第26話

危なかった、めっちゃ危なかった…!
俺あのまんまだったらシャルとフィンクスの前で嘔吐してた絶対…っ!

ヤバイといった俺に察してくれたのか、シャルたちはすぐには出てこなかった。
うう、情けない姿見られなくてよかった。でもちょっと涙出てきたよ。
あんな惨殺死体がごろごろしてる場所で、なんで会話できるんだ二人とも…!
俺には刺激が強すぎてもう駄目。ホラゲーだってぎゃあぎゃあ叫んで出来ないってのに。

、返り血で汚れちゃったから家に戻ってもいい?」
「…え。帰るなら俺はここで失礼してもいいけど」
「それじゃ悪いよ、俺に巻き込まれたんだし。そう遠くないから、家寄ってきなよ」
「………近いのか?」
「うん、そんなに時間かからない。お茶でも出すから、飲んでって」
「じゃあ…」

お言葉に甘えて、と頷けばシャルはよかったと笑う。
行くならさっさと行くぞ、とフィンクスが背を向けて走り出す。………って、はや!!
念の気配を感じたから咄嗟に凝を使うと、フィンクスの足回りをオーラが覆っている。
そして駆け出したシャルナークも同じように、足に凝を使って脚力を上げていた。
うっそん、俺もこれやらないといけないわけ?このままじゃ置いてかれるよな?

ひいぃ、と心の中で悲鳴を上げながら必死に足にオーラを集める。
すると漫画か映画のように、ビルからビルへと飛び移ることも可能なのだと知った。
………すごい、俺がまさかこんなCG映画みたいなことできるなんて。

景色が飛ぶように過ぎていき、シャルとフィンクスの背中をただひたすら追いかける。
おかげでいま自分がどの辺りを走っているのかさっぱりだ。
これは帰るときにも道案内を頼まないと駄目かなぁ、と溜め息を吐く。
そうして辿り着いたのは。高層ビルの群れが密集する場所で。
そのどれもが廃墟となっているようで、人の気配が全く無いところだった。

「ただいまー」
「…お帰り。随分、血まみれだけど」
「久しぶりに賞金稼ぎに狙われてさ」

廃墟のひとつに足を踏み入れた俺たちを迎えたのは、キツイ印象の美少女。
柔道着を思わせる服装と、高い位置でひとつに結い上げられた髪。
腕には針山があり、俺はそれがマチだと気づいた。
うわあ、まだちょっと幼い感じだけどやっぱかわいい!

俺の妙な視線に気づいたのか、警戒するような視線をマチが向けてきた。
それに気づいたシャルがああと振り返る。

「彼は俺の友達で
「トモダチ?」
「そ。せっかく出かけてたところを邪魔されちゃってさ、とりあえず着替えに戻ってきた」
「あんたにトモダチねぇ…」
「それからこれのお土産。ケーキが入ってるから」
「へえ、気が利くじゃないか」
「ショートケーキは俺のだから食べないでよ。他は好きに分けていいから」
「じゃあ遠慮なく」

シャルから箱を受け取ると、マチはそのまま颯爽と奥へ消えていった。
じゃあ俺はシャワー浴びてくるから待ってて、と言い置いてシャルも去っていく。
…え、あの、俺はどうすれば?
そう戸惑っていると、フィンクスがこっちだと案内してくれる。

案内されたのは広間として使用されているらしい場所。
とはいってもテーブルや椅子があるわけでもなく、瓦礫がごろごろ転がっている。
それに腰かけ思い思いに過ごすメンバーの姿に、俺は顔を引き攣らせた。

「フィンクス、そいつは?」
「シャルのおトモダチだと」

巨体の男にフィンクスが肩をすくめて説明する。
恐らくフランクリンだろう。顔中に傷痕やら縫った痕があるんですが…!
っていうか、ここってもしかして幻影旅団のアジトのひとつなのだろうか。
原作でこんな場所に皆が集まっていたシーンがあったような…と冷や汗をかく。
だ、大丈夫なのか俺。あの幻影旅団の真っ只中にいるってことなんじゃ…?

「俺はフランクリンだ。お前は?」
「…

しまった、緊張で超ぶっきら棒になっちゃったよー!!
もう泣きたい。絶対に印象最悪だった、これ。素っ気ないにも程があるだろ。
名乗るだけでびくびくしてるなんて、余計に相手を不快にさせるだけじゃないか。
ああどうしよう、俺は今日ここで死ぬかもしれない。ごめん、キルア、俺帰れないかも。

「あー、すっきりした」

天使の声が聴こえるー!!

