第39話

キルアと入った温泉。温泉はよかった、最高だったんだよ。
けどまさかそこにイルミがいるとは全く思ってなかった。
んでもって、なんか色々とピントのずれたお礼をされそうでめっちゃ怖かった。
なんだよ殺し一件サービスって。俺殺したい相手なんていねえよ!
むしろそんな危険な状況に俺がいること前提な考えをやめてほしい。あーやだやだ。

ゾルディック家って本当に常識がずれてるよなぁ。
さらには俺の情けない身体に関しても厭味言われたし…。
くっそう、ひょろくて悪かったな。これでも前よりは筋肉ついたんだよ!

甘いもの大好きで、体重はそれなりに気にしてはいるんだけどさ。
こっちの世界に来てからはだいぶ綱渡りな人生のおかげで、太る気配はない。
そりゃそうだよな。運び屋の仕事やって、天空闘技場でファイトして。
これで太ったらむしろすごい。どんだけ食ってんだ、って感じだろ。…いやストレス太りとか?
でもやっぱ日本人って筋肉つきにくいのかなぁ…それとも俺の体質?
ウボォーほどとは言わないけどさ、それなりにマッチョなの憧れる。

「………俺はどうして当然のようにキルアの部屋に」
「明日には帰っちゃうんだろ。いーじゃん、最後くらい」

拗ねたように唇を尖らせるキルアは、隠しているつもりで寂しさが隠せていない。
そうだよな、二年も一緒にいたんだからやっぱり寂しいよな。
寂しいと思ってもらえることが嬉しくて、今夜は甘やかしてもいいかなぁと思ってしまう。

ひとりの子供が使うにはでかすぎるベッドに腰を下ろすと、ノックの音が聞こえた。
はーい、とキルアが返事すれば扉が少しだけ開く。
けど人が入ってくる気配はなくて、俺は一瞬ひとりでに扉が開いたのかと思った。
え、ホラー?と思っていると小さな小さな子供がいることに気付く。
さらりと流れる黒髪は肩口で切りそろえられ、まとう着物のせいか……座敷わら…げふん。

「カルトじゃん。ひさしぶりだな」
「……にいさま、ごあいさつおくれてごめんなさい」
「おー。入れば?」

久々の兄弟の再会とは思えない淡白なキルアの反応。
だけどカルトはそれを気にする様子もなく、でもおずおずと扉を押し開いた。

………って、カルトだ。カルトじゃんか!

うわあ、ちっせぇー。漫画の中でも小さかったのに、さらに小さい。
でもすでに美人というのは分かる顔の造りをしていて、ゾルディック家の血が羨ましい。
白い肌に、漆黒の髪と長い睫毛。……女の子でも通用するよな。
あれ、っていうか結局カルトって男と女どっちなんだっけ。

「にいさま、このひと」
「いっしょに天空闘技場にいた
…」
「はじめまして。えーと、カルト?」

『ちゃん』なのか『くん』なのか分からん!
結果呼び捨てにしてしまうと、カルトが目を大きく見開いた。
え、やっぱ呼び捨てまずかった?馴れ馴れしいぞこのおっさん、とか思われたらどうしよう!

「…はじめ、まして」

おおー、挨拶してくれた!ちょっともじもじしてるのが可愛いぞ!
漫画の印象とはちょっと違って、なんだかまだ幼く人見知りな気配がある。
漫画のカルトも人見知りそうだったけど、あれは人見知りというよりは人嫌いって印象だったな。
ゾルディックの家族以外は、ただの他人という認識しかないというか。

そっかそっかー、こんな可愛い時期もあったんだな。
お菊人形みたいでこえぇ、とか思っててごめん。でも原作だと妙に怖かったんだよ。

「キルにいさま、いっしょにねてもいい?」
「えー、けど今日は」
「俺は構わない」
「あ、ほんと?よかったなカルト、三人で寝てOKだってさ」
「うん」

え、あれ、三人で寝ることになっちゃったよ。てっきりキルアとカルトで寝るのかと。
兄弟水入らずの時間を邪魔しないよう、俺はあてがわれた本来の客間に行くつもりだったのに。
なんかもう当然のようにベッドに潜り込むキルアとカルト。
どうかした?と俺が入るスペースを空けて待っている二人に、俺も渋々ベッドに入った。
うわー、まさかのゾルディックのエンジェル組と寝ることになろうとは。

「にいさま、おっきくなってる」
「カルトもだろ」
「…子供の二年は長いな」
「「こどもじゃない」」

不満そうな顔がそっくりな兄弟だ。
悪い悪い、と頭を撫でてやればなぜか二人揃って俺の腕にもぞもぞ頭をのせてきた。
え、まさか二人とも腕枕しろってこと?ちょ、両腕痺れるぞ明らかに。
子供じゃないなら甘えんなよー、と思いながらも拒否れない俺。だって、可愛い。

はあ、この可愛いものに弱い性格もどうにかしなきゃなぁ。
学生の頃からそう思っていたけど、もう無理なんだろうか。男としてどうよ。
それはそれでお前の魅力なんじゃないか?と友人は言ってくれてたけども。

「おれ、はやく大きくなるからな」
「楽しみにしてるよ」
「ぼくも、とうさまぐらいおおきくなる」
「………そうか」

そんなでかいカルトは見たくない気がするんだけど。

「どうやったらみたいになれる?」
「成長期がきたら自然と伸びる。よく食べて、運動して、寝るんだ」
「「ふーん」」

キルアといるせいか、カルトもだんだんと緊張を解いてくれたらしい。
すっかり俺の腕枕でうとうとしはじめ、瞼がゆっくりと下りていく。
知らない俺がいても一緒に寝たいというんだから、キルアの帰りを待ち侘びていたんだろう。
ごめんな、せっかくキルアが帰ってきたのに俺が独占しちゃってて。

でも俺もやっぱり、キルアとの別れは寂しくて。
だからこうして当たり前のように甘えてくれるキルアが。

可愛くて仕方ないんだ。




ちびっ子パラダイス。

[2011年 5月 20日]