第44話−ダルツォルネ視点

その男は見たときから異様な空気をまとっていた。
念能力者である俺にはひと目でわかる。こいつはかなりの使い手だ。
これほどの人間がなぜただの運び屋などをしているのか。
油断してはならない、と俺の頭の片隅で警鐘が鳴り続けていた。



ネオン=ノストラード。それが俺の上司。
本当の意味での上司は彼女の父であるライト=ノストラードなのだが。
俺の仕事はノストラードファミリーのボスが可愛がる一人娘を護衛すること。
だから形式上、まだ十代半ばほどの小娘をボスと呼んで過ごしている。
ノストラードファミリーはここ最近急速に力をつけているコミュニティーだ。
その要因はネオンにあり、彼女の念能力がこの組織の要といってもいい。

ネオンはマフィアや政界に多くの顧客を持つ占い師だ。
その占いは百発百中で、対象の危険を予測し避けることを可能にする。
当人はその占いの凄さをほとんど理解していないようで、父に言われてるから占っているだけ。
だがノストラード氏にしてみれば金のなる木だ。おかげで、相当に娘を甘やかしている。

人体収集という趣味を持つネオンに対して、いくらでも金を使う。
裏の競売で売られているような高額のものだろうと、彼女が望むなら手に入れてみせるのだ。
見ていて薄気味悪いものばかりがコレクションされており、それは多岐にわたる。
基本的には希少な種族の部位だったりするわけだが、珍しい動物も集めていたりするようだ。
今日はそのうちのひとつが屋敷に届けられる。
待ちきれない、といった様子で先ほどから部屋の中をそわそわと歩き回っている。

「もー!まだ来ないのー?」
「約束の時間までまだあります」
「早く見たいのに〜」

ぶすっと頬を膨らませてボスがソファに倒れこんだ。
と同時に、部屋のドアがノックされ部下が顔を出す。運び屋が到着したとのこと。
ぱっと顔を輝かせるボスにここで待つよう言い含めて部屋を出た。
運び屋というものは素性の知れない者が多い。
そんな人間にノストラード氏の娘を見せるわけにはいかない。

階段を下りて玄関ロビーに向かうと、運び屋らしき男がこちらを見上げてきた。
ぞわり、と一瞬だけオーラが揺れたがすぐに元に戻る。
だがそのわずかの揺らぎだけで、男のオーラ量の凄まじさを感じた。
それは俺に対する挑発なのか挨拶なのか微妙なところだ。

「お前が運び屋か」
「…品物を預かってる。確認してくれ」
「おい、受け取ってこっちに寄越せ」
「へい」

油断できない、と直接受け取ることは避ける。
品物を確認すれば、きちんと目的のものが入っていた。

「確かに受け取った。報酬は指定の口座に振り込んでおく」
「分かった。それじゃ俺は失礼させてもらう」

淡々と頷いた男は仕事が済んだならここにいる意味はない、といった表情で。
すぐさまくるりと方向転換して外へと繋がる扉に向かう。
仕事は迅速的確に。優秀な者の条件だ。
しかし外へ向かおうとしていた男の足が不意に止まる。
何だ?と眉を寄せると、予想外の声が聞こえてきた。

「やっと来た、あたしのネズミちゃん!」

待ちきれず来てしまったのか、と頭を抱えたくなる。
階段を振り仰げば、ご機嫌の様子で駆け下りてくるボスの姿。
こちらが手にしている小箱に突進したボスを、男はちらりと視界の端に納めていた。
しかしすぐさま玄関へと向き直りここを出ようとする。

それを呼び止めたのは、我等がボス。

「あ、あなたが持ってきてくれたんだ!ありがとう」
「………」

得体の知れない人間を相手に気さくに声をかけるボス。
自分の立場を分かっていない様子に、男もどこか呆れた表情で肩を落とした。

「ねえねえ、ちゃんとお礼はした?」
「もちろんです。報酬もきちんと振り込まれます」
「そっか。じゃあこれコレクションルームに持ってこーっと」

小箱を手に部屋に戻ろうとするボスにほっとする。
早くこの場から抜け出させなければ、ノストラード氏に何を言われるか分からない。
護衛である俺たちの仕事にも支障が出る。
その苛立ちがわずかに抑えきれず、俺は思わず口を開いていた。

