第30話

『キルア選手、弱冠8歳にして200階への切符を手に入れましたー!!』

興奮したアナウンサーの声を聞きながら、観覧席に座っていた俺は思わずガッツポーズ。
よし、よくやったぞキルア!ついに190階の壁を越えて勝利することができた!
なんだかもう、二年の付き合いになったちびっ子の成長に、俺は涙が滲んできそうになる。
あんなに小さかった子がこんなに大きく………いやもともと態度はでかかったけど。

客席にいるこっちに気づいたんだろう、キルアがVサインを向けてくる。
うんうん、その素直な笑顔が眩しいよ。今晩はご馳走だなキルア!
そうウキウキと勝利を喜んでいた俺のポケットで、携帯が振動を始めた。







明日、飛行船行かせるから。

イルミからそんな簡潔なメールが届いていたことに、部屋に戻ってから気づいた俺。
だから携帯はあれほど小まめに確認しろとうんぬん、じーちゃんの小言が思い出される。
仕事するようになってから、それなりにチェックはしてるつもりなんだけど。
どうも電話とかメールのタイミングが悪いというか、なかなか出られないことが多い。
そのことに呆れたのか、最近じゃイルミはメールで用件を送ってくる。

………でもさ、イルミにメール教えてないはずなんだよ、俺。
勝手に番号も知ってたよなぁ。あれか、ゾルディックの情報網なめんじゃねえぞってことか。
こわ!暗殺者一家こわ!!別になめたことなんて一度もないよ俺!

「あーつっかれたー!!」
「おかえり、キルア。200階到達おめでとう」
「おう!」

笑顔で部屋に入ってきたキルアに、携帯を閉じてベッドに放り投げる。
飛行船の迎えが来るのは明日。なら今夜はのんびり過ごせるということだ。

「今日はキルアの好きなもの食べよう」
「マジで!やった」
「何がいい?」
の作った甘口カレー!」
「あぁ…そんなんでいいのか。もっと豪華なとこに食べに行っても」
「いいんだよ、おれそれが食いてーんだもん」

かわいい…!!
なんて可愛いこと言ってくれんだこの子!
ああもう、キルアのためならお兄さん頑張っちゃうよ!
って、足りない食材があるから買い出しに行かないとなー。
上着を手にとる俺に、キルアは当たり前のようにスケボーを手にとった。

「…一緒に行くのか?」
「ひとりでいてもつまんねーし」
「チョコロボくんを買い物カゴにこっそり入れるつもりだろう」
「ばれた?」

にやり、と笑ったちびっ子は、いいじゃんいいじゃんと手を引いて歩き出す。
引っ張られるような形で部屋を出た俺は、結局チョコロボくんを買ってしまうんだろうと思う。
だって今日はキルアがようやく目標を達成した日。

そして、一緒にいられる最後の日なのだから。








結局チョコロボくん全種類の味を買わされ(一日で食べきるに違いない)
カレーの材料を買った俺は再び部屋に戻り、調理場に立った。
じーっと作業するこちらの手元を見つめる猫目に、なんだか緊張で手が震えそう。
な、なんでここにいるんですかねキルアくん。テレビとか見ててもいいんだよ…?

ってさ、包丁つかうのうまいよな」
「…そうか?普通だろ。昔からやってるから、慣れてる」
「ふーん」
「キルアだって、できそうじゃないか。刃物の扱い」

包丁とかハサミとかカッターとか、なんでもすぐ上手く使いこなしそうだよなー。
そのどれも俺は子供の頃うまく使えなかったけどな!特にハサミとカッター。
図工の時間とか何のごうもんだよ、って子供ながらに思った記憶がある。

クラピカも器用そうだよなー。んでもって逆に、レオリオとかゴンは苦手そうだ。
…いやレオリオは医者目指してんだし、武器はナイフだったなそういえば。意外に器用?

「まあ、ならってはいるけど…」

おお、さすがキキョウさん。キルアにも家事を仕込んでるのか。
それとも子供らしく折紙とか画用紙とか使って遊んだりもするとか?
って、あれ?ゾルディック家って執事いるよな。食事はどうしてるんだ。
やっぱり家族の分はキキョウが作るんだろうか。それともそれは執事の仕事?

疑問に思って、俺はちらりとキルアに視線を向ける。
なに?と首を傾げる少年に、いやと首を振った。
毒仕込みの料理を作る人が誰かなんて知りたくない。

「キルアはもうなんでも捌けるのか?」
「親父たちみたいに、きれいにはむり」
「そこは長年の経験だろ。俺だって、すぐにできたわけじゃない」
「ほんとに?」
「当たり前。切るにしたって、色んなやり方があるし」

肉だって、鶏肉に豚肉に牛肉などなど。扱い方が違う。
魚にいたっては本当に奥が深いと思う。

がとくいなのは?」
「特にこれといって…あんまり力はないから、切りつけやすいところを見つけるのが先」
「弱点ねらいってことかー」
「けっこう面白いから、キルアもやることがあったら気にしてみるといい」
「なにを?」
「全然びくともしない部分と、面白いぐらいあっさり切れる部分とあるから」

あんだけ苦労してたのはなんだったんだ、ってぐらいすーっと切れる部分があるからなぁ。
無駄な体力使った…とまな板の前で打ちひしがれたこともあったっけ。
この肉の場合、引きながら切るんじゃ、とじーちゃんに馬鹿にされたことも。
あの鼻で嘲笑われたときは、本気で悔しかったなぁ。

キルアの手料理、いつか食べてみたいな。超甘い味付けかもしんないけど。
そう思いながら切り方の説明を終えた俺に、キルアはやたらと神妙な表情で頷いた。

「こんど、注意してみる」
「ん」
「じゃあさ、えぐるのは?」
「えぐる?」

料理で抉るなんてそうそう……あ、ジャガイモの芽とか?
あれはお腹によくないから、ちゃんと取っておかないとなんだよな。
すごいなキルア、そういう包丁の使い方まで知ってんのか。

「無駄なく抉るのは大事だ。他の部分まで抉ったらもったいない」
「もったいない?」
「不恰好だろ」

家庭科の授業で、芽を抉ろうとして大きくやりすぎ、クレーターを作った女子がいた。
なんかもうさ、その後ジャガイモを乱切りにしたんだけど…妙な出来映えになっちゃって。
不要部分だけを取るって大事なんだなぁ、としみじみ思った。
しかも剥いた皮の方が実より分厚いってどんなだよ。ほとんど残ってねえよ、それ。
その横で、涼しい顔して綺麗に大根のかつら剥きをしていた友人を思い出す。
…そういやあいつも、料理得意だったな。

「そっか、やっぱわかんないぐらいキレイにえぐった方がいいのか」
「それができたら理想だな」

ふむふむ、と頷くキルアに微笑ましくなりながら野菜を鍋に投入。
これだけ熱心なら、すぐに上手くなると思うぞきっと。









「どうぞ召し上がれ」
「いっただっきまーす!」

嬉しそうにスプーンを手にとるキルアの向かいに座り、俺も口をつける。
カレーとしては甘すぎるわけだが、これはこれで懐かしい味わいだ。
俺が辛口食べられるようになったのって、いつだったっけなぁ…。

「あ、キルア」
「?」
「明日、飛行船が迎えに来るってイルミから連絡があった」
「え」
「目標達成したら、帰るんだろ?家に」

頬杖をついて切り出せば、キルアは目をまん丸に見開いていて。
妙な空気に、俺はどうすればいいのか分からなくなってしまった。




料理談義のつもりらしい主人公ですが、多分キルアの話は意味が違う。

[2011年 4月 12日]