第34話−ゼブロ視点

今日は二年ぶりにキルア坊ちゃんがお戻りになる日ということで。
邸全体がどこかふわふわとした空気に包まれているように感じられますねえ。

ゾルディック家の中でもキルア坊ちゃんはとりわけ可愛がられておいでのようで。
暗殺者としての才能が素晴らしいこともありますが、あの天真爛漫なお性格のためもあるかと。
無邪気に遊ぶそのお姿は、私からしても微笑ましいと感じられます。
そんなまだまだあどけないキルア坊ちゃんが、天空闘技場で修行。
そう聞いたときは仕方ないこととはいえ、やはり胸が痛みましたねえ。

…といっても、二年で200階まで到達して戻ってこられるのですからやはり凄い。
私どもとは住む世界が違うのだと、改めて思い知らされた気分ですよ。

おや、飛行船が来ましたね。あれに坊ちゃんが乗っておられるんでしょうか。

「……おや、電話?」

守衛室の電話がなることなどほんどない。いったいどうしたのだろう。
そう首を傾げて電話に出れば、なんとイルミ坊ちゃん。

『これからキルと客人をそっちに落とすから』
「は」
っていうんだけど、キルが世話になったんだ。今晩の食事に招かれてる』
「はあ、左様でございますか」
『伝えておいてくれる?』

そうして言伝をあずかり、私は珍しさに頬をぽりとかく。
イルミ坊ちゃんはどうやらという人物のことを、かなり信頼しているらしい。
キルア坊ちゃんを任せるだなんて、相当だろう。
どんな人物なんだろうかと飛行船を見上げていると、唐突にハッチが開いた。
そして急降下してくる影がふたつ。

………あれは、キルア坊ちゃんと……恐らく様なのだろう。
空中でキルア坊ちゃんをしっかり抱きとめると、ちらりと地上を確認する。
普通なら気を失っているような高さだ。なるほど、常人ではないらしい。
悲鳴を上げるでもなく、表情も変えずに背中から着地。

本来なら両足をついて着地もできるのだろうけれど。
腕の中のキルア坊ちゃんの安全を考えて、自分がクッションになったようだった。
背中から落ちたというのに怪我ひとつした様子はなく。
石造りの床にクレーターができるほどの衝撃を受けたとはとても見えない。
ははあ、イルミ坊ちゃんが信用されるわけだ。

「ちょ、ダイナミックすぎ」
「………大丈夫か」
「目に砂入った。いってー」

涙目になりながら起き上がるキルア坊ちゃんと共に立ち上がる様。
どこか不機嫌な様子で、ぞわりと一瞬だけ気配が澱んだ。
殺気と呼ぶには禍々しいもので、思わず息を呑んでしまう。
…ひょっとして、何の前触れもなく空中に落とされたのかもしれない。
イルミ坊ちゃんはそういうことを真顔でやらかすお方だ(常に真顔ですがね)

「これはキルア坊ちゃん!」
「えーと…ブゼロだっけ?」
「ゼブロでございます」

久しぶりにお戻りの坊ちゃんは、私の存在は覚えていてくれたらしい。

「二年ぶりでございましょうか、お帰りなさいませ。奥様も長くお待ちで」
「かってに追い出しといてそりゃないよなー」
「坊ちゃんを思えばこそでございますよ」
「ちぇー」
「キルア。無事に家まで辿り着けたなら、俺はここで」
「なに言ってんだよ。食事してくんだろ?」

キルア坊ちゃんはすっかり懐いてらっしゃるようで。
何の疑いもなく見上げる瞳に、様はわずかに瞳を細めている。
ゾルディックの敷地に入ることを躊躇っているようでもあって。
一般人が意味もなく恐怖するのとは違い、知っているからこそ深入りしたくない。
そんな空気を感じる。やはり、このひとも一般人ではないのでしょう。

様でしょうか?」
「……あぁ」
「イルミ坊ちゃんから言伝をあずかっております」
「………言伝?」
「はい。『キルを本邸まで連れてってくれる?俺は飛行船仕舞わないとだし』…とのこと」

イルミ坊ちゃんはこの方が気乗りしていないことも見越して、言伝を残されたのかもしれない。

「なにしてんだよ、いこーぜ」

キルア坊ちゃんが試しの門を押され、ゆっくりと扉が開く。
おや、もう二の扉まで開くようになりましたか。やはり二年というのは長いですね。

一歩踏み出そうとされた様が、ふと足を止めて。
先に門の向こうに入ったキルア坊ちゃんが怪訝そうに振り返る。
そうこうしているうちに、私もようやく異変に気づいた。
いつの間にか、私たちを囲むようにして男達が集まってきている。
けれど様は男達に振り返ることもなく、ひらひらとキルア坊ちゃんに手を振っていて。

