第35話

こ、こわ、こわかった…!俺もう死ぬかと思った…っ。
まだゾルディックの敷地の前だっていうのに、なんだって二度も死に直面するんだよ俺!
それもこれもイルミが無理やり俺をここに連れてくるから。
ヤツと出会ってからこっち、イルミに関わると死亡フラグという名の道しか用意されていない。
やっぱり関わりたくない相手だ、イルミ=ゾルディック。

いきなり襲い掛かってきたお兄さんたち相手に、よく生きてたもんだと思う。
だってさ!ナイフが飛んできたり、落ちた拳銃が暴発したり!
バランス崩して強面のお兄さんの上に倒れたときは、口から心臓出そうだった。
あんな厳つい顔を至近距離で見てみろ!俺でなくとも、その上から転がりどくわ!!

「ああいうヤツら、たまに来るんだよなー。だいたいミケに食い殺されるけど」
「ミケって…」
「おれん家の犬」

前々からツッコミたかったけど、ミケって普通猫につける名前だぞ。
試しの門を通り抜けた俺は、キルアに腕を引かれるまま道なりに進んでいく。
すると森がざかざかと激しい音を立て、荒い息遣いが近づいてくるのがわかった。

「お、ミケ。久しぶりだなー」

飛び出してきた巨大な塊に、キルアは嬉しそうに駆け寄る。
しかし俺は動くことはできなかった。

………でかい、でかすぎるよ!
大人だって丸呑みできるだろあの口!牙とか爪がめっちゃ怖いんだけどっ。
ガラス玉みたいに透き通った目がじっとこちらを見つめている。それが果てしなく恐ろしい。
何も考えていない、命令だけを忠実にこなす猟犬。
主であるキルアには顔を近づけて甘えた様子も見せるけれど。

「ミケ、こいつは。まちがって襲いかかるなよ、危ないから」
「………そうだな、そんな危険は冒さないでくれ」

俺の生命のためにも。

「キルア様。おかえりなさいませ」
「ゴトー。なんだよ、わざわざ迎えに来なくても自分で帰れる」
「勝手をお赦し下さい。我々も早くキルア様のお顔を見たかったものですから」
「ふーん?」

気配もなく少しの距離を置いた場所に立ってたのは執事たちをまとめるゴトー。
眼鏡をかけた穏やかな微笑を浮べる男性で、ずっとゾルディック家に仕えているひとだ。
ちらりと俺へと向けるその視線は鋭い。多分、どんな人間か警戒してるんだろう。
だってあのゴンたちに対してすら、青筋立てて命がけのコインゲームを迫ったぐらいだ。
それだけキルアのことを大切にしているわけで。

得体の知れない一般人がいたら、そりゃ苛立つよな。
すみません俺みたいなのがお邪魔して。早く帰りますから、ホントいますぐにでも。
俺はもうゴトーさんのことを見てられなくて、そのまま視線を逸らしてしまった。

「キルア様、こちらが」
「うん、
「そうでしたか。様、キルア様が大変お世話になりました」
「ゼブロさんにも言われた。もう充分だ」

あああぁぁ…だからもう、自分で名乗ることもできない俺に頭なんか下げないでええぇぇぇ。
キルアの小さな手が俺の手を引いていなかったら、いますぐにでも逃げ出したい。

「お邸までご案内いたします。どうぞこちらへ」

もうここまで来たら腹を括るしかないと、わかってる。
でも、ホント怖い。この先に待ち構えているのは、人外の連中だ(いやマジで)
毒を平気で食べるような人々を相手に、俺はどうしたらいいのだろう。
しかもキルアにこんなに懐かれているというこの状況。

………キキョウさんとか、これ見たら発狂するんじゃね?
うちの可愛いキルがー!!とかなんとか。…俺の偏見かな。

様はイルミ様とも知己であると伺っておりますが」
「……たまに仕事を依頼されたりは」
「それではかなりの腕前でらっしゃるのですね」

え、パシリっぷりが?

「すげーんだぜ、は天空闘技場で負けなしなんだ」
「…キルア、そのことはあんまり広めるな」
「なんで?」

敵増やしたくないんだよ、俺は。
ゾルディックの関係者なら、天空闘技場で有名だからって何だ?ぐらいだろうけど。
ちょっと腕に覚えのある連中とかだと、喧嘩売ってきたりするんだから。
もしくは200階クラスの選手に狙われたりだとか。せめて戦うなら試合でにしてほしい。

「自慢にならないだろ」

ひとと戦ってお金をもらって。そんなこと自慢しちゃいけない。
………まあ200階に行ってからはファイトマネーもらえないけどな!

ぽんぽんとキルアの頭を撫でてやると、そんなもん?と首を傾げるちびっ子。
いいかいキルアくん。本当に強い男ってのはね、自慢とかしないものなんだよ。
そんでもって超一般人に見えるのにやたらめったら強かったりするんだよ。
ウボォーみたいに明らかに超人、って見てくれの猛者もいるにはいるが。







道なりに進み、執事たちが住むという館を通り(執事たちが並んでキルアに頭下げてた)
さらに奥へ奥へと進んでいく。……これもう山登りレベルだよな。
標高いくつだっけ、富士山と同じなんだっけ?と首を捻る。
そうしていると、ついに本邸へと辿り着いてしまった。あーあーあー、ついちゃったよー。

「お帰りなさい、キル。待っていましたよ」
「ただいま」

扉を開けばすでに立っていたドレスに身を包んだ女性。
おお、おお…!まだキルアに刺されてない、素顔のキキョウがいまここに…!
うわー、さすがキルア達の母親なだけあってすげー美人。黒髪が艶やかだ。

駆け寄ってきたキキョウは息子との感動の再会、とばかりにぎゅうぎゅうと抱き締める。
対するキルアは恥ずかしいのか、はなせって!とじたばた暴れている。
うーん、ここは素直に甘えておいた方がいいぞキルア。なんたって二年ぶりの再会。
………抱き締められてるキルアの骨がみしみしいってるのは気のせいだ、うん。

「奥様、こちらが様でございます」
「まあ!キルがお世話になりました、ご挨拶が遅れて申し訳ありませんわ」
「…いえ。自分のような者を招いていただいただけで、充分です。このまま失礼させて…」
「あらあら、謙虚な方ですわね。遠慮なく晩餐の用意が整うまで寛いで下さいな」

失礼させていただきたいんだよ俺はー!!

全然こちらの話を聞く気がないらしいキキョウさんに涙が出てくる。
私はキルアの母です、と優雅に挨拶する彼女に俺はもう言葉もなく頷くしかなかった。
駄目だ、これはもう逃げられない。
時間がくるまで遊ぼうぜ、と腕を引っ張るキルアに抵抗する気もない。

グッバイ、俺の短い人生。




キキョウさんは話を聞いてくれないと思います。

[2011年 4月 22日]