第43話

マフィアの屋敷ってさ、本当にでかいよなー。
思わず遠くを見ながら俺は、重い門が開いていくのを眺めていた。

来ちゃった、来ちゃったよ結局。
手には依頼された動物が入っているらしい小箱。…これ呼吸できてんだろうか。
動いてる気配もあんまりないんだけど。死んでた、とか文句言われたらどうしよう。
っていうか生きてここ出られるかな俺。ゾルディック家ほど怖くはないと思う、けど。
でもゾルディック家は一応俺を歓迎してくれていたわけだし、今回とはケースが違う。

「ここで待て」

強面のおじさんが玄関ホールで足を止める。
門から屋敷までの道のりが果てしなかった。なんだってあんなに距離必要なんだ。
そんでもって玄関とは思えないこの広さは何事だろう。ロビーだよロビー。

俺が不審なことをしないように、って感じでけっこうな数の男たちが控えてる。
うう、怖いよう。俺なんもしないよ、ってか届け物さっさと渡したいんですけど!
誰か印鑑早く出して!とパニックに陥っていると(印鑑はこの世界じゃあんま意味ない)
螺旋階段をゆっくりと下りてくる男に気付いた。
スーツを着込んでる男たちとは違い、ちょっとラフな格好である。
ひょっとしてこの人が警備の責任者とかなんだろうか。

「お前が運び屋か」
「…品物を預かってる。確認してくれ」
「おい、受け取ってこっちに寄越せ」
「へい」

スーツ男のひとりが箱を受け取り、それをやってきたリーダーに手渡す。
警戒するように箱を眺めた彼は目を細めた後で、ゆっくりと蓋を開いた。
特に感情を表すこともなく、再び蓋を閉じる。

「確かに受け取った。報酬は指定の口座に振り込んでおく」
「分かった。それじゃ俺は失礼させてもらう」

俺はもう店のおっちゃんから報酬もらってるし、後は好きにしてくれって感じだ。
くるりと背中を向けて歩き出そうとした俺は、ほっと胸を撫で下ろす。
よかった、無事に帰れそうだ。この敷地を出るまでは安心できないけど。
こっちを睨みつけるお兄さんたちの怖いこと怖いこと。
最後にちゃんと挨拶なりなんなりすべきだろうか、と動かそうとした足を止める。

「やっと来た、あたしのネズミちゃん!」

高い声が聞こえてきて、俺は思わず振り返った。
ピンクの長い髪を揺らして階段を駆け下りてくる少女は、高校生ぐらいだろうか。
きらきらと大きな瞳を輝かせ、リーダーの手にしている小箱へと突進。
俺はもう一度くるりと方向転換して、今度こそ玄関から出て行こうと試みた。

よし、意識が箱に向いてる間に俺は立ち去ろう。それがいい、うん。

「あ、あなたが持ってきてくれたんだ!ありがとう」
「………」

お礼を言えるのはとっても良いことです。
でも俺としては運んできた品物を喜んでくれればそれで充分です。
なので俺みたいな運び屋に声なんかかけないでお嬢さあああぁぁぁん!!

「ねえねえ、ちゃんとお礼はした?」
「もちろんです。報酬もきちんと振り込まれます」
「そっか。じゃあこれコレクションルームに持ってこーっと」
「ボス。運び屋が帰るまで、部屋から出るなと言ってあったはずですが。なぜここに?」
「だって早く見たかったんだもん。来るの遅いよー!」
「それは申し訳ありません」

どんだけ堪え性ないんだ。俺がこの屋敷に入ってから、まだ数分だぞ。
って、それはいい。俺は帰るんだ。

そう一歩を踏み出そうとしたんだけど。

「…あれ?」
「?どうかなさいましたか、ボス」
「あーーー!!!!!!」
「ボス!?」

突然素っ頓狂な声を上げる少女に、その場にいた全員が驚く。
俺ももちろん例外ではなかったわけで、なんだなんだ!?と思わず振り返ってしまった。
………そんでバッチリ合った目。うん、合っちゃったね、目。

なんで俺のこと指差してんだよネオンー!!!
つか後ろ向いてたのになんで気付くんだよー!!!

だ!」
「………人違いだ」
「ううん、絶対!だってそのフォルム、目の色、ぜんぶ

え、何、一般人のフォルムでどこにでもある目の色ですけれども。
それとも人体収集の趣味があるネオンからすれば、細かい部分で識別が可能なんだろうか。

そう、今回俺が訪れることになったマフィアの屋敷とはノストラードファミリー。
ゴミ山で暮らしていた頃、毎週のように訪れていた女の子がネオン。
幼かったネオンはすっかり成長して、花も恥らうなんとやらって感じだ。
普通にしてれば本当に可愛いのに。今回はまたどんなものを集めてるんだか。

俺がゴミ山を出て行く切欠になったのもネオン。
あんまりに彼女が俺のところに来るから、ノストラードファミリーに狙われるようになって。
じっちゃんに迷惑かけたくなかったし、俺もマフィアと関わりたくなかったし。
それであそこを飛び出したわけなんだけど…。
その原因と、またこうして対面する羽目になるとは。しかもノストラード邸で。

「もしかして、私のコレクションになってくれるの?」
「ならない」
「ええー!ずっと探してたのに〜」
「…まだ諦めてなかったのか」
「一度欲しいと思ったものは欲しいの!」

コレクションされて喜ぶ人間がいるわけないだろ!?

「…ボス。こいつとは知り合いですか」
「うん!昔ね、コレクションにしようとして逃げられちゃったの」
「コレクション…。それをノストラード氏は」
「知ってるよ。諦めなさいって言われたけど、諦められないものはられないもん」

値踏みするようにこっちを上から下まで眺めるリーダーに、俺は激しく帰りたい。
分かってるよ、ネオンに関わるつもりなんてこれっぽっちもねえよ!
だから何も言わず帰らせてええぇぇぇぇ。

「ね、ね、一緒にお茶しよう。せっかくうちに来てくれたんだし!」
「……いや、俺はこれから仕事が」
「ダルちゃん、あたしの部屋にお茶運んでねー」
「…承知しました。おい、ボスの部屋に茶の用意だ」
「はっ」

ダルちゃんと呼ばれたリーダーは、下っ端に指示を出してネオンについてくる。
何の躊躇いもなく俺に駆け寄ってきたネオンは、ぐいぐいと腕を引っ張ってきた。
あぁ…俺このままだと蜂の巣になる気がする。泣きたい。

やっぱりこの依頼、断っとけばよかった…!!




ネオンとの再会。

[2011年 6月 1日]