第37話

えーと、こういうご馳走を食べるときってマナーが細かくあったような。
でも俺そんなの全然わからん。これはもう恥もかき捨て、の状態で食べるしかないのか?
ちらりと隣りのキルアを見れば、あぐあぐとステーキを頬張っている。…うん、マナー関係ないな。
フォークなんてぐっと握りこんでるし、ナイフで切り分けるでもなく直にぱくついている。
おいしそうに食べているもんだから、見ているこっちは和むなー。

「キルア、ついてる」
「んー」

ステーキのソースがほっぺにつこうがお構いなし。
仕方ないなぁとぬぐってやるものの、キルアは気にせず食べ続けている。
やっぱり家の料理って特別だよな。なんでもない料理でも、すっごいおいしく感じる。

………いや、目の前にあるの超ご馳走なんだけどさ。

えーと、どうしたらいいんだ。おかず食べて、パン食べてってやればいいのか?
コース料理じゃないみたいだけど…やっぱ最初はサラダからだよな。栄養、栄養。
こんなにおいしそうな料理に毒が入ってるのかも、と思うと食欲は減退するけども。
でもせっかく用意してくれたのに食べないのは失礼だよな。それこそ殺されるかもしれん。

ぱくり、とサラダを口に運んで。
物凄い多いメニューの中から次は何を食べればいいのか、俺は悩みに悩んだ。






「本当にキルアが世話になった」
「いえ、本当気にせず」

食後のデザートをキルアが食べ始めると、シルバとゼノに別室へと招かれた。
ものすんごい緊張が走ったわけだが、この二人はゾルディック家でもまともな部類…だと思う。
いきなり殺されることはないだろう、と希望を持って席を立つ。
そうして向かった先は何かの倉庫のようで、部屋いっぱいに棚が並んでいる。

シルバが改めてお礼を言ってくれることに恐縮していると、ゼノが小箱を差し出してきた。
これはいったい、と目を瞬くと開けてみなさいと促される。
ええー、これでドッキリ箱とかやめてくれよ。俺そういうのホント苦手だから!

びくびくしつつもゆっくりと箱を開くと、そこにはひとつの腕輪らしきものが。

「……これは?」
「キルが世話になった礼じゃ。なかなかの値打ちもんじゃぞい」
「さる有名な職人が生み出した、世界にひとつしかないものだそうだ」

ちょ、ちょ、ちょ!そんな凄いものを俺にくれるってどういうこと!?

「…受け取れません」
「ほう、なぜ」
「俺が受け取るには高価すぎる。不相応だ」
「そうは思わんがのう」
といったか。我々がそれだけキルアのことを思っている、ととってはもらえないか」
「?」
「大切な息子を二年の間見守っていてくれた。親にとってそれは本当に大きなことだ」

………シルバの目はすごく真っ直ぐで。
父親ってなんて大きくて温かい存在なんだろう、って俺はじーんときてしまった。
小さい頃に両親をなくしているから、父親や母親というものに俺は馴染みがない。
じーちゃんとばーちゃんがいてくれたし、決して寂しい日々だったわけではないけれど。

親って、でっかい。

「……そういうことなら、受け取らせていただきます」
「そうしてくれ」

キルアを大事に思う気持ちがこの腕輪ってことだよな。うん、大切にしよう。
小箱から取り出した腕輪を嵌めさせてもらおうと思ったんだけど。
………………なんか不思議な腕輪だなこれ。
腕時計よりもさらに太めで、手の甲を少し覆うぐらい輪の幅がある。
その中央には手の平におさまるくらいの透明な石が嵌め込まれていて、けっこうデカイ。

…この石、宝石とかの類なんだろうか。
だとしたらこんなデカイ石、凄まじい金額になるんじゃ。

「その石が気にかかるか」
「………こんな石、見たことがない」

一般人はこんな大きさの宝石に触れる機会ないぞ。
どうしてくれるんだ、やっぱり受け取らない方がいいんじゃないかとか思ってきた。

「それは秤の腕輪と言ってのう」
「………秤?」
「そうじゃ。天秤のようにふたつの方向に揺れ、それに応じて石の色が変化する」
「変化する色は赤か青だそうだ。そのどちらでもない均衡を保った状態の場合は無色」
「…色が変わる条件は?」
「持ち主が自由に決めることができる。ちなみにわしは、高血圧なら赤、低血圧なら青にしとった」

え、ただの日々の健康管理の道具にしてたのゼノじいちゃん?

「条件を決めるには、腕輪を嵌めた状態で発を行う。そして誓約を描くだけでいいらしい」
「………」

ん、え、あれ?いま『発』って言ったよね?
つまり念が使えないとこの腕輪も使えないっていう、そういうこと?
凝をしてみれば、腕輪を包み込むオーラが見えて。
オーラをこうして定着させた装飾品をつくるだなんて、本当にすごい職人だったんだな。
…でもなんか呪いのアイテムみたいでちょっと怖いんですけど。オーラ纏ってる腕輪って。

「ちなみに解除の方法は」
「設定条件の変更はできん。一人につき一度きりしか設定は決められんぞ」
「ただ腕輪を外したいという意味なら、持ち主が望めば問題なく外せる」

なーんだ、普通に外せるのか。よかった、よかった。

「もし他者がその腕輪を狙ってきたとしても、持ち主が望まなければ外れない」
「……へえ」
「腕を切り落とすなり、持ち主を殺すなりすれば別だがな」

安心したところに物騒なこと言うのやめてくださるー!?
そうだよ、世界にひとつしかない貴重な腕輪なんだっけこれ。
つまりは、狙われる可能性もなきにしもあらずというわけで…ぎゃあああ、なんて物を!!

気に入ってもらえたなら嬉しい、と小さく笑うシルバ。
…うう、そんな顔されたら断れないじゃんよー。いや、もう受け取っちゃったものだけどさ。

あんまり人前でこの腕輪出さないようにしとこ。
外して持ってるのもありだけど、その場合失くしそうで怖いし。
秤の設定を何にするかも決めないとだよなぁ。ゼノじいちゃんみたいに測定器でもいいけど。
でもせっかく念の力で測れるものなのだから、それなりに有効活用したい。
うん、熟考して決めよう。






、うち温泉あるんだぜ!」
「マジでか」

デザートを食べ終えて歯磨きも済ませたらしいキルアが手を引っ張る。
どうやらそのまま温泉へ向かうつもりらしく、俺はもうされるがままだ。
シルバとゼノにまだお礼言えてないよ、と振り返れば手を振っている二人の姿が。
ああぁ…まともにお礼言えなかった。明日改めてお礼できるといいんだけど。

「ほら、ここ」
「………本当に、温泉だな」

個人の家にあるレベルのものじゃないと思うんだけどこれ…?
いやいやいや、ゾルディックを一般の家庭と一緒にしちゃいけないよな、そうとも。
例え温泉がひとつじゃなくて何種類もあり、あまつさえ露天風呂があろうともだ!

「ほら入ろうぜー」
「あぁ」

温泉、温泉。日本人にとっては癒しの温泉。
こっちの世界に来てから温泉なんて初めてじゃね?すっげえ嬉しい。

小走りに浴場へ入っていくキルアが転びやしないかとヒヤヒヤしながら、俺も服に手をかけた。





なんだか高価なお礼をいただいてしまいました。

[2011年 5月 18日]