「ボス。運び屋が帰るまで、部屋から出るなと言ってあったはずですが。なぜここに?」
「だって早く見たかったんだもん。来るの遅いよー!」
「それは申し訳ありません」

あと五分もすれば部屋に戻ったものを、と心の中で呟く。
そうしてそのまま部屋に戻るかと思っていたボスが、急に足を止めた。

「…あれ?」
「?どうかなさいましたか、ボス」
「あーーー!!!!!!」
「ボス!?」

何かを思い出したのか、大きな声を出して運び屋の男を指差すボス。
さすがにあれだけの声で叫ばれ、男も振り返っていて。
ボスと目が合った途端に眉を寄せ、そのままゆっくりと逸らす。

だ!」
「………人違いだ」
「ううん、絶対!だってそのフォルム、目の色、ぜんぶ

どうやらボスの知り合いらしい。
しかしと呼ばれた男は関わりたくない、と態度に思い切り出ている。

「もしかして、私のコレクションになってくれるの?」
「ならない」
「ええー!ずっと探してたのに〜」
「…まだ諦めてなかったのか」
「一度欲しいと思ったものは欲しいの!」
「…ボス。こいつとは知り合いですか」
「うん!昔ね、コレクションにしようとして逃げられちゃったの」
「コレクション…。それをノストラード氏は」
「知ってるよ。諦めなさいって言われたけど、諦められないものはられないもん」

人体収集の趣味があるとはいえ、生きた人間を丸ごとコレクションにしようとは。
を無遠慮に眺めると、彼のオーラがぞわりと強まった。
この圧倒的なオーラと、焦げ茶色の瞳に気圧されそうになる。
しかしボスは全くそれが気にならないようで、恋する乙女のように頬を紅潮させた。
そしてそのままの腕に自分の腕を絡め、歩き出す。

「ね、ね、一緒にお茶しよう。せっかくうちに来てくれたんだし!」
「……いや、俺はこれから仕事が」
「ダルちゃん、あたしの部屋にお茶運んでねー」
「…承知しました。おい、ボスの部屋に茶の用意だ」
「はっ」

ボスにぐいぐい引っ張られるは渋面を浮べている。
恐らくこれは彼にとってイレギュラーなのだろう。
ノストラードファミリーに何かしようという意図はないと思われる。
しかしボスと彼を二人きりにさせるわけにもいかず、俺も部屋へとついていくことにした。

部屋に入ったボスはあんなに楽しみにしていた小箱を、そこらの棚に放置する。
を強引にソファに座らせると、その隣りに自分もちょこんと腰を下ろした。

「今までどこ行ってたの?すっごい探したんだよ」
「…色々。仕事でひとつのところに落ち着いてるってことはないから」
「あ、運び屋だっけ。じゃあこれからあたしもに依頼しよっかな」
「悪いが一見はお断りだ」
「ええ〜!」
「客は選ばないとやってけない」

まるで恋人が甘えるように腕に縋りつくボスに、は溜め息ひとつ。
いくら十代の少女とはいえ、まだまだ子供だ。甘えられても刺激にはならないのだろう。

そうこうしていると茶菓子が運ばれてきて、ボス手ずから用意を始める。
どうぞ!と差し出されたお茶とケーキをはじっと見つめるだけ。
当然だろう、こういう世界で仕事をしていれば他人から出されたものを食べるのは難しい。
ボスはいつものように美味しそうにケーキをぱくりと頬張っている。

「食べないの?おいしいよ、これ」
「いや…」
「はい、食べてみて。あーん」

ボスが食べていたケーキを一口切り分けて、そのままの口へ運ぶ。
戸惑った表情を浮べた彼は諦めたのか、小さく息を吐いて口を開いた。
おいし?とにこにこ尋ねる少女に曖昧に頷く。
これほど無邪気にボスが懐いている相手。

この光景をノストラード氏が見たらどうなるだろうか、と俺は肩を落とした。




ダルツォルネさんも苦労してます。

[2011年 6月 5日]