第36話

、ゲームやろうぜゲーム」
「…ここがキルアの部屋か」

キルアに引っ張られて辿り着いた先は、ひとりの人間が使うとは思えない広さだ。
……俺ん家、これで一階分の間取りだった気がするんだけど。え、何この格差社会。
いやゾルディックが規格外なのは知ってたけどさ!それにしたってすごすぎる。

「二年もいなかったから、古いのばっかだ。ミルキんとこから持ってくるか」
「ミルキ?」
「いちおう、おれの兄貴のひとり」

うん、知ってるとも。

「一緒に行ってもいいか」
「?いいけど、会ってもいいことないぜ。オタクだし、豚くんだし」
「家族をそんな風に言うもんじゃない」

確かに似てるとは思うが。どう見ても引き篭もりだけど。
でもそこを言ったらおしまいだろう、キルア。

ミルキだって一応は暗殺一家のひとりなわけで。
小遣い稼ぎのために暗殺を請け負う姿を漫画で見たこともある。
色々と機械を駆使しての武器を考案もしているらしく、爆弾とかも作るようだ。
思い切り部外者の俺は、下手したら不審者として敵視されるかもしれない。
遭遇して命の危険に遭う前に、ちゃんとキルアに紹介してもらおうと思ったのだ。
うん、挨拶は大事だよな。

「おーい、ミルキー。入るぜー」
「………本当に帰ってきたのかキル」
「うわ、おまえまた太ったんじゃね?」
「うるさい!」

おお、原作で見たよりもころころと小ぶりなミルキだ。
これはまだ可愛いで許される感じじゃないか?ぷーさんっぽい。
やっぱ動いて汗が滴ったり、こふこふ息が荒れるようなのはまずいよなぁ。

「…そいつ、誰」
「天空闘技場でいっしょだった
「……あぁ、お前の師匠っていう」
「………師匠?」

俺、いつの間にキルアの師匠になったっけ。
むしろキルアに色々と戦闘技術の基礎は教えてもらったようなもんだぞ。
いや、直接指導を受けたわけじゃなくて。見よう見まねだったけど。

…じゃあなんだ。あ、あれか、日常生活の常識についてとか?
大金持ちの暗殺一家の御曹司だったから、けっこう常識なかったんだよなーキルア。
それをいちから説明して、どうすれば普通に過ごせるのかを教えるのは大変だった。
…気に食わなかったら殺せばいいや、ぐらいの認識だったんだぞこの子。
俺の生命がかかってたから、それはもう真剣に教えたさ!やたらめったら暴れるなって。

「なあミルキ、ふたりでできるゲームなんかねえ?」
「……その辺りにあるのは飽きたから持っていけよ」
「んー。……お、これ新作出てたのかよ!」

嬉々としてゲームを漁りはじめるキルアの背中から視線を移し、俺は棚を見る。
沢山の漫画やフィギュアが並べられており、ぱちくりと目を瞬いてしまった。
………あれ、俺の世界でも見たことのあるキャラクターたちがいっぱいいる…。
蔵馬とか飛影がいたのは知ってるけど…。

「まさかのマーキュリー…」
「…お前、それが誰か分かるのか」
「ああ」
「やらないからな」
「いや、もらうつもりはない。そもそも、俺の理想はレイちゃんだ」

真剣そう呟くと、ミルキが硬直した。
な、なんだよ、いいじゃんか。そりゃアミちゃんだって可愛いけどさ!好きだけど!
レイちゃんのあのツンデレっぷりだって正義じゃないか。
………なんかちょっと見返したくなってきたな。
この世界に来てから、漫画とかアニメに触れる機会がとんとないのが寂しい。

ふう、と溜め息を吐いていまだ悩んでいるキルアに近づこうとした。
けれどそれよりも早く、ミルキがずいっと身を乗り出してくる。

「あんた、話の分かるヤツみたいだな」
「…そうか?」
「キルの師匠なんていうから、ロクでもないと思ってたけど。マシだ」
「…好印象なら良かった」
「あんたなら、この部屋にまた来てもいいぜ」

ありがとう、と思わず呟けば、満足気に頷くミルキ。
なんかよく分からんが、どうやら客として認めてもらえたらしい。
これなら殺されずに済むだろうか、とほっとしていると。ぐいっと手を引かれた。

