第42話

天空闘技場を出て定住地を失った俺。
まあ仕事はあるわけだし、お金もかなり残ってる。暮らしてくには困らない。
せっかく自由に動けるようになったんだし、遺跡めぐりでも始めてみるかなと思った。
クラピカに教えてもらった場所と、色々とネットで調べた場所と。行き先はいくらでもある。

けどその前に。

「………ここは相変わらずか」

灰色を通り越して真っ黒な空。まだ夜ではないのに薄暗い景色。
山のように見えるそれは勝手に捨てられたゴミたち。
腐臭や様々な薬品の臭い、錆びついた独特な臭いなどが混ざり合う場所。
それら全てを雨のカーテンが覆う、第二の流星街と呼ばれる地区。
俺がこの世界にやって来たときに、一番最初にお世話になった場所だ。

がさり、と袋を鳴らしながら奥へと進んでいく。一応、傘も差してる。
不安定な足場は懐かしくて、ゴミ山を崩さないように歩くのに最初は苦労したっけと思い出す。
いまではひょいひょいと越えていけるのだから、人間の順応力は見事なものだ。

「じっちゃんのテントは…さすがに移動してるよな」

俺がここを出てから三年近く経っている。ずっと同じ場所にはいないだろう。
どうしたもんかと唸りながら、いつも世話になっていた金属交換所に向かった。
顔を上げた店主は俺のことを覚えてたみたいで、生きてたのかいと嫌な笑みを見せる。
えーえー、どうせすぐにものたれ死にそうな一般人ですよ俺は。

「急に見なくなったと思ったら、外に出てたのか」
「…よく分かるな」
「ここに住んでるヤツで、傘なんて差すヤツはいねえよ」
「言われてみればそうか」

俺もここで生活してたときは雨ざらしだったもんな。
納得して頷いた後で、じっちゃんはいまだにここに顔を出すのかと尋ねる。
三日に一度はやって来るそうで、今日がちょうどその日だという。
ナイスタイミング、と指を鳴らした俺はここでじっちゃんを待たせてもらうことにした。
たまに客が訪れては、物と金を交換したり、物と物を交換したりしている。

こんな場所でもそれなりに商売は成り立っているもので。
実はきちんと食堂みたいなところや、服屋などもあったりする。
ここの店は割となんでも扱うが、換金所として使われることが多い。

「お前さん、っていったか」
「…あぁ」
「ひょっとしてあれかい?最近有名になってきてる運び屋の」
「………運び屋をやってるのは確かだけど」

有名でもなんでもないと思うぞ、うん。
いやまあ、イルミとかの仕事請け負ってるからそれなりに目につくのかもだけどさ。
俺としてはあんまり裏社会の仕事はやりたくないわけで。普通の宅急便でいいよ、普通の。
それにしても、そういう噂が耳に入るってことは。
この店のひとも、それなりにヤバイ仕事もしてるんだろうか。

「金を出せば運んでくれるかい?」
「…物による」
「ここで発生した突然変異の動物をね、欲しがってるお得意様がいるんだよ」
「突然変異の動物ねぇ…」
「ここじゃ珍しくもなんともないが、面白がってコレクションするヤツは多い」

生活環境が特殊なここでは、本当に妙な生き物が発生する。
足が五本あるトカゲとかさ、虹色のカエルとか見たときはマジでびびったもんな。
俺はもう積極的に見なかった振りをした記憶がある。忘れたくても忘れられないけど。

「それを届けてもらうだけでいいんだ、引き受けちゃくれないかね」
「………」
「金額はそうだな、これでどうだい?」
「…こんなに?」

待て、待て待て待て。この高額はおかしいだろおっちゃん。
どんだけ金持ってんだよあんた。そんでもって、なんで自分で届けないんだよ。

うまい話には裏がある。
日本人っていうのはそんな素敵な言葉を教えられているわけで。
絶対これ何かあるんだぜ、と不審に思ってじとりと睨めばおっちゃんは苦笑した。

「俺は店を空けられないし、ちょっと怖い場所なんだよ」
「怖い?」
「マフィアの屋敷でな。ま、品物届けるだけでいいから怖がる必要もないんだが」

充分怖ぇよ!!
あんな強面のスーツ着た男たちがいる場所に、誰が好き好んで行きたいと思うか!
しかもあの人達、めっちゃ普通に銃とか携帯してるじゃねえか。
おっちゃんが言うには、屋敷の玄関で受け渡しは済むって話だけど…。

