第38話−イルミ視点

そういえばって毒ダメなんだっけ。
ワインを拒んで水のグラスを受け取ってる姿を見て、ようやく思い出した。
母さんも忘れてたんだろうな、俺たち家族みんな毒に耐性あるわけだし。

キルアが戻ってきたことを祝う席だから、並ぶご馳走はすごい数。
ところどころに毒入りの料理があるんだけど大丈夫かな。ま、大丈夫かなら。
トリカブト入りのハンバーグをぱくりと食べ、一応視線を移動させる。
眉間に皺を寄せて食卓の料理をぐるりと見回したは、ふと隣りのキルを見た。
食べることに夢中すぎて、顔にソースがついてる。

「キルア、ついてる」
「んー」

おいしそうに頬張るキルを見て、すっと瞳を細める
何かを思うようにわずかに瞳が揺れ、最終的にサラダへと手を伸ばす。
あ、解毒効果のある薬草が入ってるんだよねそれ。ふーん、さすがだな。
それからまた迷う素振りを見せて、かなり微量の毒しか入ってないグラタンを取る。
一口食べたら、パンをぱくり。多分、あんまり毒を腹に入れないようにパンで膨らませるんだろう。
まあ、あの薬草食べてるんだから中和されて問題ないだろうけど。





父さんたちに連れられては一旦どこかへ行った。
キルが世話になった礼をしないと、とか言ってたからその関連だろう。
お腹いっぱいになったし、俺はそろそろ風呂に入って寝ようかな。
そう決めて風呂場へと足を向ける。ちゃんと身体と髪を洗わないと。

一通り洗い終えて、どの風呂に入ろうかなと悩む。
美肌効果のある温泉が母さんは好きだけど、俺にはまだいらないし。
疲労回復効果のあるヤツにしようかな。最近ちょっと仕事ハードだったんだよね。

「ほら入ろうぜー」
「あぁ」

あれ、キルの声だ。の声もする。
入ってきた二人もどうやら入浴するつもりらしい。
いまにも湯に浸かりそうなキルを止めて、ちゃんと身体を洗うようにがたしなめてる。
素直に言うことを聞くキルの姿は珍しく、それだけ懐いているんだろう。
ま、俺とは少し似てるとこもあるし。家族からすれば親しみやすいかもしれないな。
はなぜか殺しを拒んでるみたいだけど。

はどの風呂入る?」
「……疲労回復」
「はあ?つかれてんの?」
「まあ、色々と」

濡れた前髪をかきあげて、少し億劫そうな表情を浮べる
最近運び屋として名も売れてきてるし忙しいのかもしれない。俺、仕事斡旋の才能あるかも。
相手に対してどうとも思わない分、実力とか適性をしっかり見極められる自覚はあるし。

「んじゃ、こっち。よくじーちゃんが使ってる」
「ゼノさんが…」

こっちの湯へやって来たキルは、兄貴もいたんだと目を瞬く。
足を止めてじっと見つめてくるは無言のままだ。
「や」と手を挙げてみれば、小さく頷いたのみで。そのまま視線を逸らされる。
ってひとの顔あんまり見ないよね。俺は逆に凝視しすぎて怖いって言われるけど。
別に凝視してるつもりはないんだよね、もうこの目は俺がやろうとしてるわけでもないし。

そのまま湯に浸かった二人は、気持ち良さそうにひと息つく。
目を細める仕草が同じで、まるで本当の兄弟みたいだ。

「キル。がいてよかっただろ」
「?うん。楽しかった」
「修行にもなったみたいだし、よかった。、ありがとう」
「いや俺は…別に」

そう応える声はぼそぼそと小さい。
こんな日常に近いやり取り、多分慣れてないんだろう。俺もちょっと不思議な感じだ。

「その腕輪」
「あぁ、シルバさん達にもらった。嵌めたらずっとつけてないといけないらしい」
「まだ条件設定はしてないんだ」
「一人一回だけしか決められないんだろ。慎重に決めるよ」
「うん。俺は体温計にしてた」
「………ゾルディック家にとってこれは健康器具か」

貴重な品だと分かってはいても、俺たちじゃいまいち使い道がない。
なら有効に使ってくれそうな気はして、面白いお礼の品を選んだものだと思う。
彼がどんな設定にするのか楽しみだ。

「その腕輪、なんかふつうとちがうのか?」
「…らしいな。そもそも、すごく高価なんだ。一点ものだぞ」
「ふーん?」
「俺からもキルが世話になったお礼をしないとね」
「いらない」
「遠慮しなくていいから」
「遠慮じゃなく」

きっぱりはっきり拒否してくる
ある意味で俺と彼はビジネスでの繋がりもあるから、余計な関わりを望んでいないのだろう。
けど、それじゃこっちが困る。キルが世話になって、それに対する返礼がないとなると。
今度はこっちがに借りを作った状態になってしまうのだから。

とはいっても、俺にできる礼といっても。

「あ。なら殺しの仕事を一件だけサービスしてもいいよ」
「それこそいらない。他人に殺しを頼むほど、落ちてない」

ゆらりとのオーラが揺らめいた。
なんだ、殺しを嫌がってるように見えたのに。
いざとなると自分の手でやらないと気が済まないのか。
なんだかんだでも俺たちと同じ、こちら側の世界で生きる人間なんだ。
ちょっとそのことに安心する。キルがに影響されて、殺しを嫌がったら困ると思ってたから。

「………そういえばキルア。背中の流しっことか知ってるか」
「?なにそれ」
「俺の故郷の風習なんだが」

話題を意図的に変えた彼は、キルと一緒に風呂から上がる。
背中を洗ったり洗ってもらったり。一度身体は洗ってるんだから、あれは遊びみたいなもの。
どうやら俺のお礼はお気に召さなかったらしい。うーん、難しいな。

まあでも。
俺も誰かからお礼なんてものをされたとしても、どうしていいか分からない。

だからの態度に、不快な気持ちは起きなかった。むしろ当然か、と思う。

、そんなにひょろくてよく生きてるね」
「…お前が言うかイルミ」
「俺けっこうすごいよ。細く見えてもほら、力こぶ」
「おれもおれも!ほら」
「そうだな、すごいな」

自慢するように腕を持ち上げるキルアの濡れた髪を、よしよしと撫でる
その身体は一般人とそう変わらない。必要な筋肉はきちんとついてるけど、印象は細い。
余計な肉がないのは、運び屋の仕事に必要なことだからだろう。

「見た目が全てじゃないだろ」
「うん」

念能力者ともなれば、それこそ見た目で強さは測れない。
だから俺は何の迷いもなく、素直に頷いた。

ゼノじいちゃんなんて、普通にしてたらただの爺さんだしね。




イルミとも一緒にお風呂。

[2011年 5月 20日]