「あれ、どうしたの。好きなところに座りなよ」
「………好きなところ?」
「うん、別にどこでもいいから。何か飲む?」
「いや」

いらないからここにいてシャルナークさん!
濡れた髪をタオルでわしわしとふきながら顔を出した友人に、ようやくほっとする。
シャルがいたからって助けてもらえるとは限らないが、生存率は少しでも上がるはずだ。

…それにしてもやっぱり美形だよなシャルって。
さらさらの金髪も良いけど、こうやって濡れた髪をぬぐう姿も絵になってる。
くそう、美形ってのはなんだってこう何しても綺麗なんだ。
………まあ彼の場合、ちょっとその腕の筋肉が不釣合いな気もするんだが。

「シャルのトモダチだって?」
「そう。あ、彼がケーキ持ってきてくれたんだけど、フランクリンも食べる?」
「あぁ、せっかくだしもらう」
「マチがいま開けてると思うよ。ショートケーキ以外なら食べていいから」
「わかった」
「そういやフランクリン、団長は?」
「フェイタンと暇つぶしに行った」

そうか、ここにフェイタンはいないのか。………助かった!
キャラクターとしてはフェイタン大好きだけど、実際に会いたいとは思わない。
だって拷問が趣味なんだろ?しかもすぐひと殺そうとするし。…俺、瞬殺されるんだろうな。
そういえばパクノダはいないんだろうか。俺、旅団の中じゃパクが一番好きなんだけど。

「シャル」
「ん?」
「…ここが、お前の家?」
「家のひとつ、かな。別の普通の家もいくつかあるよ」
「……へえ」

いくつかって。家はひとつでいいと思うんだけども。

「ここは仕事仲間が集まるホーム。一番近かったから」
「仕事仲間…」
「そういえば、俺が襲撃されても理由聞かないね」
「…聞いてよかったのか?」
「別に隠してるわけじゃないし」
「賞金首、なんだろ」
「そう。これでも俺、幻影旅団なんだ」

知っておりますとも。
ここにいる人間みんな旅団の団員なんだってことも。

「残念。もうちょっと驚くかと思ったんだけど」
「失礼になるかと思って」
「ぷっ。ってさ、ずれてるよね」
「?」
「まあ、運び屋なんてやってるんだから、そういうこと頓着しないんだろうけど」
「えっと…」

やたら楽しげに笑うシャルはどうしたんだろうか。
ここは「マジで!?あの旅団!?サーカスとかじゃなくて盗賊の!?」とか驚くべきだったか。
けどタイミングを逃した時点で失敗している。くそう、空気読めなかったぜ俺。
お前は多分自分が思うよりひととずれてるぞ、と友人に言われたことはあるが。
…そうか、空気を読むスキルがずれてるってことなんだな。KYって言うなー!

「そうだ、団長もしばらくしたら帰ってくるだろうし。会わない?」
「会わない」

なんで死亡フラグ立てようとすんの!?
あんまりの動揺に即答しちゃったじゃんか!

「えー、団長も気に入ると思うけどなぁ」
「俺は気に入られたくない」
「まあ俺も、が団長に気に入られすぎるのは困るんだけど」

ならなんで紹介しようとするんだ。
シャルの考えていることが全くわからず、俺はぐったりと肩を落とす。
とりあえず、さっさとおいとまさせていただこう。そう、団長が帰ってくる前に!
クロロはやたらと鋭いというか頭が良いから、会うのが怖い。
別に知られて困るようなことはないけど………ない、よな?うん、ない。

どちらにしろ、旅団に深く関わりたくはない。
知りすぎて消される、とかごめんだ。

「シャル、紅茶が入ったぞ」
「わかった。なんかフランクリンたちが用意してくれたみたいだから、行こう」
「…一杯いただいたらすぐ帰る」
「ゆっくりしていけばいいのに」
「そうだぜ。んで、俺と一発手合わせとかどうだ?」
「断る」

殺す気か、フィンクス。

キッチンとして使用されているらしい部屋に顔を出す。
テーブルには紅茶とケーキが並べられており、マチはすでに食べはじめていた。
呼びに来てくれたフランクリンも腰かけ、選んだケーキにフォークをのばす。
シャルは嬉しそうにイチゴのショートケーキを確保し、隣りに座りなよと促してくる。

いまだに手合わせを望むフィンクスに、俺は泣きたくなってきた。
俺みたいな弱いの殺しても楽しくなんかないってばー!

どうか黙ってください、との意味をこめて手近にあったケーキをフィンクスの口に突っ込む。
むぐっ!?と目を白黒させる仲間に、シャルナークとフランクリンが笑った。
落ち着いて食べなさいよ、とマチが睨みをきかせる。す、すいません。
怒られた…と俯いてモンブランの一番上の栗をフォークで刺す。

うん、やっぱりおいしい。
………無事に、帰れるといいな、俺。





幻影旅団のアジトへ。

[2011年 4月 1日]