで遠慮します、とか理由に断れないかな。

そんなことを考えている間に、キルアの開いた門が閉じていく。
こちらを振り返ったキルアが怪訝そうに眉を寄せていて、俺は苦笑い。
多分これでさよならだー、とひらひら手を振ると猫目がびっくり見開かれた。
あはは、こんなとこでお別れなんて思わないよな。ごめんよー、非力で。

「さて」

キルアとイルミが捕獲に来る前に逃げよう。
自力じゃ無理だけど、旅団とかにお邪魔すれば逃げきれるかもしれない。
シャルにでも頼んでみるかな、と振り返ったところで俺は硬直した。

………あの、えっと、物騒な強面のおじさん達がずらりといらっさるんですが。

「ああ?なんだてめえ、ゾルディックの関係者か」
「………」
「いま中に入ってったの、ひょっとしてゾルディックのガキじゃねえのか?」
「そりゃいい、人質にしてやろうぜ。おい、この門開けろジジイ!!」
「わわ、ちょ、困りますよあんた達」

ゼブロさんが胸倉をつかまれ宙吊りになる。
ちょ、ちょっと待ってよ、もしかしてこの人たちブラックリストハンター?
うわああぁ、シャルのときといいなんて間が悪いんだ俺!
って、ゼブロさんの顔がどんどん青くなってるんだけど!あれ呼吸ができてないんじゃ。

慌てて駆け寄ろうとして、思い切り俺はつんのめってしまった。
………どうしてこう足元が疎かなんだ、俺。何度蹴つまずけばいいんだよう!

「…っ…てめええ!!やんのか、ああん!?」

なんか物凄い形相で睨まれてるー!!?
なんで、俺まだ何もしてないじゃん!ひとりでずっこけそうになってただけじゃん!
何、一人で恥ずかしいことしてんじゃねえよ、とかそういう怒りなのこれ!?
むしろ怒鳴りたいの俺だよ、主に恥ずかしさで!

「…そのひとを放せ」
「兄ちゃんが門を開けてくれるなら、放してやってもいいぜ」
「無理だ」

俺に開けられるわけないだろうがあぁぁぁぁ!!

「なら、こっちも断るしかねえなぁ」
「兄ちゃん、ゾルディックの関係者なら、あんたも賞金かかってんじゃねえのか?」
「ああ、その可能性もあったな。おいお前ら、この兄ちゃんも縛り上げときな」
「おうよ」

いや、俺はただのしがない運び屋で。
そりゃ、ちょっと人には言えないものも運ぶことはあるけど。

つか、捕まって突き出されたら身分証がないことバレちゃうじゃん!

捕まるわけにはいかない、と距離を詰める男たちを睨む。
どうする、どうする俺!

ほんと、どうすんの俺ー!!?





巻き込まれ体質な主人公。

[2011年 4月 19日]