第29話

旅団のアジトを出てから天空闘技場に帰るまで、俺は一週間ほど彷徨った。
なんとか無事に飛行船に乗れたときには、もうぐったりしてたほど。
……そらな、盗賊がアジトにするような場所なんだから、一般人が近寄らない所にあるわけで。
俺どんだけの距離走らされたんだ?と涙目になりながら放浪したものである。

見慣れた高い高い建物に飛行船が吸い込まれていく。ああ、天空闘技場だよ…。
帰ってきたー!という気分になる自分が、妙におかしかった。
ここに来たばっかりのときは、あんなにびくびくしてたのに。今じゃ我が家みたいなもの。

「あれ!あのひとよって選手!」
「えー、うっそぉ」

ん?なんか俺の名前が呼ばれたような。
ちらりと声がした方へ視線を向ければ、ひそひそと話す女の子達。
俺の視線に気づくと、なぜか悲鳴を上げた。え、俺そんな不審者っぽいんか。
いやまあ、彷徨いまくったおかげでちょっと汚れてるけどさ。何も悲鳴上げなくても。

微妙に傷心し、俺は何も見なかったことにした。
いいさいいさ知ってるよ、俺はどうせ女の子との楽しいイベントには縁がないんだ。
なんだってこんなに女運がないんだろうか。……平々凡々のヘタレだからだよな、うん。

それにしても女の子達、俺のこと選手として知ってるっぽかった。
やっぱり200階まで行くとだいぶ知名度も高くなるらしく、街中でも視線を向けられる。
そのどれもがこう…遠巻きに見てくる感じで、ものすごーく居心地が悪いのだ。
俺みたいなへなちょこが200階で生き残ってることが不思議なのかもしれない。
あいつズルしてんじゃね?とか思われてたらどうしよう。

いやでも、200階は武器の使用もOKなわけで。ズルも何も。

「お。じゃん、帰ってたのかよ」
「キルア。………あれ?」
「?なんだよ」

シャー、とスケボーに乗って廊下を滑走していたキルア。
もう注意する気にもならない俺は、嬉しそうに近づいてきたキルアに目を瞬いた。
あれ、なんか。

ぽふぽふと頭を撫でてやると、なんだよ?と大きな猫目が見上げてくる。
うん、やっぱり。

「背、伸びたな」
「え、マジ?」
「あぁ。大きくなった」
「へへーん、まだまだこれからだぜ」

ものすごく嬉しそうに胸を張るキルアはなんて可愛いんだろう。
ああ癒される、もう心の底から癒される。お前は俺のオアシスだよキルア…!

「つか、ずいぶんボロボロじゃん。そんなにたいへんだったのかよ?」
「まあ。拷問を受けなかっただけマシと思うことにする」
「は?」

フェイタンに会ってたら絶対に拷問コースだっただろうな。
ウボォーもいたら、フィンクスと一緒になって手合わせしろと言ったに違いない。
そうなったら俺は三途の川を渡る覚悟をしなければならなかったわけだ。
嫌だ、そんなん嫌だ。死ぬんならせめて、パクとかマチの手にかかって死にたい。

………いや、死にたくはないんだけど。

「…まあいい、大したことはなかったんだ」
「ほんとうに?」
「あぁ。襲撃を受けはしたけど、すぐ片付いた」

あの戦闘終了の早さは異常だったけど。
賞金稼ぎ達の末路を思い出して、俺は嘔吐感まで思い出してしまう。
いかん、あれはトラウマになりかけてるぞこれ。しばらく夢に見るかな、やっぱ。
しばらくは一人で寝られないかも…。

「キルア」
「?」
「今夜は、同じベッドで寝るか」
「え、マジで?いいの?」

むしろ俺からお願いします。お兄さん情けないけど、一人で寝たくない気分。
キルアって柔らかくてぬっくぬくだから、抱き枕にすごくいいんだよねー。
あんまり甘やかすとイルミに殺されるから、ちゃんと別のベッドでと普段は言い聞かせてるけど。

「人肌は安心する」
「……がいうとやらしー」
「………そうでもないだろ」
「人はだ恋しいなら、女んとこいきゃいいじゃん」
「そんな存在が俺にいると思ってるのか?」

彼女いない歴=年齢なんだぞ俺は。
何も傷心の心にさらに塩を刷り込むことしなくたっていじゃんかー!!

泣きたいのを必死に堪えていると、キルアが視線を外した。
うわ、絶対これ情けない大人って呆れられてるよ。いい年してなんて顔してんだよ、的な。
仕方ないだろ、女の人に癒してもらうなんてそんな高等技術俺には無理なんだから。
だいたい女の人肌って………いかん、パクのあの身体が浮かんでくる。
ぎゃあああ、別の意味で眠れなくなりそうー!!

「…わるかったよ」

って、まさかの年下に気を遣わせちゃったよ俺ー!!?

「いい、気にするな。今更のことだ」
「けどさ」
「お前は優しいな、キルア」
「………そんなことねーよ。だっておれ…」
「優しいよ」

だからそんな気遣いしてくれなくていいんだよ、もっと切なくなるから俺。
もう何も言ってくれるな、と白銀の髪をわしわしと撫でる。
部屋に戻るかと手を差し伸べれば、うんと素直に伸ばされる小さな手。

その手の温もりに、俺はやっぱり癒されるのだった。






女性が絡むと常に泣いてる気がしますね彼。

[2011年 4月 11日]