第28話−パクノダ視点

個人的な用事を済ませて、アジトのひとつへと向かう。
なかなかのワインも入手できたため、マチにそのことを連絡した。
団長はフェイタンと共に外出しているらしいけれど、今日中には戻るとのこと。
よかった、多分これクロロの好きな銘柄なのよね。

灯りのない暗い廊下を進んでいくと、調理場になっている部屋から賑やかな声が聞こえてくる。
全員が集合しているわけではないだろうけれど、それなりに揃っていそうだ。
顔を出すと、料理の準備に取り掛かっているメンバーがいて。

さらに見慣れない青年がいることに気づいた。

「あら、お客さん?」
「戻ったか、パク」
「えぇ。団長お気に入りの年代物よ、ほら」

口笛を吹くフィンクスにワインを渡して、腰かける青年に視線を流す。
幻影旅団のアジトにいるというのに落ち着いた彼は、こちらを見ていた。
けれどすぐに興味を失ったかのように視線を逸らしてしまう。
その表情に浮かぶ翳りに、彼も自分たちと同じ穴のムジナかもしれないと感じ取る。

「シャルナークの友達だと」
「あぁ、最近よくやり取りしてる?」
「なんだパクは知ってたのかい」

シャルナークが携帯をいじっているのはいつものことだけれど。
楽しげにメールや電話をしている姿を、幾度か見かけた。
最近楽しそうね、と声をかけたときにまあねと肯定の返事が返ってきたのはそう昔ではない。

「まさかここに呼ぶとは思わなかったけど。私はパクノダよ、よろしく」
「…。よろしく」

ぶっきら棒に名乗ったという青年は、もうこちらに視線を向けることはなかった。
それ以上の関わりを拒むかのように伏せられた瞳。その睫毛に落ちる黒髪。
どこか異質な空気はクロロと少しだけ似ていて。
なるほど、シャルナークが打ち解けやすかったわけだと納得してしまう。

恐らく、彼も裏の世界で生きる人間なのだろう。

ってなんか好き嫌いあったっけー?」
「特に。毒物でもなければ」

そんな発想が出てくること自体が普通ではなくて。
それなりに過酷な道を歩いてきているらしい、と分かる。
返事の言葉が気に入ったのか、シャルナークは心底楽しげに笑っている。珍しい。

「ははは、そんなの出すわけないだろ」
「いーや、シャルなら笑顔で出すこともあるぜ絶対」
「フィンクスになら出してやろうかと思うこともある」
「おおい!?」
「あんたは一言多いんだよ。ほら、さっさと食べるから座りな」

マチの一声でそれぞれに腰を下ろして食事を始める。
少し興味の湧いた私はそのままの隣りに座った。

ただ黙々と食事を続ける彼は、おいしいと感じている様子もなくて。
栄養を摂取するための行動にすぎない、とばかりだ。
食事の喜びを感じることができないだなんて、それはとても勿体ない。
そう、私には思えた。








それから食事を終えた彼は、すぐに去っていってしまった。
ふらりとやって来てはふらりと消える。まるで野良猫のようだ。

見送りに出ていたシャルナークが戻ってきて、何やら大きめの箱を取り出す。
何だろうかと首を傾げると、パクも食べる?と中身を見せてくれた。
中にあったのは美味しそうなケーキたち。随分と数は減っているようだけれど、まだ幾つかある。

「シャルが?」
のお土産。おいしいんだ、これ」
「お土産…」
「甘いもの好きらしいよ」
「あら、そうなの。てっきり食べることに関心がないと思ってた」
「あー今日はそんな感じだったけど。偏食とか?」
「あなた以上の甘党かもしれないわね」

なんだ、ちゃんと食べ物を美味しいと感じることができるのか。
それならよかったとほっとしている自分がいて、お節介にも程があると苦笑してしまう。
彼が食べ物をおいしいと感じようが、何も感じないでいようが関係がないというのに。

「それにしても、随分と面白そうな男を連れてきたものね」
「興味が尽きなくてさ。今日も俺のゴミ掃除に付き合わせちゃったんだけど」
「狙われたの?」
「久しぶりに。も手伝ってくれたけど、まだまだ本気が見れてないんだよね」
「あなたがそこまで興味を持つのも珍しい」
「俺も驚いてる。でも元々、好奇心は強い方だし。興味を持ったら一直線だよ俺」
「言われてみれば」

そうこうしていると、廊下から複数の足音が響いてきた。
馴染んだ気配に顔を上げれば、来ていたのかとわずかに目を瞬くクロロ。
その後ろにいたフェイタンは、もう寝るねと一言呟いて去っていってしまう。
どこかご機嫌だったから、楽しい暇つぶしができたのかもしれない。

「クロロ、パクが美味しいワインを持ってきたよ」
「ほう、それは楽しみだ。………上機嫌だな、シャル?」
「残念だったねー、クロロ。けっこう面白いヤツ連れてきてたのに」
「面白いヤツ…ここへか?」
「うん。俺の友達」
「友達……」

どかりと腰を下ろしたクロロにグラスを用意して、赤い液体を注ぐ。
ふわりと鼻孔をくすぐる香りに満足気に目を細めた団長は、それを手の中で揺らした。

「お前に友達、か。妙な感じだな」
「俺の友達は機械だけかと思ってた、とか言ったら怒るよ」
「言わないさ、そんなこと。フィンクス達じゃあるまいし」
「さすが団長。団員達のことよく分かってる」
「ということは、フィンクス達はその失礼なことを言ったわけね」
「ご想像通り」

肩をすくめるシャルナークは飄々としているが、しっかりと報復したに違いない。
涼しい顔をしてやることは恐ろしい。それはシャルナークとクロロに共通する部分だろう。
墓穴を掘ったフィンクス達を不憫に思いながら、ケーキを頂くことにした。
どれにしようかしら、と覗き込む。新商品はそのチョコケーキだって、と教えてくれた。

「ならそれで」
「了解」
「…なんだそれは?」
の土産。あ、俺の友達ね」

はい、と差し出してくるシャルナークにお礼を言って受け取る。
あら団長黙り込んじゃった。これはという存在に少し興味を持ったかしら。

「…シャル。そいつをここに連れてきた意図は?」
「まあ半分はなりゆき。でもクロロに会わせるのもいいか、とは思った」
とかいうヤツは」
「会いたくないって言ってたよ。フィンクスの手合わせも断ってた」
「その割には、アジトで自由に過ごしてたわね」
「俺たちのことは知ってるのか?」
「今日説明したけど、驚いてる様子もなかったな。もしかしたら知ってたのかも」

別に隠してないしさ、とシャルナークが取り出したケーキにフォークを刺す。
知っていたにしろ、知らなかったにしろ。
幻影旅団である自分たちと、あんな風に過ごせるのはやはり彼が普通ではないから。
ふむ、と顎を撫でたクロロが背もたれに体重をかけた。

「次の機会には、ぜひ俺も同席したいものだな」
「あんまりちょっかいかけられるのは困るけど」
「お前は一度執着すると怖いからな。気をつけるさ」

楽しげに笑ってワインに口をつける団長に、あとは私たちも食事に専念する。
もし次の機会があるのなら、また食事をしたいものだ。今度は甘いものを用意して。
あの何も映さない瞳が、美味しさにどう変化するのかを見て見たい。

程よく広がるクリームの甘さを感じながら、そう思った。






緊張しまくりだったのに、全然伝わっていない主人公。

[2011年 4月 4日]