第53話

夢を、見ているみたいだった。
目の前の全部が薄い一枚のカーテンを通した出来事のように見えて。
身体が熱くなって、上着もさっさと脱いでしまった。
何が起こってるのか理解するよりも先に、どんどん事態は動いていく。
半分寝たような状態の中、どんどん広い部屋がぼろぼろになっていって。
その大半はジンと、クート盗賊団の首領であるルッタによるもの。だけど。

「……!」

幹部のひとりである男が放ったナイフが俺の手の甲をかすめた。
どろりと流れ出す赤い血を他人事のように見下ろす。…………って、血?

血、出てんじゃん!!(我に返る)

うわ、俺いままで何してたんだ!?えっと、えっとぉー…。
あ、ルッタにワインぶっかけられたんだよな。…それだけで酔っぱらったんか俺。
どんだけ酒弱いんだよ、ほんと情けない。つか恥ずかしい。

「兄ちゃん、俺のナイフに触ったなぁ」
「…?」

触ったっていうか、切れましたけどぱっくりと?

「このナイフには毒が仕込んであってな。兄ちゃん、五分もせずにのたうって死ぬぜ」

なんてことしてくれてんだー!!!?
え、なに、俺の命あと五分…!?五分で人生終わっちゃうの俺ええぇぇぇぇ!!
毒が仕込んであるってあれですか、ベンズナイフとかそういう類…!?

いやでもあれってかなりの値打ちもので、ごろごろあるわけじゃないよな。
しかも男が手にしてるナイフは同じ形で何本もある。…確かナンバーごとにデザイン違うはず。
ってことはあれはベンズナイフではないわけで。
…でも俺が毒受けちゃったことは変わらない事実。やっぱり死ぬんじゃん!!
ちょ、身体の中巡ってる毒止まってええぇぇ!!もしくは嘘とかはったりだと言ってー!!

「苦しんで死ぬか、ここで一瞬で死ぬか選びな!!」

どっちも嫌に決まってんだろー!!!
またも無数のナイフが飛んできて、テンパった俺は横にごろごろ転がる。
って、いったー!!テーブルに思いっきり突っ込んだ、めっちゃ恥ずかしい俺!!

ジュッ

………え?なんかすぐ傍で変な音がしたんですけど。
恐る恐る横を見れば、俺がぶつかったせいで衝立のように立つテーブルが…溶けてた。
なんかこう、円形にぽっかり溶けてるんですが。重厚そうなテーブルが!!
え、何これ、ナイフの毒とかにしては範囲が大きすぎね!?頭分ぐらいの大きさあるよ!

「ちっ、上手くよけたナ」

しゃがれたぎょろ目の男が舌打ちしてる。…ってことは、こいつがやったのか?
でも武器も何も手にしてない。ってことは、念か!
まるでかめはめ波を放つときのようなポーズをとっている…陰で見えないようにしてるようだ。
えーと、つまりは溶けるような念の塊を敵にぶつける放出系?危ねえな!

ナイフ男といい、かめはめ男といい、遠距離系の攻撃ってズルくないですか。
俺はタイムリミットが迫ってるっていうのに。ああもう、五分まであと残りどれぐらい!?

挟み撃ちのように攻撃をしかけてくる男たちに、俺は瞬きを止める。
スローになってもこいつらは速い。そうだよな、並の使い手じゃないんだ。
かめ毒波(勝手に命名)を放たれても大丈夫なように、俺はナイフ男の背後に回る。
相手は微妙に俺を追い切れているようで、視線がゆっくりこっちに向くのがめっちゃ怖い。
ぎょろ目と俺の間に立つ形になったナイフ男は、背後のかめ毒波など気にしていないようで。
ぐるんと俺の方へ身体を反転させた。

って、手がナイフの構えに入ってるー!!!!
これ以上毒を受けたら死んじゃうからやめてえぇ!と、俺はがしっと相手の腕をつかんだ。
そこで瞬きしてしまい、ナイフ男の目がより凶悪に光る。

「遠距離がメインだからって、近距離に弱いわけじゃねえんだぜ兄ちゃん」

にやりと下卑た笑いを浮かべた男は、俺がつかんでるのとは逆の手を掲げた。
何も持っていなかった手にナイフが数本浮かぶ。……具現化系か…!!!
ひゅん、と風を切る音と共に俺の首筋にナイフが向けられる。
人間、死ぬ直前ってなんでこうスローに全てが感じるのだろうか、と息を呑む。

止まれ、止まってくれ後生だからー!!!

「…………」
「………?」

ぴたり、と俺の首筋に刃先が当たる直前で男が動きを止めた。
なんで?これから俺をジンの脅しに使うとかそういう趣向?
の割には止まったまま相手は動かない。仲間のぎょろ目もわずかに怪訝そうだ。

「おい、何してル。さっさと殺セ」

物騒なこと言ってんじゃねーよ!!と心の中で叫びながら男から距離をとる。
とりあえずの危機は回避、と胸を撫で下ろせばナイフ男がひゅんとナイフを動かした。
まるでそこに俺がいると思っているかのような鋭い一閃。
けど俺は離れた場所におり、ナイフ男は驚いた表情を浮かべている。
………なんだ?まるであいつだけが時間の流れに取り残されていたみたいな。

「お前がやらないなら、俺がやル!」
「!!」

ぎょろ目がかめ毒波を放つ体勢になり、俺は咄嗟に凝。
毒々しいオーラが男の両手の中に集められていくのがわかる。くっそう、あれも止められたらな。
けど他人の念能力の効果を止めるだなんて、相当に難しい。俺には無理だたぶん。
正面からかめ毒波(もはや定着)、横からナイフ男。ああもう、俺どうすりゃいいの!?

んでもって凝してるからわかるけど、ナイフ男のナイフって陰で隠されてるヤツもあるのねー!?
どこまで周到なんだ、と泣きたくなる。死ぬ、これは死ぬっ。たぶんいままで一番ピンチ。

痛いのは嫌で、俺は息を止める。注射のときとか、いつもこうやってたな子供の頃。
走馬灯が回りはじめる俺の視界の隅で、ナイフ男がまた動きを止めた。
………あれ、なんでだ?なんか俺が息止めてるとあのひと止まるんだけど。何の関連が。
周りがスローになる瞬き禁止とは別に、息を止めると相手の動きが止まるってこと?
いやでもぎょろ目は止まってないし…つか毒波こっちにきてるー!!!

ナイフ男が止まってくれてるおかげで、正面の攻撃をとりあえず避けることに集中。
そこで息をつくと、俺がいたであろう場所にナイフ男が念で生み出したナイフを投げつける。
…げ、壁の表面がどろって溶けたぞ。
しかも懲りずにまだ投げてくるし…!!

また避けようとした俺は、ふと背後に目をやって血の気が引いた。
壁にぴったり背中をつけて俺の上着をなぜか抱きしめた女のひとが、座り込んでたから。
ちょ、これ俺が避けたら当たるよね!?当たっちゃうよね!?
自分が何をしてるとかわからないまま、俺は女のひとを咄嗟に抱き込む。
何か、何か盾になりそうなものない!?ああもう、これでいいや、ないよりマシー!!

目をつぶってつかんだものを俺たちを覆うように後ろに広げる。
念の毒波とナイフ、両方が俺たちを襲った。




無理、戦闘無理、しんどい…!

[2011年 7月 3日]