イルミとも一緒にお風呂。
[2011年 5月 20日]
そういえばって毒ダメなんだっけ。
ワインを拒んで水のグラスを受け取ってる姿を見て、ようやく思い出した。
母さんも忘れてたんだろうな、俺たち家族みんな毒に耐性あるわけだし。
キルアが戻ってきたことを祝う席だから、並ぶご馳走はすごい数。
ところどころに毒入りの料理があるんだけど大丈夫かな。ま、大丈夫かなら。
トリカブト入りのハンバーグをぱくりと食べ、一応視線を移動させる。
眉間に皺を寄せて食卓の料理をぐるりと見回したは、ふと隣りのキルを見た。
食べることに夢中すぎて、顔にソースがついてる。
「キルア、ついてる」
「んー」
おいしそうに頬張るキルを見て、すっと瞳を細める。
何かを思うようにわずかに瞳が揺れ、最終的にサラダへと手を伸ばす。
あ、解毒効果のある薬草が入ってるんだよねそれ。ふーん、さすがだな。
それからまた迷う素振りを見せて、かなり微量の毒しか入ってないグラタンを取る。
一口食べたら、パンをぱくり。多分、あんまり毒を腹に入れないようにパンで膨らませるんだろう。
まあ、あの薬草食べてるんだから中和されて問題ないだろうけど。
父さんたちに連れられては一旦どこかへ行った。
キルが世話になった礼をしないと、とか言ってたからその関連だろう。
お腹いっぱいになったし、俺はそろそろ風呂に入って寝ようかな。
そう決めて風呂場へと足を向ける。ちゃんと身体と髪を洗わないと。
一通り洗い終えて、どの風呂に入ろうかなと悩む。
美肌効果のある温泉が母さんは好きだけど、俺にはまだいらないし。
疲労回復効果のあるヤツにしようかな。最近ちょっと仕事ハードだったんだよね。
「ほら入ろうぜー」
「あぁ」
あれ、キルの声だ。の声もする。
入ってきた二人もどうやら入浴するつもりらしい。
いまにも湯に浸かりそうなキルを止めて、ちゃんと身体を洗うようにがたしなめてる。
素直に言うことを聞くキルの姿は珍しく、それだけ懐いているんだろう。
ま、俺とは少し似てるとこもあるし。家族からすれば親しみやすいかもしれないな。
はなぜか殺しを拒んでるみたいだけど。
「はどの風呂入る?」
「……疲労回復」
「はあ?つかれてんの?」
「まあ、色々と」
濡れた前髪をかきあげて、少し億劫そうな表情を浮べる。
最近運び屋として名も売れてきてるし忙しいのかもしれない。俺、仕事斡旋の才能あるかも。
相手に対してどうとも思わない分、実力とか適性をしっかり見極められる自覚はあるし。
「んじゃ、こっち。よくじーちゃんが使ってる」
「ゼノさんが…」
こっちの湯へやって来たキルは、兄貴もいたんだと目を瞬く。
足を止めてじっと見つめてくるは無言のままだ。
「や」と手を挙げてみれば、小さく頷いたのみで。そのまま視線を逸らされる。
ってひとの顔あんまり見ないよね。俺は逆に凝視しすぎて怖いって言われるけど。
別に凝視してるつもりはないんだよね、もうこの目は俺がやろうとしてるわけでもないし。
そのまま湯に浸かった二人は、気持ち良さそうにひと息つく。
目を細める仕草が同じで、まるで本当の兄弟みたいだ。
「キル。がいてよかっただろ」
「?うん。楽しかった」
「修行にもなったみたいだし、よかった。、ありがとう」
「いや俺は…別に」
そう応える声はぼそぼそと小さい。
こんな日常に近いやり取り、多分慣れてないんだろう。俺もちょっと不思議な感じだ。
「その腕輪」
「あぁ、シルバさん達にもらった。嵌めたらずっとつけてないといけないらしい」
「まだ条件設定はしてないんだ」
「一人一回だけしか決められないんだろ。慎重に決めるよ」
「うん。俺は体温計にしてた」
「………ゾルディック家にとってこれは健康器具か」
貴重な品だと分かってはいても、俺たちじゃいまいち使い道がない。
なら有効に使ってくれそうな気はして、面白いお礼の品を選んだものだと思う。
彼がどんな設定にするのか楽しみだ。
「その腕輪、なんかふつうとちがうのか?」
「…らしいな。そもそも、すごく高価なんだ。一点ものだぞ」
「ふーん?」
「俺からもキルが世話になったお礼をしないとね」
「いらない」
「遠慮しなくていいから」
「遠慮じゃなく」
きっぱりはっきり拒否してくる。
ある意味で俺と彼はビジネスでの繋がりもあるから、余計な関わりを望んでいないのだろう。
けど、それじゃこっちが困る。キルが世話になって、それに対する返礼がないとなると。
今度はこっちがに借りを作った状態になってしまうのだから。
とはいっても、俺にできる礼といっても。
「あ。なら殺しの仕事を一件だけサービスしてもいいよ」
「それこそいらない。他人に殺しを頼むほど、落ちてない」
ゆらりとのオーラが揺らめいた。
なんだ、殺しを嫌がってるように見えたのに。
いざとなると自分の手でやらないと気が済まないのか。
なんだかんだでも俺たちと同じ、こちら側の世界で生きる人間なんだ。
ちょっとそのことに安心する。キルがに影響されて、殺しを嫌がったら困ると思ってたから。
「………そういえばキルア。背中の流しっことか知ってるか」
「?なにそれ」
「俺の故郷の風習なんだが」
話題を意図的に変えた彼は、キルと一緒に風呂から上がる。
背中を洗ったり洗ってもらったり。一度身体は洗ってるんだから、あれは遊びみたいなもの。
どうやら俺のお礼はお気に召さなかったらしい。うーん、難しいな。
まあでも。
俺も誰かからお礼なんてものをされたとしても、どうしていいか分からない。
だからの態度に、不快な気持ちは起きなかった。むしろ当然か、と思う。
「、そんなにひょろくてよく生きてるね」
「…お前が言うかイルミ」
「俺けっこうすごいよ。細く見えてもほら、力こぶ」
「おれもおれも!ほら」
「そうだな、すごいな」
自慢するように腕を持ち上げるキルアの濡れた髪を、よしよしと撫でる。
その身体は一般人とそう変わらない。必要な筋肉はきちんとついてるけど、印象は細い。
余計な肉がないのは、運び屋の仕事に必要なことだからだろう。
「見た目が全てじゃないだろ」
「うん」
念能力者ともなれば、それこそ見た目で強さは測れない。
だから俺は何の迷いもなく、素直に頷いた。
ゼノじいちゃんなんて、普通にしてたらただの爺さんだしね。
イルミとも一緒にお風呂。
[2011年 5月 20日]