第29話−キルア視点

いつものようにスケボーを使って廊下を進んでいたおれ。
何か面白いものはないかと視線を巡らせてたら、見慣れた姿を見つけた。
なんかいつも以上に無表情っていうか不機嫌そうな
一週間以上帰ってこなかったんだよな、あいつ。遅いってーの。

けど待ってたなんて思われるのは嫌で。
俺はいつも通りの顔をつくってスケボーの進路を変更した。

「お。じゃん、帰ってたのかよ」
「キルア。………あれ?」
「?なんだよ」

おれに気づいたが足を止めて、じっと見下ろしてくる。
それから首を捻りながら、ぽんぽんと頭を撫でてきた。
……ほんとおれの頭撫でんの好きだよな。いくら自分がでかいからってさー。

「背、伸びたな」
「え、マジ?」
「あぁ。大きくなった」
「へへーん、まだまだこれからだぜ」

そうそう、絶対にのこと追い越してやるんだからな!
機嫌のよくなったおれは、ふとの姿に目をやった。

「つか、ずいぶんボロボロじゃん。そんなにたいへんだったのかよ?」
「まあ。拷問を受けなかっただけマシと思うことにする」
「は?」

さらりと出てきた言葉が、なんかおかしくね?
って、仕事がてら知り合いに会ってくるとか言ってた気がすんだけど。
それでなんで拷問とか単語が出てくんだよ。
本当にってどんな仕事してんだよ。普通の運び屋だ、なんて言ってたけどさ。
普通の運び屋が。こんなボロボロになって、その上に拷問受ける危険に遭うとか変だろ。

あ、もしかして不機嫌そうなのってそのせいか?
仕事の途中でイレギュラーなことでもあったのかも。

「…まあいい、大したことはなかったんだ」
「ほんとうに?」
「あぁ。襲撃を受けはしたけど、すぐ片付いた」

あ、やっぱなんかトラブルがあったんだ。
服が薄汚れてはいるけど、それだけで。怪我とかしてるわけでもない。
ただ面倒臭そうに溜め息を吐いてはいるけど。
すぐに片付いた、って言葉にさすがだよなと思う。200階でもずっと楽勝だし。
くそ、おれだってそのうち。

「キルア」
「?」
「今夜は、同じベッドで寝るか」
「え、マジで?いいの?」

いつもはちゃんと一人でベッドで寝ろ、って言うのに。

「人肌は安心する」
「……がいうとやらしー」
「………そうでもないだろ」
「人はだ恋しいなら、女んとこいきゃいいじゃん」
「そんな存在が俺にいると思ってるのか?」

目を細めて見下ろしてくるの焦げ茶の瞳は、濁った色。
それはなんていうか、そう警戒心と拒絶?

やっとそこでおれは気づいた。
………から、血の臭いがする。これはの血とかじゃなくて。
他のヤツが流した血の臭いが移ってるだけで。
人を殺した後は衝動を抑えるのが難しいから、女とか酒で紛らわすのがいい。
そんなことを親父とじーちゃんが言ってたけど。

は安心したいって言ってた。
こういう世界に片足突っ込んでる人間に、普通の恋人ってのがいる可能性は低い。
身軽でいるためには人間に深入りしない方がいい、とかなんとか兄貴が。

「…わるかったよ」

の顔が見てられなくて、俯いてぼそりと謝る。
きっとこいつならいくらでも相手してくれるおねーさん達がいるんだろうけど。
でもそれじゃ意味がないんだ、多分。

「いい、気にするな。今更のことだ」
「けどさ」
「お前は優しいな、キルア」
「………そんなことねーよ。だっておれ…」
「優しいよ」

そう言って頭を撫でてくれるの手はおっきくて、あったかい。
日の当たる場所で生きていくことなんてできない、それを改めて思い知らせてしまったのに。
もうとっくの昔にそれは受け入れてる、って感じではおれを許す。
………なんだよ、優しいのはお前の方じゃん。いっつもおれのこと甘やかしてさ。

「部屋に戻るか」

当たり前のように差し出される、その手。
こんな風におれを待っていてくれる手があることが、嬉しくて。
うん、と頷いてその手をとる。

なあ。おれ、お前から血の臭いがしても気にしねーよ。
さっきはあんなこと言ったけど、すげー嬉しかったんだ。

おれを、選んでくれたこと。







やっぱり血の臭いが嫌だったのか、は部屋に戻るとすぐにシャワーを浴びてた。
その後は久々にの作った料理を食べて、二人でごろごろテレビを観て。
最後は同じベッドに入って眠りにつく。

おれを抱き枕にして眠るは、静かな寝息を立てていて。
けど殺気とか他の人間の気配を感じたら、すぐに目を覚ますんだろうなと思う。
だっておれがそうだから。
けど、こうやってと一緒にいると、いつもよりよく眠れる。
それがおれだけじゃないんだって、分かった。

くすぐったくなって、の胸元に鼻先を寄せる。
すると当たり前のように背中に回った腕が、ぽんぽんと俺を叩く。

結局、子ども扱いかよなんて思うけど。

これはこれで、子供の特権だしいっかと思うことにした。




甘えん坊キルア。

[2011年 4月 11日]