第41話

ゾルディック家から生還した俺は、生きていることを噛み締めながら毎日を送った。
いやもう、マジで生きて帰れると思ってなかった…!ホント怖い、あの家っ。

キルアがいなくなった部屋はあんまりに広くて(実際かなり広いんだけど)
しんみりとすることが増え、これではいかんと俺は念の修行に打ち込んだ。
といっても結局自分の能力をどう開発していくか皆目見当もつかない状態のまま。
地道に基礎訓練しかできていない、というのが現状。

「…もらった腕輪の設定も、そのうち決めないとだしな」

ゾルディック家はなんでか健康に気を使って使用してたみたいだけど。
そんなもったいないことできないし。んー、何がいいのかなぁ。

仕事して、闘技場でファイトして、念の修行して。たまにキルアと電話して。

充実してるんだかマンネリ化してるんだか分からない毎日を過ごしている中。
久々に天空闘技場のお膝元までシャルナークがやって来た。
慈善事業のために近くまで来たとかで、旅団の皆と別行動で顔を出してくれたらしい。
機械的になりかけていた日常に顔を出してくれたシャルナーク。それがすごくありがたくて。
俺達はそのままいつものケーキ屋に足を運んだ。

「あれ、。随分珍しいものしてるね」
「ん?」
「その腕輪。前はなかったよね」
「あぁ…貰い物だ」
「へえ。俺それ前に見たことあるよ」
「前に?」
「うん、いつだったかなぁ…獲物の中にそれあったはず」

なんでもないことのように言うから、一瞬聞き逃しそうになる。
え、なに、つまりこれ旅団が一度盗んだ品ってこと?つまり盗品!?

「団長が愛でた後は裏オークションに流すか、博物館に寄贈するかなんだけど」
「へえ…」
「一度愛でたものには関心ないから、俺たちが盗むことはないよ」
「それはよかった。シャル達と奪い合いなんて冗談じゃない」
「俺もは相手にしたくないなー」

ええ、ええ、俺弱いからね!相手にもならないからね!どうせつまらんよ!
………いや、面白いと思われて喧嘩売られるよりずっといいんだけどさ。
にしても驚いた。まさかこれが一時期旅団の手に渡っていたとは。
よく考えりゃ世界にひとつしかない作品だって言ってたから、かなり貴重なものなんだよな。
クロロに目をつけられてもおかしくはない、ってことか。

「そういえば、そろそろフロアマスター狙えるんだって?」
「…………あぁ、そういえばそうだな」
「どうするの、高層住宅手に入れるつもり?」
「正直いらない。二年に一度バトルオリンピアが開かれて、それに参加するなんて面倒」
「あはは、天空闘技場に滞在してる人間の言葉とは思えないね」

だってフロアマスター全員で戦うんだぜ?200階クラスで十勝した人間ばっかりと!
んなの俺の身体と心がもたない。無理、絶対無理に決まってる。

しかしそうなるとな…。

「じゃあ近いうちに天空闘技場を離れるんだ」
「…そうなる」
「行く宛ては?」

そう、それが問題なんだよ。
戸籍のない俺は、ちゃんとした物件を手に入れることは難しい。
金にものを言わせればなんとかなるとは思うけど、そういうのはちょっと…と思う。
かといって根無し草の生活もなー、落ち着かないしなー。
頬杖をついて溜め息を吐くと、シャルナークがテーブルに肘を置いて顔を近づけてきた。

「だったらさ、俺たちのところに来ない?」
「………俺たちって…」
「蜘蛛に」
「………………笑えないぞ、シャル」
「笑わなくていいよ、本気だし」

なんでええぇぇぇ!?冗談だって言ってくれよ!ここはそういうところだろ!?
蜘蛛のところに来ないか、ってことは…旅団のアジトに来ないかという意味で。
なんであんな魔の巣窟に飛び込まにゃならんのだと俺はシャルから顔を離す。
そのまま椅子の背もたれにどかりと体重を預けると、シャルも上体を持ち上げた。

なら文句言うヤツもいないと思うんだけど」
「…いや、俺があそこに馴染めるとは思えない」
「そう?ま、いま旅団は全員いるからが入るには誰かに勝たないとだけど」

んなこと俺ができるわけないだろうがー!!
っていうかあれ、え、シャルナークさん、その流れだと俺を旅団の団員に誘ってらっしゃるん?
いやいやいやいやいやいや、無理だろ無理無理。俺旅団で生きてけないって絶対。
あんな人間が兵器にしか見えない集団に俺が混ざってどうすんだよ、自滅するだけだ。
頼れる仲間たちが揃ってるならそれでいいじゃんか!不安材料増やすなよ!

