第31話

その後のキルアは、駄々をこねまくった。
いやだ、まだかえりたくない。その一点張り。

ええー、二年ぶりに家に帰れるのに渋るってなんでだよー。
帰れば両親がいて、兄弟やじーちゃんたちも待ってるんだろ?何で嫌なんだ。
それとも二年ぶりでどうすればいいのか分からない、とか?
どんな顔して会えばいいんだとか、そういう感じなのだろうか。シャイなちびっ子め。

「ぜってー、やだ!それならおれ、200階の登録してくる!」
「やめておけ」

頼む、それだけは勘弁してくれ。
200階以上は念能力者ばっかりなんだってば…!
いまのキルアがいったら五体不満足じゃ済まないかもしれないんだぞ。
もしそうなったら、俺はどうすりゃいいんだ!イルミに何回殺されても文句言えない。

それに、俺自身、キルアが傷つくのを見たくない。
…いま念習得しちゃったら、ゴンとの友情もどうなるやら分からないし。

「キルア、何がそんなに嫌なんだ」
「………………」
「目標を達成したんだ。胸張って家に帰れる」
「………」
「帰れるなら、帰れ。帰れなくなってからじゃ遅い」

どうするんだ?ここで残るとかいっちゃってさ。
じゃあ修行の延長戦ってことでフロアマスターに勝つまで帰ってこないように、とか言われたら。
そうしたらさらに一年とか二年、もしくはそれ以上の時間を費やすことになるかもだぞ!
こんな苦行のような毎日が終わるなら、喜んで帰るだろう普通。

は…」
「ん?」
「ここに、のこるのか?」
「あー…」

なんだかんだで居心地よくはなっちゃってるけど。
最初はお金を稼ぐためで、その後はキルアを見守るために残ることになって。
そうしたらいつの間にか、ここが俺の家みたいな感じにもなってた。

でも、キルアが帰るのなら。
俺がここにいる必要はもうなくなるんだ。

「わからない」

それが正直な答え。
やめたっていいんだけど、じゃあどこに行く?となると答えが出ないんだ。
やっぱり拠点になる場所はほしいし。かといってなぁ…。
ここに残ると、最終的にフロアマスターと戦わないといけなくなるわけだろ?
それはちょっと…遠慮したい気もする。
だって200階で10勝して尚且つフロアマスターに勝利した猛者と戦うなんて!

「他に行く宛てはないから、残るかもしれない。でも、出て行くかもしれない」
「なんだよそれ。の家は?」
「家族はいないし、故郷と呼べる場所もないんだ」

故郷、というか。世話になった場所と人はあるけど。
あ、そうだ、久しぶりにじっちゃんに会いに行くのもいいかも?
いまならお金もあるし、お酒買って顔出すのもいいよなぁと頭の中で地図を描く。
急ぎの仕事もいまは入ってないし、お礼もかねて。

そう計画していると、くいっと袖を引っ張られた。
視線を落とせば、どこか頼りなげに揺れる猫のような目。

「…どうした?」
「………
「ん?」
「…おれん家の子になればいいのに…」

それはさすがに無理かな!!

勘弁してくれ、その優しさは嬉しいけど、嬉しいけども!
ゾルディック家に入ったら、俺真っ先に毒殺されるじゃねえか!もしくは拷問で死ぬ。
やだ、毒殺にしろ拷問にしろすっげえ辛そう。俺、死ぬなら家族に囲まれて大往生がいい!

「気持ちは嬉しいが…俺には無理だよ」
「けど!」

無理だってばー!!俺ぜったい生きていけねえもん!
あんな試しの門とかミケとかがいるような、標高めっちゃ高い家になんて住めないっ。
万が一生き残れたとして、暗殺家業なんてもっと無理。
キルアはきっと心からの善意で言ってくれてるんだろうけど、ほんと大丈夫だから。

だったら天空闘技場を永住地にした方がなんぼかマシだ。

「…と…会えなくなっちゃうじゃん…」

………え、何これ。
目の前でしゅんとしてるこのちびっ子、超かわいい!!

俺は欲望に抗うことができず、そのままキルアの銀髪をわしゃわしゃと撫でてしまった。
そっかー、俺と別れるの寂しがってくれてんのかー、にやにやしてきた。
出会ったときなんておじさん扱いだったのに、いまはこんなに懐いてくれちゃって。

「キルアが会いたいと思うなら、いつだって会えるさ」
「…本当に?」
「俺の携帯は知ってるだろ?連絡してくればいい」
「……うん」
「一緒に遊んだりしたいなら、呼べばいい。仕事がなければ、来れるから」

多分。

「……ぜったいだぞ」
「ああ」

小さい小指が差し出され、指きりがこの世界にもあるのかと目を瞬く。
ほらも小指だす!といわれてそのまま従った。
絡められた小さな指が、俺の小指を上下に揺らす。
ゆーびきーりげーんまーん、と可愛らしい歌声が部屋に流れた。

「うーそつーいたら、針せんぼーん、さーすぞ。ゆびきった!」

ちょっと待ってええええぇぇぇぇぇ!?

え、あれ、ハリセンボン飲ますじゃなかったっけ!
なんかいま針千本刺すって聞こえた気がしたんだけど、俺の気のせい!?

これ知らねーの?」
「……知らない」

知らないよ、そんな物騒な約束知らない!
ああもう泣きたくなってきた。でも約束破らなきゃいいんだよ、うん。
っていうかハリセンボン飲ますのだって、普通に怖いしな。同じだ、同じ。

…脳裏に針を構える無表情なイルミさんが浮かんでるんですが、どうすれば。

「さて。明日には出発だ、早く寝るぞ」
「なあなあ、いっしょに寝ていい?」
「いいけど…寝相悪いからなキルア」
「えー、いいじゃん」

いいんだけどさ、いっつも蹴られないように必死に抱っこする俺の身にもなれ!
キルアの足はかなりの威力があるから、もういつも押さえ込んでないと俺は眠れない。
おかげで寝てる間も筋トレ状態だぜ、はは!

「つかさ、なんで兄貴と連絡とってんの」
「俺が聞きたい。勝手に番号とメールを調べられてたんだ」
「ふーん」
「まあ…仕事を紹介してくれるから、感謝はしてる」

ときどき、殺す気!?って思うような仕事もあるけど。
でもなんとか稼げてはいるんだから、難易度の低いものを選んでいるんだろう。イルミなりに。

ベッドにごろりと寝そべる俺の横に、キルアもダイブ。
軋むスプリングを感じながら、明日には一人になるのかとぼんやり思った。
基本的に一人での生活は慣れてる。それでも、やっぱり。
キルアと一緒に過ごす時間は長かったんだな、と気づく。

「キルア」
「んー?」
「寂しくなるな」
「べっ、べつにおれは」
「おやすみ」

あーあ、この柔らかあったかな抱き枕も今晩で最後か。
本当に切なくなってきた、くそう俺もう二十歳過ぎたっていうのに。
………ハンター世界で成人迎えちゃって、なんか妙な気分だ。

むぎゅ、とキルアを抱き締めればくるしいって!と暴れられる。
こんなやり取りも最後かと思うと切なくて。もう一度、ぎゅーっと抱き締めた。




最後に過ごす時間。

[2011年 4月 14日]