第36話−ゴトー視点

二年ぶりにキルア様がお戻りになる。
その連絡だけでゾルディック家だけでなく、使用人たちの空気もどこか明るくなった。
恐らく長いゾルディックの歴史の中でも抜きん出た暗殺者となるであろう、才能の持ち主。
これからの成長を誰もが楽しみにしているキルア様の帰還だ。

試しの門を越えたとの連絡もあり、出迎えをと執事室を出る。
そういえば今回はキルア様と一緒に客人も来るとのことだった。
なんでも天空闘技場でキルア様の世話をしていた人物らしい。
あのイルミ様が許された、とのことだからそれなりの腕前なのだろう。
いったいどんな人物なのかと森を進んでいくと、キルア様の声が聞こえてきた。

「お、ミケ。久しぶりだなー」

二年という時間は長い。
そう思ってしまうほど、成長されたキルア様がそこにはいた。
ミケが久しぶりの主人の帰還に嬉しそうに鼻先を寄せている。
心和む光景を、一歩離れた場所から眺めている男。彼がその客人なのだろう。
なるほど、明らかにオーラが一般人ではない。念を習得しているようだ。
犬とも狼ともつかない巨大なミケを前にしても、動揺ひとつしていない。

「ミケ、こいつは。まちがって襲いかかるなよ、危ないから」
「………そうだな、そんな危険は冒さないでくれ」

襲いかかってきたら容赦なく殺す、そう視線が語るように瞳を細める。
と呼ばれた人物は、先ほど試しの門の前で襲撃者をあっさりと一蹴したとか。
面白くない気持ちもあるにはあるが、実力は本物なのだろう。
執事としての職務を果たすべく、一歩前に進み出た。

「キルア様。おかえりなさいませ」
「ゴトー。なんだよ、わざわざ迎えに来なくても自分で帰れる」
「勝手をお赦し下さい。我々も早くキルア様のお顔を見たかったものですから」
「ふーん?」

わずかに牽制するようにという男へ殺気を向ける。
しかし彼は全く興味がないといった素振りで、さっさと視線を逸らしてしまった。

「キルア様、こちらが」
「うん、
「そうでしたか。様、キルア様が大変お世話になりました」
「ゼブロさんにも言われた。もう充分だ」

これ以上は過分だ、というようにゆるやかに頭を振る。
なるほど、ゾルディック家のこともそれなりに知っているようだ。
キルア様がすっかり心を開いた様子で手を繋いでいるのが少々癪に障るが。

「お邸までご案内いたします。どうぞこちらへ」

促して歩き出す。
キルア様に手を引かれている彼は、これ以上進みたくないようで足取りが重い。

様はイルミ様とも知己であると伺っておりますが」
「……たまに仕事を依頼されたりは」
「それではかなりの腕前でらっしゃるのですね」
「すげーんだぜ、は天空闘技場で負けなしなんだ」
「…キルア、そのことはあんまり広めるな」
「なんで?」
「自慢にならないだろ」

確かに、天空闘技場は一般人に毛の生えたレベルの者たちしかいない。
200階クラスを超えた者たちだって、念を習得しているとはいえ基礎すらもまともとは言い難い。
プロとして生きる者からすれば道楽のレベルだろう。
なるほど、イルミ様が認めてキルア様を預ける相手なわけだ。

頭を撫でられて不思議そうにしているキルア様は、まだ念を知らない。
様はいまはキルア様に念について報せるべきではない、と判断しているようで。
その意見には賛成だと、私も思った。






無事に本邸まで辿り着き、夕食の準備が整うまで様はキルア様の部屋へ。
いつの間にやらミルキ様とも親しくなられたようだった。

夕食の準備が整ったことを知らせにいく。
奥様や旦那様も揃っているが、ミルキ様とカルト様はそれぞれの部屋にいらっしゃる。
ミルキ様はもともと自室から出てくることがほとんどなく、食事も部屋でされる。
カルト様はまだ幼いため、今回は酒が振る舞われる場であるため遠慮していただいた。
それに最近ではカルト様は人見知りを覚えて、あまり人前に出たがらない。

「お待たせいたしましたわね、さん」
「ほお、おぬしが」
「息子が世話になったな。礼を言う」
「………」

ゾルディックの名立たる面々が集まっている。
けれど様は小さく頭を下げたのみで、気後れした様子はなかった。

「や」
「………………」

片手を上げて気軽に挨拶するイルミ様にだけは、小さく睨みつけていたけれど。
どうやらお二人は相当に気心の知れた仲らしい。
イルミ様にそうしたお相手ができるのは、とても珍しいことだ。

「それではいただこう。キルアの帰還に」

旦那様が杯を掲げ、皆様がそれに応じる。
ワインをそのまま口に運ぼうとしていた様が、ふと動きを止めた。

「?どうかなさいまして、さん」
「………申し訳ないが、水にしてもらいたい」

………気付かれたのか、さすがとしか言えない。

あのワインは最高級の年代物であり、同時に無味無臭の特殊な猛毒が含まれている。
ゾルディック家の者なら大した影響もないものだが、一般人なら一瞬で絶命する代物だ。
そんなものをなぜ様のグラスにまで混ぜたのか分からないが。
恐らくキルア様の帰還に気分の高揚した奥様が、喜びのあまり一服盛ったのだろう。

そのことをようやく思い出した、とばかりに奥様が頬に手を添えてまあと漏らす。
毒に耐性のある者ばかりではないことも、いまになって思い出されたのだろう。
旦那様がまあいいだろうと笑って水と取替えるよう指示を出す。
私も頷けば、すぐ傍にいた給仕係がグラスを取り替えた。
その間に、キルア様が少しだけ不安げに様に声をかけている。
けれど彼は安心させるように、わかってると頷くばかりで。

毒の食卓すら、彼にはなんでもないもののようだった。




皆さんの予想通り、あれは毒入りワインでした(笑)

[2011年 5月 11日]