甘えん坊キルア。
[2011年 4月 11日]
いつものようにスケボーを使って廊下を進んでいたおれ。
何か面白いものはないかと視線を巡らせてたら、見慣れた姿を見つけた。
なんかいつも以上に無表情っていうか不機嫌そうな。
一週間以上帰ってこなかったんだよな、あいつ。遅いってーの。
けど待ってたなんて思われるのは嫌で。
俺はいつも通りの顔をつくってスケボーの進路を変更した。
「お。じゃん、帰ってたのかよ」
「キルア。………あれ?」
「?なんだよ」
おれに気づいたが足を止めて、じっと見下ろしてくる。
それから首を捻りながら、ぽんぽんと頭を撫でてきた。
……ほんとおれの頭撫でんの好きだよな。いくら自分がでかいからってさー。
「背、伸びたな」
「え、マジ?」
「あぁ。大きくなった」
「へへーん、まだまだこれからだぜ」
そうそう、絶対にのこと追い越してやるんだからな!
機嫌のよくなったおれは、ふとの姿に目をやった。
「つか、ずいぶんボロボロじゃん。そんなにたいへんだったのかよ?」
「まあ。拷問を受けなかっただけマシと思うことにする」
「は?」
さらりと出てきた言葉が、なんかおかしくね?
って、仕事がてら知り合いに会ってくるとか言ってた気がすんだけど。
それでなんで拷問とか単語が出てくんだよ。
本当にってどんな仕事してんだよ。普通の運び屋だ、なんて言ってたけどさ。
普通の運び屋が。こんなボロボロになって、その上に拷問受ける危険に遭うとか変だろ。
あ、もしかして不機嫌そうなのってそのせいか?
仕事の途中でイレギュラーなことでもあったのかも。
「…まあいい、大したことはなかったんだ」
「ほんとうに?」
「あぁ。襲撃を受けはしたけど、すぐ片付いた」
あ、やっぱなんかトラブルがあったんだ。
服が薄汚れてはいるけど、それだけで。怪我とかしてるわけでもない。
ただ面倒臭そうに溜め息を吐いてはいるけど。
すぐに片付いた、って言葉にさすがだよなと思う。200階でもずっと楽勝だし。
くそ、おれだってそのうち。
「キルア」
「?」
「今夜は、同じベッドで寝るか」
「え、マジで?いいの?」
いつもはちゃんと一人でベッドで寝ろ、って言うのに。
「人肌は安心する」
「……がいうとやらしー」
「………そうでもないだろ」
「人はだ恋しいなら、女んとこいきゃいいじゃん」
「そんな存在が俺にいると思ってるのか?」
目を細めて見下ろしてくるの焦げ茶の瞳は、濁った色。
それはなんていうか、そう警戒心と拒絶?
やっとそこでおれは気づいた。
………から、血の臭いがする。これはの血とかじゃなくて。
他のヤツが流した血の臭いが移ってるだけで。
人を殺した後は衝動を抑えるのが難しいから、女とか酒で紛らわすのがいい。
そんなことを親父とじーちゃんが言ってたけど。
は安心したいって言ってた。
こういう世界に片足突っ込んでる人間に、普通の恋人ってのがいる可能性は低い。
身軽でいるためには人間に深入りしない方がいい、とかなんとか兄貴が。
「…わるかったよ」
の顔が見てられなくて、俯いてぼそりと謝る。
きっとこいつならいくらでも相手してくれるおねーさん達がいるんだろうけど。
でもそれじゃ意味がないんだ、多分。
「いい、気にするな。今更のことだ」
「けどさ」
「お前は優しいな、キルア」
「………そんなことねーよ。だっておれ…」
「優しいよ」
そう言って頭を撫でてくれるの手はおっきくて、あったかい。
日の当たる場所で生きていくことなんてできない、それを改めて思い知らせてしまったのに。
もうとっくの昔にそれは受け入れてる、って感じではおれを許す。
………なんだよ、優しいのはお前の方じゃん。いっつもおれのこと甘やかしてさ。
「部屋に戻るか」
当たり前のように差し出される、その手。
こんな風におれを待っていてくれる手があることが、嬉しくて。
うん、と頷いてその手をとる。
なあ。おれ、お前から血の臭いがしても気にしねーよ。
さっきはあんなこと言ったけど、すげー嬉しかったんだ。
おれを、選んでくれたこと。
やっぱり血の臭いが嫌だったのか、は部屋に戻るとすぐにシャワーを浴びてた。
その後は久々にの作った料理を食べて、二人でごろごろテレビを観て。
最後は同じベッドに入って眠りにつく。
おれを抱き枕にして眠るは、静かな寝息を立てていて。
けど殺気とか他の人間の気配を感じたら、すぐに目を覚ますんだろうなと思う。
だっておれがそうだから。
けど、こうやってと一緒にいると、いつもよりよく眠れる。
それがおれだけじゃないんだって、分かった。
くすぐったくなって、の胸元に鼻先を寄せる。
すると当たり前のように背中に回った腕が、ぽんぽんと俺を叩く。
結局、子ども扱いかよなんて思うけど。
これはこれで、子供の特権だしいっかと思うことにした。
甘えん坊キルア。
[2011年 4月 11日]