「………懐かしい顔がおるの」
「じっちゃん」

数年ぶりに聞くというのに声だけで誰か分かる。
振り返れば、雨に濡れるのも気にした様子のないじっちゃんが鉄屑を抱えて立っていた。
それを無造作に店のカウンターに並べると、おっさんが品定めを始める。

「元気そうで安心した」
「お前こそ。どこかでのたれ死んで化けて出たのかと思ったぞ」

縁起でもないこと言わないでくれよ!?
いや確かに、何度も何度も命の危機とは遭遇したけども。
幻影旅団のアジトにお邪魔しちゃったり、賞金稼ぎに襲われたり。
天空闘技場で念能力者と戦闘してみたり、挙句の果てにはゾルディック家に行ったり。

………マジでよく生きてるよな、俺。

「いまは運び屋をやってるらしいぜ」
「ほう…仕事も見つけたのか。感心、感心」
「ちょうど俺も仕事を依頼したところだ。いやあ、知り合いが有名になると助かるねえ」
「………おい」

俺、その依頼受けた覚えないんですけど…?

なんかもう当然受けるみたいな流れになっちゃってるけど、どういうこと!?
嫌だよマフィアの屋敷訪ねるとかさ!そんでもって得体の知れない動物運ぶのもやだ!

「んじゃま、荷物は明日渡すから。またここに来てくれよ」

にや、と笑うおっちゃんは熟練の商売人の顔。
……そうだよな、押しに弱い日本人で、まだまだ未熟な俺が商人に勝てるわけないんだ。
あああああぁぁぁ、なんで俺こういうのに巻き込まれるんだよー!!
俺はただ単に、じっちゃんにお礼しに来ただけなのにー!!






換金を終えたじっちゃんと並んで歩き出す。
無理やり仕事を請け負うことになってしまった俺は、心なしか足取りがとぼとぼ。
しばらく無言の状態が続いて、口を開いたのはじっちゃんの方だった。

「で?ここにわざわざ戻ってきたのはどうした」
「特に何ってわけじゃなくて。…これ、届けに来た」
「ん?おお、これは」

俺が差し出した袋に入ってるのは数本の酒瓶。
酒が大好きなじっちゃんだけど、こういう場所に暮らしてると飲める機会は少ない。
こういった嗜好品は高額だし、生きるには不要とまず最初に切って捨てられるから。
でも機会を見つけては酒に舌鼓を打っていたじっちゃんは印象的だ。

こんな場所で生活しながら、じっちゃんは飄々としてる。
多分じっちゃんなら普通の街でも生活できるんじゃないかなぁ、と思うんだけど。

「ありがたく、いただいておこう」
「ん」
「お前のようなヤツに出会うから、ここは面白い」
「…え?」
「普通なら味わえないようなことが毎日起こる。退屈せんよ、ここは」

刺激を求めてここで生活してるんだろうか、このひとは。
俺んとこのじーちゃんだってかなり元気だけど、じっちゃんも相当だな。
顔がそっくりな二人だから、もしや内面的なところまで似ているんだろうか。
………いや、じーちゃんが二人いるとかそんな迷惑なこと考えたくないぞ。

「大したもんは出せんが、泊まっていけ」
「そうさせてもらう」
「何か肴になるようなものはあったかの。…お前、酒は?」
「飲むな、って言われてる」
「酒癖が悪いのか」
「自分じゃよく分からない」

それは相当だのう、と笑うじっちゃんに俺は一言呟いた。

「………じっちゃん」
「なんじゃ」
「ありがとう」

いきなり何だ脈絡のない、とじっちゃんは肩をすくめる。
この世界に突然やって来て、あのゴミ山に放り出されて。そんな俺を助けてくれた。
ここで生きる術を教えてくれたし、俺のために資金まで用意してくれて。
感謝してもしたりない。俺がいまここに生きているのは、じっちゃんのおかげだ。

でも素直に感謝を受け入れてくれるひとでもないだろうから。
持ってきた酒に気持ちをこめて。今晩は二人でのんびり過ごそう。

小さく笑うじっちゃんが、嬉しそうにしている。そのことが俺も嬉しかった。





ようやくじっちゃんにお礼をすることができました。

[2011年 6月 1日]