「きめた!これにする!ほら、いこうぜ」
「…わかった。なら部屋に戻るか」
「うん。じゃーなー、ミルキ」
「けっ、お前は二度と来るなよキルア」
「豚の鳴き声しか聞こえなーい」

こらキルア!さっき言ったばっかりだっていうのにまったく。
部屋に戻っていそいそゲームの準備をするキルアに、もう何を言う気にもならず。
………あー、これ俺の世界にもあるゲームじゃね?
よっしゃ、けっこうやり込んだヤツだ多分。これならキルアに勝てる!
妙にテンションの上がった俺は、なんだかんだで楽しくゲームに興じてしまった。







「夕食の準備が整いました」

そう言ってゴトーさんが呼びに来た。………処刑宣告にしか聞こえないわけだが。
やっぱ食べないと駄目ですか、辞退とかそういうのはナシですかゴトーさん!
腹へったー、と歩き出すキルアはリラックスした様子だ。
和やかな食卓で、俺だけが死ぬわけか…何それ、なんのサスペンス?

「お待たせいたしましたわね、さん」
「ほお、おぬしが」
「息子が世話になったな。礼を言う」
「………」

って、ゼノじいちゃんとシルバもいるんですけどおおおぉぉぉぉ!!?

当たり前か、当たり前だよな、そうだよそう。だってここゾルディック家!
他にも確か…えーとゼノのさらにお爺ちゃんがいたはずだけど…今日はいないのか。
好々爺なゼノは親しみやすいが、凄腕の暗殺者なわけで。
シルバにいたっては貫禄がマジですごい。かっこいい、かっこいいんだけどさ…!

もう俺は声も出せず、ぺこりと頭を下げるので精一杯だ。
キルアに引っ張られて隣に腰を下ろせば、向かいにはイルミがいた。

「や」
「………………」

飛行船から落とされたこと、忘れてないからなイルミ!

って、あれ。ミルキとカルトの姿も見えない。
えーと…この頃ってもうカルト生まれてる、よな?アルカは確実にいるだろうけど。
でもアルカに関しては原作でも謎のままだしなー。この頃すでに家にいないんだろうか。
そんでもって食卓に確実にいるはずのミルキがいないのはなぜ。

…やっぱりあれか、俺を殺そうとでも目論んでるのかこの人達。
まだ子供たちにそんなの見せられない、とか?いやそれじゃキルアはどうなんだ。

「それではいただこう。キルアの帰還に」

シルバがワインの入った杯を掲げる。
それに応じてみんながグラスを上げた。あ、もちろんキルアはジュースな。
俺はー………って、俺のもワインじゃん。いや、これはちょっと。

「?どうかなさいまして、さん」
「………申し訳ないが、水にしてもらいたい」

ほんとすみませえええぇぇぇぇん!!多分、超高級なワインなんだろうけど…っ。
でも俺、ワインは、ワインはちょっと。

っていうか、酒全般禁止令出されてるんで勘弁して下さい。

俺の申し出にキキョウがまあと頬に手を添えた。
シルバがまあいいだろうと笑ってグラスを替えさせてくれる。うう、すみません。
そのー…ほら、ウイスキーボンボンとかあるじゃん?俺、高校で初めて食べたんだけどさ。
一緒に付き合ってくれた友達が「お前は一生酒を飲むな」って真顔で言ってきたんだよね。
ウイスキーボンボンってお菓子だろ?なのに禁止されたんだぜ。

俺ってそんなに酒弱いのか?って不思議に思ったんだけど。
外国帰りのじーちゃんの土産だった酒を間違って飲んだ後も。
「二度と酒を飲むでない」って叱られたんだよ。

記憶が飛んでたから、ただ単に酒に弱いんだろうなーと思ってたんだけど。

「………
「わかってる」

キルアが視線で訴えてくるから、俺も頷いた。
そう、天空闘技場にいるうちに俺って二十歳になったじゃん?
これで堂々と酒飲めるぜヒャッホー!って思ったんだけ…ど。

やっぱり記憶がなくなりましてねー。翌朝、しこたまキルアに怒られたわけですよー。
真っ赤な顔して「もうぜってー酒飲むな!」って。

………だから我慢するよ、うん。………酒、味はけっこう好きなんだけどなー…。




彼の酒の弱さについては、いつか番外編で書こうと思います。

[2011年 4月 29日]