これから長い付き合いになるだろうし、万が一もあるから考えといてよ。
そう笑うシャルはいつもの朗らかな表情で。
その万が一とやらが、絶対に訪れないことを俺は心の底から願う。

あーもう、やだ。ほんっとやだ。旅団って俺の寿命を縮めることしかしない!






とりあえず旅団に勧誘されるよりは、天空闘技場に居座る方が安全な気がしてきた。
よって俺はフロアマスターへの挑戦権を得たら、そのままファイトしよかとも思ってくる。
だってあれだよ、そうすれば二年間は戦わなくていいってことだもんな。
…まあ200階で十勝したヤツに挑戦されたら試合しないとなんだけどさ。

明日はいよいよ、200階での十勝がかかった試合。
これに勝ったらフロアマスターとの戦いかぁ…長かったな、色々。
天空闘技場に入ってからもうどれぐらい経つんだ?二年半とかそれぐらいか?

とりあえずもうそろそろ一区切りつくから、今度こそじっちゃんに会いに行こう。
そう決めて飲み干した缶コーヒーをゴミ箱に放り込む。………つもりだったんだけど。
考え事をしてたせいか、歩きながらだったせいか。思いっきり指がすべった。
放物線を描くはずの缶が、まさかの俺の真横にジャンプ。ぎゃー!超ハズイ!!
だ、誰かに見られてやしないかと咄嗟に視線を巡らせれば。

広い廊下にひとり、得体の知れない笑みを浮かべて立つ男がいた。

………誰だっけ、あれ。
ここは天空闘技場の選手たちが寝泊りするスペースを行き来する廊下だ。
つまりは彼も選手なんだろうけど、見覚えがない。200階クラスの選手じゃないってことか?
それとも新しく200階に入ることになった選手なんだろうか。

思わず凝視していることに気付いて、俺はぱっと視線を逸らした。
い、いかん、初対面でまじまじと見るとか失礼にもほどがあるだろ俺!
あーでもあのひと絶対見たよな、俺が缶に反抗されるところ!ひいいぃ、なんて恥ずかしい。
………って、あれ?そういえば反抗期で飛び出した缶はどこ行ったんだ。
思わぬところに転がって落ちてるはずだけど、と足元に視線を向ける。

………………………。

えっと、なぜかあの、トランプが缶に突き刺さってるんですけど。
俺そんな手品覚えた記憶ないぞ、と恐る恐る拾い上げる。え、何これ、どういうこと?
いまどきの缶は飲み終えたらこんなトランプが出てくるのか。どんなオマケだ。
よく分からないものは見なかったことにしよう、うん。それが身を守る最大の方法だ。

「ねえ、キミ」

やたらと高い、というか…粘着質な声が俺を呼びとめる。
この廊下にいるのは俺だけ。だから多分、俺に声をかけてるんで合ってる…はず。
なんかものすんごく肌がぞわぞわする。これなんだ、悪寒か、寒気か。
振り返りたくない、絶対関わっちゃいけない予感がする…!

「キミ、だろ?」

いいえ、きっと同姓同名の人違いだと思います。

「キミ、面白いよねぇ。なんでこんなところにいるのか、不思議だ」
「………………」
「ボクも近々、ここまで上がってくる予定だから。そのときは愉しませてくれよ」

距離を縮めないまま、だというのにまとわりつく気配。
ほぼ反射的に凝を使えば、彼を取り巻く禍々しいオーラが見えた。
な、なんじゃこりゃ、こんな気持ち悪いの俺見たことないんですけど…!?

「ボクはヒソカ。ヨロシク」

ピンクの髪をなびかせた青年は、そのままウィンクひとつ残して去っていく。
俺は思わず身を竦めて横に飛び退いた。いや、なんかハートの光線出てそうだったんだ…!!

………ヒソカ?ヒソカって言ったよなあいつ。
ヒソカ、ヒソカ、ヒソカって………ヒソカってあのヒソカ?あの、あの!?
いや、そんな馬鹿な。あんな変態殺人鬼が俺という平凡な人間に関わってくるはずが…っ。
ってここ天空闘技場だったー!!そうだよ、戦闘狂が集まるとこじゃん、ここ!!
ぎゃーどうしよう、一番関わっちゃいけないヤツと関わったぞ俺!!死ぬっ、このままじゃ死ぬっ。

手の中にある缶に刺さったトランプ。…これ、ヒソカのだよな多分。
そう思うと気持ち悪くて、俺は今度こそゴミ箱に缶を投げ捨てた。

………よし、決めた。

「ここを出よう」

グッバイ、天空闘技場。
俺は何の迷いもなく、登録を消すことにしたのであった。





ようやく出会いました。

[2011年 5月 27日]