ようやく男達の存在に気づいたキルア坊ちゃんが驚いて目を瞠るものの。
重々しい音と共に門は閉じてしまう。

「さて」

それを確認して、ようやく様が振り返った。

「ああ?なんだてめえ、ゾルディックの関係者か」
「………」
「いま中に入ってったの、ひょっとしてゾルディックのガキじゃねえのか?」
「そりゃいい、人質にしてやろうぜ。おい、この門開けろジジイ!!」
「わわ、ちょ、困りますよあんた達」

恐らくこの人達はブラックリストハンターなのだろう。
ゾルディック家は有名な暗殺一家であり、写真ひとつだけでかなりの賞金がかかっている。
実際に当人たちを捕まえることができれば、どれほどの報酬になるか分からない。
だからこうして思い出したように賞金稼ぎがやってくるのだ。

胸倉をつかまれ、じたばたと抵抗する素振りを見せながらどうしたものかと悩む。
お客人の様を巻き込んでは、旦那様や奥様に申し訳が。

そうちらりと様へ視線を向けると、彼が無表情に足をわずかに動かした。
すると彼の足元にあった小石がビュッと空気を裂いて。
私を吊るし上げていた男の腕に命中した。

「…っ…てめええ!!やんのか、ああん!?」

ほんの小さな小石だったけれど、見事に痛点を突いたらしい。
男は私を持ち上げていることができず、そのまま地面に落とされた。
けれどそれでも私から離れようとしない男に、様が目を細める。

「…そのひとを放せ」
「兄ちゃんが門を開けてくれるなら、放してやってもいいぜ」
「無理だ」

あの門が試しの門であり、ゾルディックの敷地へ踏み込む資格を問うものであること。
それをどうやらあのお方は知っているようだった。

「なら、こっちも断るしかねえなぁ」
「兄ちゃん、ゾルディックの関係者なら、あんたも賞金かかってんじゃねえのか?」
「ああ、その可能性もあったな。おいお前ら、この兄ちゃんも縛り上げときな」
「おうよ」

今度は私から様に標的が移ってしまった。
ああ、しまった。大事なお客様なのに。これじゃミケのところに誘導もできない。
しかし様は男達を睨み据えたかと思うと、そのまま腰を落として臨戦態勢に。
威圧するオーラの異様さに、男達はわずかに怯んだ。

「おーい、ー、なにしてんだよー」
「………キルア、少し待ってろ」

早く来い、とばかりに門のむこうから声をかけるキルア坊ちゃん。
そちらへ返事をするため身を翻しながら、襲い掛かってきた男に肘打ちひとつ。

男の手にしていたナイフが手から離れ、それを様が蹴り飛ばす。
そうすればそれは真っ直ぐに別の男の拳銃を弾いた。
一瞬で二人の戦闘力を奪った彼は、弾かれた拳銃をじっと目で追う。

地面と接触した銃が暴発し、彼を背後から狙っていた男の足を撃ち抜いた。
ぐあ!と苦悶の声を上げる男に振り返ることはせず、ぐんと前へ飛び出す。
そうして迫る向かいの男の懐に入り、押し倒した。
そのままぐるんと前転の要領で男の上からどく。
攻撃しようと振り下ろされた棍棒は、様のマット代わりにされた男の胴へ。

流れるように繋がる彼の動きは、攻撃というには滑らかすぎる。
只者ではないとそれだけでわかり、私はただただ唖然としているしかない。

そうこうしていると、待っていられなくなったのかキルア坊ちゃんが中から顔を出した。
けれどその頃にはもう立っている男たちなどいなくて。
広がる光景に、なんだひとりで全部やったのかよーとつまらなそうに唇を尖らせている。

「ほら、さっさと行こうぜ」
「…この連中は」
「ああ、私がきちんとお見送りしておきます。どうぞ様はお邸へ」
「………わかった」

面倒臭そうに溜め息を吐いて、最後に様はこちらを気遣ってくださった。
大丈夫だったか、と静かな声はわずかに心配そうなもので。少しだけ、意外だった。

…なるほど、キルア坊ちゃんが懐かれるわけだ。

「はい、お気遣いありがとうございます。ゼブロにはもったいないお言葉でございます」
「いや、俺はそんな風に接してもらうような人間じゃないから」
「ほら、早く!」
「……わかったから、急かすなキルア」

ずるずると引きずられていく様はキルア坊ちゃんの新たな兄のようで。
その光景が、少しだけ胸を温める。

「…さてと、この人達の後片付けはどうしましょうかね」

一人として、命を奪っていないらしい。
桁外れの力を持つからこそ、出来ることだろうけれど。
わずかにあのお方の優しさが感じられるような気がして。

ここに務めるようになって、あまり感じられなくなっていたものに。
知らず唇に笑みが浮かんだ。



まさかのゼブロさん視点。

[2011年 4月 19日]